あやかし職業訓練校は税金で運営されています!

クナリ

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 燎火がハンドルを切る。

「それなりの収穫はあったな。どうやら、就寝中の夢を使って、訓練生たちに未就職ペナルティがない話を告げて回ったやつがいる」

 燎火の運転で、再び私たちは国道に出ていた。
 あの後、今後の――完璧かどうかは分からないけど――スケジュールを三人ですり合わせ、粕村さんが段階を踏んで就活を進めるよう計画を立てて、お暇した。

「それって、妖怪だよね? そんなことができる妖怪っているの?」

「夢で啓示を述べるようなやつは、結構多いな。で、見た目が高齢の男ってのも、日本妖怪には山ほどいる。もう少し絞りたいが、おおよそ見当はついてきた」

 そう言っている間に、次の目的地に着いた。
 二階建ての木造アパート、赤原さんの家だ。

「赤原さん、いるかなあ。それにしても、アポイントとらないんだね……」

「ちょっとばかり非常識なのは、粕村に言われるまでもなく重々承知だが。『わざと連絡を取れないように電話してくる』なんて真似されて、そうそうお行儀よくばかりもしてられん。向こうがどういうつもりかは知らねえけど、こっちは遊びじゃねえんだ」

 近くのパーキングに車を止めて、歩いてアパート一階の角部屋へ行く。
 濃い茶色の木製ドアの脇の表札には「赤原」とあった。
 私がチャイムを押す。
 部屋の中で、少し物音がした。
 でも、誰も出てこない。
 私の姿は、ドアアイから見えているはずだけど。

「赤原さん? いらっしゃいますか? 赤原さん?」

 すると、燎火が小声でなにかつぶやいていた。見ると、耳が小刻みに震えている。

「中に人はいるな……二人でこそこそしゃべってる。女の声で、『出なくていいの?』……男の声で『いいんだよ、出るな』……くそ、別に借金取りじゃねえんだぞ」

「あ、じゃあ中にはいるんだ?」

「いる。赤原さん本人だ。もう一人は奥さんのようだな」

「確か、人間なんだよね、奥さんは」

「ああ。入校時に聞いた話だと、赤原さんが妖怪であることも、裏界の職業訓練に通ってることも知っているはずだ。その辺秘密にして結婚する妖怪も多いから妖怪バレしないように気を使うこともあるが、今回はその辺の配慮は無用ってことだ」

 すう、と息を吸い込む。
 そして、ドアの向こうには届くけれど隣近所には響かないように、などとという発声は無理があることを承知しつつ、なるべくそうなりそうな声量で話しかけた。

「赤原さん、聞こえますか? 私です、就妖社の古兎です。お電話やお手紙でお話しできなかったので伺いました」

 そう呼びかけるものの、ここからどうしよう。ただ書類――就活のプランだ――をポストに入れるだけじゃ、今までの一方通行と変わらないし。
 あまり粘って、それこそ借金取りに見られたら、ご近所の手前赤原さんに迷惑がかかるし……。

 やむなく、もう二度ほどチャイムを押して、でもそれ以上できることはなくて、赤原さーんと声をかけつつ立ち尽くす。
 仕事で来ているのだから、これで帰るわけにはいかない。
 でも、私が来ていることは分かったうえでの居留守なら、この上どうしたら……。

 その時、ドアの向こうで、とことこと足音が聞こえた。
 ドアノブが回る。
 出てきてくれるみたいだ。

 ドアが開いた。
 白いTシャツにグレーのスウェット地のズボンを穿いた赤原さんが現れる。
 よかった。
 赤原さん、と口を開きかけた時、先に赤羽さんが目を剝いてまくし立ててきた。

「なんだあいきなり! 連絡もなく来やがって、非常識だ! 失礼じゃないか!」

「す……すみません、ですが電話でも、手紙やメールでも連絡が取れないと、こうするしか」

「なに言ってんだよ、就職するまでの期間は三ヶ月だろ!? まだ三ヶ月経ってないだろうが!」

 だん、と赤原さんのサンダルが、コンクリートの床を鳴らした。

「いえ、私たちが最終日にも申し上げたように、計画的に行動しないと三ヶ月以内の就職というのは結構難しくて……」

「そんなのそっちの都合だろうが! 知ってんだぞ、おれが就職しなくてもおれにはなんのペナルティもないって! お前らが国の点数や金稼ぐために言ってるだけだろう、そんなの守る義務ねえ! 就職は俺がしたい時にする! だからとっとと――」

