【証拠はいらない】わからないと思われる悔しさ

Wataru

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【証拠はいらない】わからないと思われる悔しさ

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相談者は、二十代後半の男性だった。

言葉は、ゆっくり。
文章も、少し不器用。
けれど、目だけはまっすぐだった。

「……俺」
「よく、言われるんです」

「何を?」

「どうせ、わからないでしょって」

俺は、何も言わずに続きを待った。

「説明しても」
「意見を言っても」
「最後は、同じです」

彼は、拳を握った。

「“知的だから”」
「“難しい話は無理だから”」

「そう言われると」
「……もう、何も言えなくなる」

しばらく沈黙。

「悔しい?」

彼は、強く頷いた。

「悔しいです」
「でも」
「怒ったら、余計に」
「“やっぱり分からないんだ”って顔される」

俺は、椅子にもたれた。

「で、何をしてほしい」

彼は、少し迷ってから言った。

「俺が」
「間違ってないって」
「誰かに言ってほしい」

「証拠は?」

首を振る。

「いらないです」
「検査結果も」
「診断書も」
「もう、十分あるから」

俺は、少し考えた。

「なあ」

「はい」

「“わからない”って言われたとき」
「本当に分からなかったのは」
「どっちだと思う?」

彼は、瞬きをした。

「……え?」

「相手だ」

即答だった。

「お前の言葉を」
「理解しようとするのを」
「最初から放棄してる」

彼は、口を開きかけて、閉じた。

「それは」
「俺が、悪いわけじゃ……」

「ない」

重ねる。

「分かる努力をしない人間が」
「分からないって決めつけてるだけだ」

彼の目が、少し潤んだ。

「でも……」
「俺は、うまく説明できない」

「それでいい」

「え?」

「説明が下手でも」
「言葉が遅くても」
「考えてない理由にはならない」

俺は、指で机を軽く叩く。

「“わかるかどうか”と」
「“考えているかどうか”は」
「別物だ」

彼は、静かに息を吸った。

「……俺」
「ちゃんと、考えてます」

「ああ」

「ずっと」

「知ってる」

彼は、俯いたまま、ぽつりと言った。

「もう」
「何も言わない方が楽かなって」
「思ったこともあります」

「やめるか?」

「……わかりません」

俺は、首を振った。

「言わなくてもいい」
「無理に、戦わなくてもいい」

少し間を置いて。

「でも」
「自分まで」
「“わからない人”扱いするな」

彼は、ゆっくり顔を上げた。

「それは」
「一番、きつい」

「……はい」

「証拠、いりませんでしたね」

「ああ」

「答えも」

「もう、持ってる」

彼は立ち上がり、深く頭を下げた。

「……俺」
「俺のままで、いいですよね」

「いい」

「ちゃんと」
「考えてる人間だ」

ドアが閉まる。

相棒が、ぽつりと言った。

「あの人、真っ直ぐに生きてるね」

「そうだな」

事務所に、静けさが戻る。

わからないと思われる悔しさは、
能力の問題じゃない。

尊厳を、最初から奪われることの話だ。

そしてそれは――
証拠なんて、最初からいらない。
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