ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ

文字の大きさ
2 / 18

2

しおりを挟む
 でも、さらにもっと速く、男の子の足が動いた。

「遅いぜ、猩猩!」

 下から突き上げられた足が、まるでサッカーボールを蹴り返すみたいに、オランウータンに激突する。

 ばごおっ!

 オランウータンが、なにか、叫んでたような気がする。
 でもそれを聞き取る間もなく、その大きな体は、暗闇の中に吹っ飛んでいった。

「よし。これでしばらく戻ってこないだろう。君、どのあたりから来た? だいたいの方角が分かれば、帰してあげられるんだが」
「あ、え、えっと……こっちのほう、だと思います」

 男の子は、私に手を差し出して、助け起こしてくれた。
 ありがとうございます、と言いながら、そういえば中学に入ってから男子の手を握ったのは初めてだな、なんて思っちゃった。

 男の子は全身黒ずくめの格好で、シャツも、ズボンも、靴まで真っ黒。
 でも不思議なことに、全然周りの暗さに溶け込んでしまってなくて、どんなに離れても見つけられそうに思えた。

 私たちは、二人で、私のカンを頼りに歩き出す。
 男の子のほうが、先に立って歩いてくれた。
 うう、全然違う方向だったらどうしよう。

「あの……」
「ん?」

「聞いてもいいですか? さっきのオラン……しょうじょう? とか、あの光る小さいクジラとかって、なんなんですか……?」
「お。もしかして、見たのは初めてか? 光るクジラは、スミレワタリという。でっかいサルのほうは、猩猩というあやかしだ。どちらも、この世ならざるものだ。おれと同じだな。ただ、時々、そうしたものが見えてしまう人間がいる。君がそうだったっていうことだな」

「この世……ならざるもの……」

そ、それってつまり、妖怪とか、お化けとか、そういうもの!?
でも確かに、あの猩猩っていうのは、作り物には見えなかったし……
いわゆる、霊感ってやつなのかな。
そういうの自分にもあるといいな、と思ったことはあるけど、あんなのが見えてもあんまりうれしくないな……。

あれ?
私は、ぎくしゃくしながら、首を男の子に向ける。

「……今、なんて言いましたっけ」
「ん? 君には、この世ならざるものが見える」

「い、いえ、その、おれと同じとか、なんとか」
「ああ。当然、おれも『この世ならざるもの』だ。でなきゃ、大猩猩なんて蹴り飛ばせるわけがないだろ」

私の足が、ぴたっと止まった。
だ、――

「お? どうした?」

 ――大丈夫? この人についていって……
 心臓がばくばくと鳴り出す。
 歩いている方向は私が言った通りのほうだけど、こんなに暗くちゃ、その先に本当に自転車があるかどうかなんて分からない。
 カバンを、思わず、胸にぎゅっと抱きしめた。

「あ、おい。あとずさったりするなよ。危ないから――」

 彼が私に手を伸ばした時、……さっきは頼りがいがあってうれしかったのに、今度は怖くてびくっと体が震える。
 その時。

「ガアアアアア!」

 いきなりとんでもない音が、あたりに響き渡った。

「きゃあっ!?」
「お、なんだお前。今ごろ出てきて」

 ばさっ、ばさっ、と鳥の羽音が聞こえる。
 こ、今度はなに!?
 男の子が見ているほうに目を向けると、そこには。

「か、カラス……ですか?」

 疑問形になったのは、そこに降り立っていた鳥は確かにカラスの形をしていたんだけど、明らかに異常に大きかったから。子犬くらいの大きさがある。
時々、カラスが人の肩に乗ってきたっていう話を聞くけど、こんなのが肩に乗ったら首を思いっきり逆方向に曲げなくちゃいけないと思う。

 男の子が、答えてきた。

「そう、カラスだよ。とはいえおれの仲間だ。タイアといって――大鴉と書いて、そう読む」

 た、大鴉……。確かに大きい。
 こんなに大きい鳥、こんなに近くで初めて見た。
 て、ていうか、仲間?

「ちょうどいい、大鴉、お前少し先に行ってこの子の自転車あるか見て来いよ。……ああ? 怖がられてる? なに言ってるんだ、おれはこの子を助けたばかりだぞ。なあ?」

 そう聞かれて、私はこくこくと首を縦に振った。
 と、とても「でも今はちょっと怖いです」とは言えない……。


 すると、カラスが、「ガーッ」って鳴いて、くいっと首を奥のほうへ振った。

「おお、本当だ。ほら、君、あれ君の自転車だろ? あれにのって、ここまで来たんだよな?」

 そう言われて目を凝らすと、――
 あった!
 見慣れた、赤い色の、カゴの角がちょっとへっこんだ、私の自転車だ!