「とっとと?」

 そう言ったのは、私ではなかった。
 人前でめったに腕組みしない――威圧感を与えたくないからだそうだ――燎火が、がっちり腕を組んで微笑んでいる。
 犬歯は見せていない。眼差しも鋭くはない。でも、黒いシャツの上からでもそれと分かる引き締まった体には、言外の迫力があった。

「なっ……なんだ、燎火先生もいたのかよ」

「おれがいたら、なんです? ほら、続きをどうぞ。とっとと、なんですか?」

「いや、だから……とっとと、帰ってくれよ。き、近所迷惑だろう……」

 赤原さんが、目に見えて萎縮していく。感染症騒ぎの時に抱えられた両脇を、かばうように締めた。
 以前燎火が、反抗的な妖怪相手には一度力の差を見せつけると大人しくなる、という話をしていたのを思い出す。
 ……なんだか、少し悲しくなるけれど。

「いいですとも。ただ、どうやら赤原さんは、おれたちの仕事について勘違いされているようだ。なあ、古兎さん?」

 私に発言の機会を回してくれた燎火に、目くばせでお礼を伝えてから、私は赤原さんに向き直った、

「赤原さん。私、誤解は解いておきたいのでお伝えするんですが、国の点数とかお金のためにこうして来ているわけではないですよ」

「ああ? ……おれその話、ちゃんとネットで見たんだぞ。それに変な妖怪が教えてくれたんだ、おれらを就職させると訓練校はボーナスもらえるって。そんなもんのために就職するなんざ、あほらしくてよ」

 やはり、おおざっぱな情報しか伝わっていない。

「そうですね、就職率が高い場合に褒賞みたいな形で国から私たちに支払われるお金は、確かにあります」

「ほらみろ、ボーナスだろ。まず運営費で金を税金からせしめて、俺たちを働かせることでボーナスももらおうってんだ」

「いえ、運営費に当たる基本奨励金とは別に――赤原さんがボーナスと呼んだお金は付加奨励金というんですけど――その付加奨励金を私たちは目当てにはしていません。就職はあくまで訓練生の皆さんご自身のためのものですから、狙ってあてにできるものではないんです」

 これは本当だった。
 私たちの会社に入るお金のために頑張って就職してくださいなんて、思えるわけがない。

「ああ? ……じゃあ金以外に、国からなんかポイントがつくんだろ。なんかこう、なんかであんたらの会社が有利になるようなのが」

「就職率が低いことで私たちへのペナルティはあっても、高くても点数なんてつかないんですよ。あるとしても、好成績を収めることで次の訓練が受託しやすくなるくらいです。私たちの目標はあくまで、みなさんの就職なんです。雇用保険就職とその他就職に分けていますけど、それも――」

 そこで、赤原さんが声を上げた。

「……そんな難しい話されても分かんねえよ! こっちはもう歳なんだからよ」

 しまった。焦って、耳慣れない言葉を使ってしまったかもしれない。
 でも、点数なんてもののためにやっているわけじゃないことは、分かって欲しくて……。

 すると、横から燎火の声が飛んで来た。

「古兎さん。赤原さんは、『勢い任せに自分の言いたいことだけ言って追い返す作戦』が失敗して、混乱してらっしゃるんだ。もっと平易な言葉で説明しないと分かってもらえねえよ」

「燎火! ……さん!」

 私の隣に立っている燎火を見上げてにらんだけど、平気な顔をしている。
 言ったことは当たっているんだろうけど、どうも煽り癖があるんだな、燎火め。

 でもきっとそれは、今までにいろんな訓練生を相手にしてきた燎火の処方なんだろう。
 私が出会ったこともないような妖怪や人間たちと渡り合ってきての、今。

 なら、私は? 私は、燎火に助けられるままでいの?
 私なりには、今、なにができる? ……

「……赤原さん」

「ああ?」

「私、そこの燎火さんよりも、くみしやすいように見えますか? 勢いで、追い返せそうに?」

 赤原さんが息をのむ。
 燎火が軽く目を見開いた。

 私としても、できれば自分で口にするのは避けたかった、燎火にはできて私にはできないこと――煽るのはよくないけど――の、本質的な理由の一つ。
 燎火と比べてキャリアがまだ浅いから。自信がありそうに見えず、頼りないから。
 それとは別に、燎火と比べて、体が小さくて、力が弱そうだから。気も弱そうだから。強力な妖怪ではなく、人間の、女性だから。
 腕ずくなら勝てる相手。だから怖くない。
 だから、くみしやすく見えますか? ……

