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SCENE2
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今日、行くから。
珍しく凌太の方からそんなLINEをよこして、そうして予告どおり俺の部屋に来た凌太は、むっつりしていつもと明らかに雰囲気が違った。ロケのお土産を突き出すように渡してきて、その後はほとんど口もきかない。今は勝手に冷蔵庫から出した缶ビールを飲みながら、今度俺が出る舞台の台本をめくっている。
缶ビールは日置が持ってきたヤツだけど、もちろん凌太は知るはずもない。それが俺の心に、小さなとげが刺さったような、ささやかなのに確かな痛みを与える。
見てれば分かる。ホンの内容なんてまるでうわのそら、なんかあったんだなって。こういう時は、ただ話し出すのを待ってるしかない。
だけどなんとなく、これだけは訊いておきたくて、言った。
「ねえ、重ねる方法ってなんのことだか分かる?」
「は……?」
思ったとおり、振り向いた凌太はただでさえいかつい顔をさらにいかつくして、眉間にはシワが寄っていた。俺が出るのはそんなドロドロの舞台だったっけか?
「人生重ねる方法」
凌太の顔色がさっと変わる。押さえがなくなったテーブルの上の台本が、ゆっくり閉じる。
「健司が、そう言った?」
乱暴にぼすんと音を立て、肩がぶつかるぐらい俺のすぐそばに座る凌太。
「えっ……?」
どうやらこれは訊くべきじゃなかったらしい。みんな繋がっていたらしい。俺はそれ以上なにも言えず、ただ凌太の顔を見る。
ちらりと俺を見る、瞳。深い深いため息をつき、凌太は聞いたことのないような弱々しい声で、ごめん、と言った。身体までもが一回り小さくなったように見える。
なんとなく気まずい静寂に、古いエアコンが低くうなるのが犬みたいで。その音がまるで、凌太の気持ちをあらわしてるようだ。
「ごめん、俺のせいだ」
凌太は俺を抱きしめる。ぴくん、とごくかすかに身体が凌太を避けた。
違う、そうじゃない。自分を責めるのは違う。日置に怒るのも違う。
ただ日置に嫌だと言うだけだった、俺が悪いんだ。そのたびに日置を傷つけてることに気づかなかった傲慢が、自分に返ってきただけなんだよ。
秘密を守るには、誰にも言わないだけじゃダメで、時にははっきり事実を言う勇気も必要だ。その勇気を持てなかったばっかりに、俺は日置を傷つけ続けて、ついにはあんなことまでさせた。それにやっと気づいたから、ああしただけだ。
帰ったら、ベランダで干されたシーツが風に揺れていた。日置はそういうとこ、案外律儀だ。そんな日置の気配がまだわだかまる部屋で、俺は今度は凌太と抱きあっている。
そのせいかなんだかちくちくするけど、やっぱり凌太の腕の中は最高に居心地がいい。ゆるぎなさを確かめるように、凌太の頼りがいのある肩に頭を預ける。
「違うんだ」
「違わねえよ、俺が健司をけしかけちまった」
険しい顔。声。身体を離そうとしても、凌太は許してくれない。
「もっともっと、気をつけなきゃなあ。でも、どこで見られたのか分からんけど、見るまでは日置、俺達の関係に気づかんかったみたい」
「純さんさあ……」
わざと軽く明るく、気にしてないふうな俺の言い方に、凌太のいらだった声。
「切ったら、その度に血が出るんだよ」
俺が言うと、また訳分かんないこと言い出した、と言いたげに、凌太は眉をしかめた。
構わず、続ける。笑う。人はなにかを隠すために、笑うこともある。
「それが当たり前なのに、忘れてた。俺達は、それを絶対忘れちゃダメだ。そうやろ?」
「あ、ああ……。そっか、そうだよな……」
凌太にも思いあたることがあったのか、夢から覚めたような声だ。
きのう日置が俺に見せた涙は、俺が流させた血だったに違いない。ずいぶん遅かったけど、やっとそれに気づけてよかった。長いこと犯してきた間違いを、俺はこれからはもう繰り返さずに済む。
珍しく凌太の方からそんなLINEをよこして、そうして予告どおり俺の部屋に来た凌太は、むっつりしていつもと明らかに雰囲気が違った。ロケのお土産を突き出すように渡してきて、その後はほとんど口もきかない。今は勝手に冷蔵庫から出した缶ビールを飲みながら、今度俺が出る舞台の台本をめくっている。
缶ビールは日置が持ってきたヤツだけど、もちろん凌太は知るはずもない。それが俺の心に、小さなとげが刺さったような、ささやかなのに確かな痛みを与える。
見てれば分かる。ホンの内容なんてまるでうわのそら、なんかあったんだなって。こういう時は、ただ話し出すのを待ってるしかない。
だけどなんとなく、これだけは訊いておきたくて、言った。
「ねえ、重ねる方法ってなんのことだか分かる?」
「は……?」
思ったとおり、振り向いた凌太はただでさえいかつい顔をさらにいかつくして、眉間にはシワが寄っていた。俺が出るのはそんなドロドロの舞台だったっけか?
