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ダイスケとはまだ、肉体的な意味ではなにもない。これ以上を望んだら今のこの関係も壊れてしまいそうで、シュウはこのままでいいのではないかとも思い始めていた。もっともっとと求めるから、つらくなるのだ。
社員寮として使われている部屋は、店のお下がりや過去の住人達が置いていったものが、ちぐはぐに共存している。テレビは古く小さいが、ソファはどっしりして立派だ。二人が今ついている食卓も、テーブルは安物の量産品で、椅子はテーブルとセットだったらしいものに、背もたれがやたら高く黒塗りでしゃれたデザインのものが一つ混ざっている。そんな部屋の中でキッチンだけが、プロのキッチンらしく整然と並ぶ調理道具や調味料で、別世界のようだった。
ダイスケはここにいつまでいるつもりなのか。寮だからかも知れないが、キッチン以外の場所をダイスケが自分好みにいじっている気配はない。長居するつもりなら、このちぐはぐさが気になって変えようとするだろう。
ダイスケがきっといつかいなくなるという不安は、常にシュウにまとわりついている。それが当然のこの街で、それがこんなに心細かったことは今までなかった。
「あのね、俺メジャーデビューすることになったんだよ。キヨヒトさんのプロデュースなんだ」
シュウは不安を吹き飛ばすように言った。デビューの準備は今、水面下で着々と進んでいる。歌詞もキヨヒトが書き、歌入れは数日後の予定だ。
「えっ!?」
「あ~、涼しい~。めっちゃうまそうな匂いするわ~」
ダイスケが驚く声と、帰ってきたカズキの声が重なった。
「え、なんなんスかそんなに驚いて? 師匠、シュウさんのこと今日こそいただく気でした?」
部屋に入ってきながらさらりと言うカズキに、ダイスケだけではなくシュウも思わず照れて黙った。
「え~、師匠はともかくシュウさんまでそんなリアクション、やめて下さいよ~」
買い物に行っていたらしいカズキは、持っていたいくつかのショップロゴ入りの紙袋をその場に置くと、キッチンで顔を洗い、大げさに息をついた。ハンドタオルで適当に顔を拭き、自分の分のラップがしてある皿やグラスを持ってきて、ダイスケの隣の背もたれが高い椅子に座る。
「いや~、いつも通りうまそうっスね。いただきま~す!」
Tシャツとジーンズ姿のカズキは、髪も店に出る時のようにきっちりセットしておらず、かなり子供っぽく見える。気まずそうに黙ったままの二人を尻目に、もりもり食べ、飲んだ。
「で、どうしたんスか? 俺が帰ってきたことに驚いたんじゃないのは、分かってますけど」
どうしていつものように流せなかったのか。シュウはイライラしながらワインを飲み、ガーリックトーストを満足げに食べているカズキを思わずにらんだ。さすがにまだ、口が軽そうなカズキにデビューのことを言うつもりはなかった。ダイスケに喜んでもらう暇もなかったが、仕方ない。
「お前はさすがっちゅうかなんちゅうか……。店の客のこともうまく転がしてんだろ?」
シュウの見立てどおり、カズキは新人買いがおさまった後も高い売り上げをキープし、常連と呼べる客ももう何人かついているという話だった。
「まあ、シュウさんにはかないませんけどね。稼がせてもらってめっちゃ楽しいっス」
「デザートも食べる?」
それまでただ黙って二人のやりとりを聞いていたダイスケは、シュウが空の皿をもてあそぶようにフォークを動かしているのを見て席を立った。
社員寮として使われている部屋は、店のお下がりや過去の住人達が置いていったものが、ちぐはぐに共存している。テレビは古く小さいが、ソファはどっしりして立派だ。二人が今ついている食卓も、テーブルは安物の量産品で、椅子はテーブルとセットだったらしいものに、背もたれがやたら高く黒塗りでしゃれたデザインのものが一つ混ざっている。そんな部屋の中でキッチンだけが、プロのキッチンらしく整然と並ぶ調理道具や調味料で、別世界のようだった。
ダイスケはここにいつまでいるつもりなのか。寮だからかも知れないが、キッチン以外の場所をダイスケが自分好みにいじっている気配はない。長居するつもりなら、このちぐはぐさが気になって変えようとするだろう。
ダイスケがきっといつかいなくなるという不安は、常にシュウにまとわりついている。それが当然のこの街で、それがこんなに心細かったことは今までなかった。
「あのね、俺メジャーデビューすることになったんだよ。キヨヒトさんのプロデュースなんだ」
シュウは不安を吹き飛ばすように言った。デビューの準備は今、水面下で着々と進んでいる。歌詞もキヨヒトが書き、歌入れは数日後の予定だ。
「えっ!?」
「あ~、涼しい~。めっちゃうまそうな匂いするわ~」
ダイスケが驚く声と、帰ってきたカズキの声が重なった。
「え、なんなんスかそんなに驚いて? 師匠、シュウさんのこと今日こそいただく気でした?」
部屋に入ってきながらさらりと言うカズキに、ダイスケだけではなくシュウも思わず照れて黙った。
「え~、師匠はともかくシュウさんまでそんなリアクション、やめて下さいよ~」
買い物に行っていたらしいカズキは、持っていたいくつかのショップロゴ入りの紙袋をその場に置くと、キッチンで顔を洗い、大げさに息をついた。ハンドタオルで適当に顔を拭き、自分の分のラップがしてある皿やグラスを持ってきて、ダイスケの隣の背もたれが高い椅子に座る。
「いや~、いつも通りうまそうっスね。いただきま~す!」
Tシャツとジーンズ姿のカズキは、髪も店に出る時のようにきっちりセットしておらず、かなり子供っぽく見える。気まずそうに黙ったままの二人を尻目に、もりもり食べ、飲んだ。
「で、どうしたんスか? 俺が帰ってきたことに驚いたんじゃないのは、分かってますけど」
どうしていつものように流せなかったのか。シュウはイライラしながらワインを飲み、ガーリックトーストを満足げに食べているカズキを思わずにらんだ。さすがにまだ、口が軽そうなカズキにデビューのことを言うつもりはなかった。ダイスケに喜んでもらう暇もなかったが、仕方ない。
「お前はさすがっちゅうかなんちゅうか……。店の客のこともうまく転がしてんだろ?」
シュウの見立てどおり、カズキは新人買いがおさまった後も高い売り上げをキープし、常連と呼べる客ももう何人かついているという話だった。
「まあ、シュウさんにはかないませんけどね。稼がせてもらってめっちゃ楽しいっス」
「デザートも食べる?」
それまでただ黙って二人のやりとりを聞いていたダイスケは、シュウが空の皿をもてあそぶようにフォークを動かしているのを見て席を立った。
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