「あ、あれです! そうです、あれ私のです!」

 二人と一羽で、自転車に駆け寄る。
 ハンドルとサドルに手を置いて、私は、はああああっと大きなため息をついた。
 その横の車道を、トラックが通り過ぎていく。

「あ、あれっ? 車? ずっと通らなかったのに……? あ、あとなんか明るい? 普通の夜みたいに……」

 私の自転車は歩道のわきの土の上にあって、もうすぐそこが、通いなれた県道だった。
 振り返ると、スミレワタリはもちろん、あの真っ暗な空間はどこにもない。暗くても、それなりに夜目がきいて、見慣れた林があたりに広がってるのが見える。

「無事の帰還、おめでとう」

 私の後ろに立った男の子が、くすくすと笑ってる。
 カラスも、がごーと低く鳴いた。

「あ、あのっ。ありがとうございますっ! ご、ごめんなさいっ!」
「ん? ありがとうは分かるが、ごめんというのは?」

 し、しまった。つい口から出ちゃった。余計だったよね。

「わ、私、実は、ちょっと怖かったっていうか……あの猩猩の仲間みたいなこと言ったじゃないですか、それで……う、疑っちゃったっていうか、頭をよぎっただけなんですけど……」
「……仲間だ? ああ、同じだ、みたいな言い方したか。それは悪かったな。不正確だった。おれは、君になにも悪いことをする気はない」

 ひええええ。
 こんなの、いい気がするわけがないよね。
 私は、ばっと音がするくらいの勢いで、頭を下げる。

「ご、ごめんなさい、本当に! ありがとうございました……!」
「悪気がないことに、謝る必要はねえよ。感謝のほうは、ありがたく受け取っておく。これからは気をつけてな。君の場合、スミレワタリが見えたら、そこが此岸と彼岸の境目だ。ゆめゆめ、渡るもんじゃないぜ」

 スミレワタリ。
 きれいだったけど、……もうあまり、見たくはないかも……。

「それじゃあな。行くぞ、大鴉」
「がー」

 彼らは、そう言って背中を向けかけた。
 その時の男の子の横顔が、本当に絵みたいにきれいで、私の視線はそこに吸い込まれる。
 行っちゃう。
 私の足が、勝手に一歩踏み出した。

「あ、あのっ!」
「ん?」

「私、来栖凛といいますっ! この先の八木丘中学校の、二年生です! お、お名前、教えていただけないでしょうかっ!」
「来栖……? 君、クルスっていう姓なのか?」

「え、は、はい。なにか、変ですか……?」

 男の子は、笑って首を横に振った。

「いいや、変ではないけどな。いい名前だよ、上も下も。ただ、おれには少しおっかない姓だと思ったってだけだ」

 おっかない……? 来栖が? どうして?
 ちょっと、不思議には思ったけれど。

「おれは、ツクヨミという。月詠――月を言葉が泳ぐと書いて、そう読む。ま、縁があったらまた会おうぜ」

 その名前のほうが、頭の中にすどんと入ってきて、ほかのことは気にならなくなっちゃった。
 月詠さんと、大鴉は、そうしてふっと闇の中に消えた。
 私はしばらくそこにぼうっと立ってから、慌てて自転車にまたがった。
 ペダルをこいで、今度こそ家に向かう。
 今起きたことを、頭の中で何度も繰り返し考えた。

 この世ならざるもの。
 私には、それが見える。
 でも、危ない目にも遭う。
 でも――怖いことばっかりじゃ、ないかもしれない。

 家には、そのあと、すぐに着いた。五階建てアパートの三階なので、自転車を共用の駐輪場所に停める。
 いつもより、三十分くらい遅い帰宅になった。
ちょっと遅くなっちゃったことの言い訳を、頭の中でぐるぐると考える。
 正直に話して、信じてもらえるとは思えないし。
でも下手な嘘をついて、学校に確認されても困るし……

 そうして、エレベーターを降りて、家のドアを開けた時。

「あー!!」

 私は大声を上げた。
 なんだか、やけに体が軽いなと思ったら。

「カバン! カバンがない……!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マジカル・ミッション

碧月あめり
児童書・童話
 小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。

【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。 ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。 ※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。 ※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。 ※2026.1.5に完結しました! 修正中です。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

エリちゃんの翼

恋下うらら
児童書・童話
高校生女子、杉田エリ。周りの女子はたくさん背中に翼がはえた人がいるのに!! なぜ?私だけ翼がない❢ どうして…❢

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

処理中です...