「人生重ねる方法」
凌太の顔色がさっと変わる。押さえがなくなったテーブルの上の台本が、ゆっくり閉じる。
「健司が、そう言った?」
乱暴にぼすんと音を立て、肩がぶつかるぐらい俺のすぐそばに座る凌太。
「えっ……?」
どうやらこれは訊くべきじゃなかったらしい。みんな繋がっていたらしい。俺はそれ以上なにも言えず、ただ凌太の顔を見る。
ちらりと俺を見る、瞳。深い深いため息をつき、凌太は聞いたことのないような弱々しい声で、ごめん、と言った。身体までもが一回り小さくなったように見える。
なんとなく気まずい静寂に、古いエアコンが低くうなるのが犬みたいで。その音がまるで、凌太の気持ちをあらわしてるようだ。
「ごめん、俺のせいだ」
凌太は俺を抱きしめる。ぴくん、とごくかすかに身体が凌太を避けた。
違う、そうじゃない。自分を責めるのは違う。日置に怒るのも違う。
ただ日置に嫌だと言うだけだった、俺が悪いんだ。そのたびに日置を傷つけてることに気づかなかった傲慢が、自分に返ってきただけなんだよ。
秘密を守るには、誰にも言わないだけじゃダメで、時にははっきり事実を言う勇気も必要だ。その勇気を持てなかったばっかりに、俺は日置を傷つけ続けて、ついにはあんなことまでさせた。それにやっと気づいたから、ああしただけだ。
帰ったら、ベランダで干されたシーツが風に揺れていた。日置はそういうとこ、案外律儀だ。そんな日置の気配がまだわだかまる部屋で、俺は今度は凌太と抱きあっている。
そのせいかなんだかちくちくするけど、やっぱり凌太の腕の中は最高に居心地がいい。ゆるぎなさを確かめるように、凌太の頼りがいのある肩に頭を預ける。
「違うんだ」
「違わねえよ、俺が健司をけしかけちまった」
険しい顔。声。身体を離そうとしても、凌太は許してくれない。
「もっともっと、気をつけなきゃなあ。でも、どこで見られたのか分からんけど、見るまでは日置、俺達の関係に気づかんかったみたい」
「純さんさあ……」
わざと軽く明るく、気にしてないふうな俺の言い方に、凌太のいらだった声。
「切ったら、その度に血が出るんだよ」
俺が言うと、また訳分かんないこと言い出した、と言いたげに、凌太は眉をしかめた。
構わず、続ける。笑う。人はなにかを隠すために、笑うこともある。
「それが当たり前なのに、忘れてた。俺達は、それを絶対忘れちゃダメだ。そうやろ?」
「あ、ああ……。そっか、そうだよな……」
凌太にも思いあたることがあったのか、夢から覚めたような声だ。
きのう日置が俺に見せた涙は、俺が流させた血だったに違いない。ずいぶん遅かったけど、やっとそれに気づけてよかった。長いこと犯してきた間違いを、俺はこれからはもう繰り返さずに済む。
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