【証拠はいらない】何もしたくない

Wataru

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【証拠はいらない】何もしたくない

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 相談者は、十代後半の男だった。

 腕を組み、椅子に浅く座っている。
 視線は合わさない。
 最初から、壁を作るつもりで来た顔だった。

「どうせ」
「あんたも俺が悪いって言うんだろ」

「言わない」

即答すると、少しだけ眉が動いた。

「じゃあ何だよ」
「何しに来た」

「話を聞く」

「話すことなんて、ねぇよ」

「それでもいい」

男は舌打ちする。

「無駄な時間じゃねぇか」
「こんなんで金取るなんて、いい商売してるよな」

「金はもらってない」

「……は?」

「今日はな」

間が落ちる。

「どうせ」
「俺が悪いって思ってんだろ」

「悪いかどうかは」
「俺が決めることじゃない」

男は、苛立ったように笑った。

「人のせい」
「世の中のせい」
「環境のせい」
「全部、俺の逃げだって言うんだろ」

「言わない」

「嘘つけ」

「本当だ」

椅子にもたれ、天井を見る。

「人を裁く権利は」
「俺にはない」

しばらく、沈黙。

「……じゃあ」
「何するつもりだよ」

「構えるな」
「あんたの話を聞くだけだ」

「話すことなんて、ない」

「ある」

即答だった。

男がこちらを見る。

「今の言葉だ」

「……何だよ」

「“何もしたくない”」

男は、少しだけ黙った。

「……だから?」

「それで十分だ」

「は?」

「正直だ」

男は眉をひそめる。

「バカにしてんのか」

「してない」

「“何もしたくない”って言える奴はな」
「大体、もう使い切ってる」

「意味わかんねぇ」

「分かんなくていい」

少し間を置く。

「聞くぞ」

「……何だよ」

「最後に」
「やりたいって思ったのは、いつだ」

男は、答えなかった。

「覚えてねぇ、は嘘だ」

睨まれる。

「覚えてないんじゃない」
「思い出すのが、めんどくさいだけだ」

沈黙。

「やりたいって言った時」
「どうなった?」

低い声。

「……否定された」

「誰に」

「親」
「先生」
「世の中」

「“現実見ろ”とか」
「“それじゃ食えない”とか」

俺は、うなずいた。

「そりゃ」
「何もしたくなくなる」

男の肩が、ほんの少し下がる。

「なあ」

「……何だよ」

「“何もしたくない”ってのはな」
「怠けじゃない」

間を置く。

「これ以上」
「無駄に削られたくないって状態だ」

男は、何も言わなかった。

「だから今日は」
「何も決めなくていい」

「……決めなくて、いいのかよ」

「いい」

「ずっと?」

「ずっとは無理だ」

正直に言う。

「でも」
「今じゃない」

男は、ゆっくり息を吐いた。

「……じゃあ」
「俺、何しに来たんだよ」

少しだけ笑う。

「何だろうな?」

「もういい、帰る」

男は、椅子から立ち上がった。

俺は、何も言わなかった。

「……変な大人だな」

「よく言われる」

ドアが閉まる。

事務所に静けさが戻る。

相棒が、ひと言だけ言った。

「……何もしたくない、か」

「一番、正直なSOSだ」

それ以上、何も言わなかった。

何もしない時間は、
逃げじゃない。

立て直すための、
停止だ。

だから――
もう、証拠はいらない。
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