 そこまでは言葉にしたくない。私自身にも、相手にも失礼な考え方だと思う。
 でも、失礼であろうとなかろうと。私には強く出られた赤原さんが、燎火を見たとたんにそうできなくなった、おそらくは一番の理由がこれだということは、理解せざるを得ない。

 そんなふうに考えるのは、個人的な、勝手なコンプレックスかもしれない。気にし過ぎなのかもしれない。
 だから、違っていてくれたらいい。そう願うから、言葉にできるぎりぎりのところまでしか口には出さない。
 自分から失望しにはいかない。他人にも、自分にも。
 もし今の私が女だから侮られているのだとしても、今日からは変わるかもしれないから。

 私がこの会社に入るのを燎火が止めなかったのは、私にならできると思ってくれたからなんだもんね。

 だから、赤原さんの目を見て、言う。
 さっきの問いは、答えて欲しくて聞いたんじゃない。ただ、目線を私と合わせて欲しかったんだ。

「赤原さん、就活は進めていますか?」

「それは……ちょっとずつ……いや……」

 すると部屋の中から、女性の声がした。

「あなたたち、学校の方? この人、毎日ゴロゴロしてスマホ見てばっかりで、就活なんて全然してませんよ。スマホで見てるのもくだらないニュースとかばっかりで、ハローワークのインターネットサービスとか転職サイトなんて全然です」

「お、お前っ」

「あたし、あなたが妖怪だって知ってて結婚しましたけどね。人間だろうと妖怪だろうと早く就職してくれないと、生活だってあたしだけの稼ぎじゃしんどいし、この人たちにも肩身が狭いですよ」

 赤原さんは、私と奥さんをきょろきょろと見比べる。
 私はできるだけ穏やかに、けれど作り物めいた響きにならないように、気をつけて言う。

「赤原さん、誤解しないでください。私はそれを咎めに来たんじゃありません。就活のサポートをしに来たんです」

「……んなこと言って、つまりは怒りに来たんだろ?」

「私が赤原さんを、怒るような立場じゃないですよ。私たちは就職の協力者なんですから。……職業訓練の――」

 まず、向き合わなくては。
 それから、同じ方向を見て、一緒に歩き出すんだ。
 私がしているのは、そういう仕事。

「――職業訓練の受講料は、無料です。でもその運営には、見えないところで多くの人とお金が動いています。だから、最初に、赤原さんがしてくれた約束が大事なんです。それを信じて、私たちは就職支援を行っています」

「約束……って、つまりよう……」

「訓練終了後三ヶ月以内の就職を目指す、です。個々にご事情もありますから、無理を言うつもりはありません。むしろ、できるだけ無理なく就活をするために就職支援があるんです。だから訓練生の皆さんには、既定の期間内は、私たちと一緒に就活して欲しいんです。ノルマやペナルティなんてありません、ただ、数字の目標なんてないからこそ誠実に、……」

 訓練校や国じゃなくて、自分の約束に誠実であってください。そこまで言うと追い込み過ぎだと思って、慌てて口をつぐんだ。
 赤原さんが、所在なげに視線を落とす。

「お、おれだって、別に不義理をやろうってんじゃないんだよ。個々のご事情なんてものもないんだが、ただ転職なんてこの歳で初めてでよ、どうしたもんだか……」

「不義理だなんて思っていません。それに、どうしていいか分からないのも『事情』ですよ。通学中にお伝えしきれなくて、すみません。いつ、どういうふうになにをするのかは、ぜひ私たちと相談しましょう。今日は、そのために来たんですから」

 赤原さんが私の目を見た。
 そして燎火には一瞥もないまま、私だけを見て、赤原さんはこくりとうなずいた。

「家ん中散らかってて、人入れられる状態じゃなくてよ……どこか、喫茶店でもいいかい? 書くもの持ってくるから……」


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