ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ

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月詠さんは夢野さんを顎で指す。「おう。だってこいつ、本気で野宿してるってんだもん。うちは部屋余ってるしな」

 ルチルさんが、頭痛がしてるようなポーズで右手でおでこを抑えて、「まったく、ステラの代わりに、こんな男が転がり込んでくるとは……」とぼやいた。

 いや、それでもこれは、意外にどころか、かなり仲良くなっているのでは……。

「月詠様、僕はスーパーで買い物して行きますので、先に帰っていてください」
「分かった。んじゃ、後でな」

 そう言って、男子三人はみんなばらばらに歩き出す。
とりあえず、私とまゆも、帰り道へと歩き出した。
……振りをした。

「ごめんまゆ、ちょっとつき合ってもらっていい?」
「え? いいけど。どうかしたの?」

「夢野さん、本屋さんに行くって言ってたよね。この辺の本屋さんて、駅ビルの中にあるところくらいだったよね」

 私はまゆを連れて、駅ビルの五階にある本屋さんに向かった。
 やった。
 ちょうど、夢野さんがすたすたとお店の中に入っていくところだった。

「夢野さん!」
「む? おお、凛殿、まゆ殿。いかがなされた?」

「ごめんなさい、ちょっと来てもらっていいですか?」
「はあ」

 私たちは、三人でビルを出て、ひとけのない路地裏に向かった。

「凛、どうしたの?」
「まゆ、さっき、ルチルさんから、ペンダントもらった?」

「え? うん、黒い羽根のモチーフのやつ」
「ちょっと、貸してくれる?」

 まゆは、さっそく首にかけていたペンダントを外すと、私に渡してくれた。

「ありがと。すぐ返すからね。そして、夢野さん」
「うむ?」

「私に向かって、催眠をかけてください。そうですね、……じゃあ、ゾンビに襲われる幻覚を見せてもらえませんか」
「なぜゆえに、そのような……」

「この通りですっ」
「は、はあ、まあ、わしは構わんが。ではいくぞ」

 夢野さんが、私の顔の前に右手のひらを突き出した。
 その手を見ていると、頭がぼんやりしてきて、やがて、目の前に大柄なゾンビが現れる。

「ひ、ひええええっ!」

 すると。
 ばさばさばさっ! と羽音が響いた。
 次に、人間の足が地面に着地する、たんっという音がする。

「何事ですか、凛殿! 夢野貴様、なにをしている!」
「ご、誤解じゃ! わしは、凛殿に頼まれて!」

 はっと正気を取り戻すと、私と夢野さんの間に、ルチルさんが立ちはだかってる。

「ルチルさん、ごめんなさい! 私が夢野さんにお願いしたんです!」
「なんですって……?」

「そうじゃよ。わしは、なにがなんだか」
「夢野さんも、本当にすみません。ルチルさんが、買い物を始める前にと思って、慌ててて説明もしなくて……」

 ルチルさんが、ふむ、と顎をなでた。

「つまり、凛殿が、僕がまゆ殿に渡したアミュレットでいたずらをした……ということですか? あれを持った状態で怪異が接近すれば、僕が飛んでくると分かっていて?」

 これ、アミュレットっていうんだ。
 いや、今はそんなことはどうでもよくて。

「う。……そうです、すみません」

 まゆが、私の顔を覗き込んできた。
「凛、なんでそんなことしたの?」

「月詠さんとルチルさんが、離れた今がチャンスだと思って。……聞きたいことがあるんです。でも、聞いちゃいけないことだったら、答えてもらわなくてもいいんですけど……」

 ルチルさんが、また、ふむと息をつく。

「つまり、月詠様に関することですね? 直接聞いてはならないことの恐れがあるので、僕を呼び出したと」
「は、はい。その通りです」

 すごく勝手なことをしてる自覚はある。
 あるんだけど、聞けることなんだったら、一日でも早く聞くべきことだと思った。
 月詠さんが、私を守ってくれるというなら、そんな人のことは、なおさら。

「いいでしょう。僕に答えられることなら、なんなりと」
「ありがとうございます。で、では。……月詠さんって……」

「はい?」

 私は、うつむき加減だった顔をぱっと上げた。

「月詠さんって、人間と、前になにかあったんですか?」
「なにか、とは?」

「なにか……傷つけられるようなこと、です」

 いつか、信じられる人間に出会えると信じてた。
 それって、そう思わないとやっていけないような、つらいことがあったっていうことじゃないの?

 もしそうなら、私は絶対に月詠さんにそんな思いをさせたくない。
 させないように、月詠さんと一緒にいたい。
 だから、私が知っていいことなのなら。
 どうしても知っておきたい。
 でも、そう聞かれることさえつらいくらいの思い出があったとしたら。
 そう思うと、月詠さん本人には、聞けない。

 ルチルさんが、静かに言ってくる。

「なるほど。凛殿なりに、月詠様に気を使ってくださったわけですね。方法は、少々身勝手ですが」
「すみません……自覚してます」とまゆ。

「まあ、特に、月詠様から口止めされているわけではありません。月詠様も、あなたがたに内緒にしているというわけではないでしょう。単に、わざわざ伝える機会もなかったということでしょうね。僕の口から伝えても、問題はないと思います」

 どくん、と胸が一つ高鳴った。
 やっぱり、なにかあったんだ。前に、人間と、月詠さんとの間で。

「とはいえ、あまり細かく言うと生々しくなりますし、僕が勝手に吹聴するのも気が咎めるので、大まかにだけお伝えします」
「は、はい。それでいいです。……いえ、それがいいです」

 ただ、私が、なにも知らずに無神経なことを言って、月詠さんを傷つけたりしないために聞きたいだけだから。
 もっと詳しく聞きたいところがあっても、私からは質問はしないでおこう、と決めた。

