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キサラギ・サラは帰らない
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今回のことでこれ以上、何かをする気はなかった。彼のしたことを人に言うつもりももちろん、無い。
ただ、——彼のサラ先輩への仕打ちを知っている人間がもしかしたら複数人いて、その人物達は彼に日々、冷酷な視線を送っているのかも知れない。それは彼のクラスメイトや、教師かも知れない。
そんな恐怖を、せめて自分のしたことの報いとして味わえばいい、と思った。
彼が警察へでも行って、自分のしたことを白状すれば、多くの人から責められるだろう。
けれど、殺人罪が成立することは無いと思う。
立件されても、人を一人殺したよりははるかに軽い刑罰を受けて、執行猶予も付いて、それで『許された』ことになって、何食わぬ顔でまた彼は自分の生活を続ける。
サラ先輩はもう帰って来ない。それなのに法の名の下に償いが済んだことにされるなんて、冗談じゃない。
それよりは、償う方法も見つからないまま、少しでも長く疑心暗鬼に苦しめばいい。
日比野先輩のことは許せない。でも、僕もどす黒い感情で汚れている、と感じた。
新月のせいで星明りしかない、暗い校内の敷地を、一人でぐるぐると歩いた。
闇の中へ、身も心も溶かしてしまいたかった。
寮へ戻ると、真夜中だった。ハインツがロビーのソファに座っていた。
「何、こんな時間に。まさか僕を待ってたの」
「そうだよ。カルフはもう寝てる。ここにはいない。でも、犯人はお前が見つけてきっと懲らしめて来たって確信してる。だから安心して、寝てる」
ハインツは、優しい表情をしていた。
詳細までは知らなくても、彼らは気付いているのだ。僕が僕なりに、サラ先輩の『事件』にけりをつけて来たことを。
僕は自分に出来る限り残酷になるために、二人には何も言わずに今夜日比野先輩と会った。
そんな勝手を、二人は責めもせずにいてくれる。
「だから、お前は正直になっていい」
「……うん」
僕は今回、サラ先輩は親しかった先輩ということ以上に、親友であるカルフの想い人だからと、図々しく事件に踏み込んでいった。
そうしなければ、自分を保ちながら事件のことを調べる自信が無かった。
サラ先輩は、僕自身にとっても特別な存在だったから。
幾度となく向けてくれた頬笑みを思い浮かべると、もう涙が止められなかった。
ハインツが、ソファーに添えられているクッションを渡してくれた。
目を背け続けていた、大き過ぎる悲しみにとうとう捉えられて、僕はクッションに顔をうずめ、絶叫の様な嗚咽を挙げて泣いた。
もう一度、名前を呼んで欲しい。
この学校で、今まで色んないたずらをした。反省しなくてはならないと痛感したことも、いくつもある。でも彼女は、一度も僕たちを怒らなかった。ただ、していいことと悪いことを教えて、最後には必ず励ましてくれた。
温かなものを与えられるだけで、何も報いることの出来なかった季節を、やり直したい。
もう一度僕がこの世であなたに会えるとしたら、それは、脈絡もなく無機物や風景の中に見つけ出すあなたの面影に、霊などという名前を付けて思い出に遊ぶ、慰めの様なものなのでしょう。
でもそれは、あなたじゃないんだ。
あなたはもういないのだから。
もう一度だけでも、名前を呼んで欲しいのに。
そしてその夜は、更けていった。
遠からずまた、明けるために。
■■■■■
数日が過ぎた。
表面上は何事もなく、僕らの生活は平穏に続いていた。
高等部では日比野先輩がやたら落ち着きがなくなったという噂が立っていた様だけど、もう知ったことではなかった。
朝、薄絹の様な光が、霜のついた窓から差し込んで来るのを横目に、僕は寮の部屋で授業の支度をする。
それから、食堂へ朝食を取りに行くためにカルフを起こした。
「毎朝毎朝、なんで食事の前から勉強の用意が出来るんだ……」
モンスターを見る様な目で僕を見るカルフを二段ベッドから引き下ろし、着替えさせる。
「カルフ、クリスマスが近付いて来たから、そろそろ食堂でもシュトウレンが出るよ」
「おお、それは砂糖のお祭り!」
急に元気を出して、カルフは赤いセーターを素早く着込む。
身支度を終えてドアを開けると、ちょうどハインツが部屋の前に来た。
「おはよう。お前たちも食堂だろ? 行こう」
うなずきながらドアを閉めようとして、一度部屋の中を見る。
窓際では、いまだに名前も知らない観葉植物が、陽光を受けてくすぐったそうに光っていた。
もともとは日比野先輩が購入したのかも知れないけど、僕らにとってはサラ先輩の形見だった。
今度こそドアを閉めて、三人で歩き出す。
トースト・サンドウィッチとスクランブルエッグの朝食を終えてから、僕は一人で、授業の前にプール棟の北側の壁を見に行った。
目を凝らしたり、眺めたりしながら、しばらくぼうっとツタの陰影を視線でなぞり、面影を探す。
でもそこには、誰もいなかった。
間もなく、授業が始まる。
クリスマスを控えた、浮ついた空気。
そして――消えることのない、冬が運ぶ風のような、静かな寂しさ。
ハインツとカルフが、廊下の奥から僕を呼ぶ。
僕は冷たく硬い寮の廊下を、わざと跳ねる様に歩き出した。
ただ、——彼のサラ先輩への仕打ちを知っている人間がもしかしたら複数人いて、その人物達は彼に日々、冷酷な視線を送っているのかも知れない。それは彼のクラスメイトや、教師かも知れない。
そんな恐怖を、せめて自分のしたことの報いとして味わえばいい、と思った。
彼が警察へでも行って、自分のしたことを白状すれば、多くの人から責められるだろう。
けれど、殺人罪が成立することは無いと思う。
立件されても、人を一人殺したよりははるかに軽い刑罰を受けて、執行猶予も付いて、それで『許された』ことになって、何食わぬ顔でまた彼は自分の生活を続ける。
サラ先輩はもう帰って来ない。それなのに法の名の下に償いが済んだことにされるなんて、冗談じゃない。
それよりは、償う方法も見つからないまま、少しでも長く疑心暗鬼に苦しめばいい。
日比野先輩のことは許せない。でも、僕もどす黒い感情で汚れている、と感じた。
新月のせいで星明りしかない、暗い校内の敷地を、一人でぐるぐると歩いた。
闇の中へ、身も心も溶かしてしまいたかった。
寮へ戻ると、真夜中だった。ハインツがロビーのソファに座っていた。
「何、こんな時間に。まさか僕を待ってたの」
「そうだよ。カルフはもう寝てる。ここにはいない。でも、犯人はお前が見つけてきっと懲らしめて来たって確信してる。だから安心して、寝てる」
ハインツは、優しい表情をしていた。
詳細までは知らなくても、彼らは気付いているのだ。僕が僕なりに、サラ先輩の『事件』にけりをつけて来たことを。
僕は自分に出来る限り残酷になるために、二人には何も言わずに今夜日比野先輩と会った。
そんな勝手を、二人は責めもせずにいてくれる。
「だから、お前は正直になっていい」
「……うん」
僕は今回、サラ先輩は親しかった先輩ということ以上に、親友であるカルフの想い人だからと、図々しく事件に踏み込んでいった。
そうしなければ、自分を保ちながら事件のことを調べる自信が無かった。
サラ先輩は、僕自身にとっても特別な存在だったから。
幾度となく向けてくれた頬笑みを思い浮かべると、もう涙が止められなかった。
ハインツが、ソファーに添えられているクッションを渡してくれた。
目を背け続けていた、大き過ぎる悲しみにとうとう捉えられて、僕はクッションに顔をうずめ、絶叫の様な嗚咽を挙げて泣いた。
もう一度、名前を呼んで欲しい。
この学校で、今まで色んないたずらをした。反省しなくてはならないと痛感したことも、いくつもある。でも彼女は、一度も僕たちを怒らなかった。ただ、していいことと悪いことを教えて、最後には必ず励ましてくれた。
温かなものを与えられるだけで、何も報いることの出来なかった季節を、やり直したい。
もう一度僕がこの世であなたに会えるとしたら、それは、脈絡もなく無機物や風景の中に見つけ出すあなたの面影に、霊などという名前を付けて思い出に遊ぶ、慰めの様なものなのでしょう。
でもそれは、あなたじゃないんだ。
あなたはもういないのだから。
もう一度だけでも、名前を呼んで欲しいのに。
そしてその夜は、更けていった。
遠からずまた、明けるために。
■■■■■
数日が過ぎた。
表面上は何事もなく、僕らの生活は平穏に続いていた。
高等部では日比野先輩がやたら落ち着きがなくなったという噂が立っていた様だけど、もう知ったことではなかった。
朝、薄絹の様な光が、霜のついた窓から差し込んで来るのを横目に、僕は寮の部屋で授業の支度をする。
それから、食堂へ朝食を取りに行くためにカルフを起こした。
「毎朝毎朝、なんで食事の前から勉強の用意が出来るんだ……」
モンスターを見る様な目で僕を見るカルフを二段ベッドから引き下ろし、着替えさせる。
「カルフ、クリスマスが近付いて来たから、そろそろ食堂でもシュトウレンが出るよ」
「おお、それは砂糖のお祭り!」
急に元気を出して、カルフは赤いセーターを素早く着込む。
身支度を終えてドアを開けると、ちょうどハインツが部屋の前に来た。
「おはよう。お前たちも食堂だろ? 行こう」
うなずきながらドアを閉めようとして、一度部屋の中を見る。
窓際では、いまだに名前も知らない観葉植物が、陽光を受けてくすぐったそうに光っていた。
もともとは日比野先輩が購入したのかも知れないけど、僕らにとってはサラ先輩の形見だった。
今度こそドアを閉めて、三人で歩き出す。
トースト・サンドウィッチとスクランブルエッグの朝食を終えてから、僕は一人で、授業の前にプール棟の北側の壁を見に行った。
目を凝らしたり、眺めたりしながら、しばらくぼうっとツタの陰影を視線でなぞり、面影を探す。
でもそこには、誰もいなかった。
間もなく、授業が始まる。
クリスマスを控えた、浮ついた空気。
そして――消えることのない、冬が運ぶ風のような、静かな寂しさ。
ハインツとカルフが、廊下の奥から僕を呼ぶ。
僕は冷たく硬い寮の廊下を、わざと跳ねる様に歩き出した。
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