「では、かいつまんで言いますが。月詠様は日本に来て暮らしていたわけですが、七歳のころ、ご両親と離れ離れになりました。これには、ある人間のひどい裏切りが関わっていたのです。それでも、ご両親は、月詠様におっしゃいました。『人間を恨むな』と」

 ルチルさんは、淡々と語りだした。
 両親。離れ離れ。裏切り。恨むな。
 いくつかの言葉が、私の胸に、とげみたいに突き刺さる。

「家とご両親を失った月詠様は、一人日本に残ることになりました。僕は、けがをしたところを月詠様のご両親に拾われていたのですが、同じような境遇の非力な怪異が、何体か月詠家でお世話になっていました。本来なら、そんな役立たずの怪異など、ご両親がいなくなれば面倒を見切れるはずもなく。孤独になった月詠様にすれば放り出すのが当たり前なのでしょうが――」

 ルチルさんの視線が上がって、ビルの隙間から、暮れかけてる空に向けられた。

「――しかし月詠様は、ご両親から残されたたくわえと日本の吸血鬼のつてを使って、あなたがたも見た、あの家を新たに買ったのです。無力な怪異たちの居場所を作るために、広い地下室のある町はずれの家を。誰よりもご自分がつらかったはずなのに、早熟な吸血鬼とはいえ、たった七歳の子供が」

 気温が低いわけじゃないのに、ぞく、と寒気がした。
 その時の月詠さんの気持ちを思った。……そんなの、分かるわけがないのに。

「僕はそのころに、月詠様に忠誠を誓いました。ほかの怪異は、もっと住みよい場所を見つけると、次第にばらばらと出ていきました。時にはステラのように、途中から住みだした――月詠様が住まわせた者もいましたけどね」

夢野さんが、おずおずと言う。
「では、彼がわしにあそこへ住めと言うたのも……」

 ルチルさんが肩をすくめた。
「あなたを放っておけなかったんでしょう。もうクセというか性分ですね、あれは、月詠様の」

 私は、あの暗くがらんとした家を、ひとけのない地下室を、頭に思い浮かべる。
「それで……最後まであの家に残ったのが、ルチルさんとステラちゃんだけだったってことですか……?」

 そのステラちゃんも、いなくなった。
今は姿を変えて私のところにいるといっても、あんなにかわいがってた妹がいなくなって、月詠さんが寂しくないわけがない。

「そうです。身寄りもない幼い吸血鬼と、それより弱っちい怪異が住んでる家ですからね、ほかのいろんな怪異にちょっかいを出されましたし、不愉快な思いもたくさんしました。そんな有様でしたから、月詠様は人間の学校にもろくに通えませんでしたね。それでも――」

 昔を思い出しているんだろう、ルチルさんの遠いまなざし。
 私たちと、長さはそう変わらない、生まれてから十何年かの月詠さんの生活。
 その中身は、どんなに私たちとは遠いものだったんだろう。

「――それでも月詠様は、ご両親に言われたとおり、人間の悪口一つ言ったことはありません。ですから」

 ルチルさんは、ひときわ優しい声で言ってきた。

「ですから、凛殿とまゆ殿におかれましては、月詠様と仲良くしてくださって、ありがとうございます。あのかたは、人間の悪口は言ったことがなくても、何度か寂しそうにつぶやかれたことはありました。『人間にも、いいやつと悪いやつがいるはずだ。悪いやつにはもう出会った。いいやつとは、次にいつ出会えるんだろう』……ってね。おかげさまで、今の月詠様は、楽しそうです」

 そこで、空の夕焼けが、ほとんど藍色に変わった。

 ルチルさんは、しゃべりすぎました、さて買い物買い物、と言って、カラスの姿になって、ビルの外へと飛んで行った。
 夢野さんも、ではわしもこれで、と言って微笑みを浮かべて路地裏を出て行った。

 私は、いろんな気持ちで胸がいっぱいで、誰になにを言っていいのか分からなくなった。
 まゆにルチルさんのペンダントを返すと、まゆのやわらかい手で、肩をぽんぽんと優しく叩かれた。
 私は、月詠さんからもらった、牙の形のペンダントを握りしめた。
 すぐに私の体温が移って、ペンダントは、私と同じ温度になって、手の中にあった。

 うちに帰ると、すぐに、ルーズリーフを引っ張り出した。
 ノートパソコンに文字で書き込むより、シャーペンで、手書きでありのままに、図形や矢印も使って、今の気持ちを書きつけたかった。
 小説を書き始めた時、自分の書きたいものを好きに書いていいんだと思った。
 でも、なかなか思ったように書きたいお話が書けなくて、人に聞いたりネットで調べてみると、よく言われることがあった。

 自分の、書きたいテーマを決めて、それをどう伝えるかを考えて書くといいって。

 でも、私には書きたいテーマなんてなかった。
 今までは。
 やっと分かった。
 書きたいことがあるって、人に伝えたいものがあるって、こういうことなんだ。

 晩ご飯を食べて、お風呂に入って、眠るまで、ひたすらに書いた。
 ルーズリーフは、あっという間に十枚くらいになった。
 書き込んだ文章の量は、文字の大きさはまちまちだし、全然整えられてないから、そんなに多くはない。

 ステラちゃん、あなたが褒めてくれたお話は、ステラちゃんがまた小説を読めるようになったら、きっと書き上げるね。
 今は、もっと書きたいものができちゃったんだ。
 今じゃなきゃ書けないもの。
 今だったら書けるもの。
 思いつくままにシャーペンを走らせ続けていたら、いつの間にか夜の十二時を回ってた。

 こんな風にして、私の、十四歳の九月最後の日は終わったのだった。


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