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その場で立ったままお茶を飲むシュウの足に、猫が身体をすりつける。
「実はオーサカで、ダイスケが店を開いてる。結構繁盛してるらしい。昼なら時間取れるだろ、会ってきたらいいんじゃないか」
シュウは黙ってペットボトルをキッチンカウンターに置くと、その場にしゃがみこんだ。ちょこんと座って二人の会話を聞いているようにも見える、猫に話しかける。
「ちょっと俺出かけてくるけど、ケンと仲よくしろよ。俺、俺の歌をわざわざ聴きに来てくれる人達に、ばっちりサービスしてくるからさ」
ダイスケはちゃんと、生きていた。幹部のムカイの手配で逃がしたとは聞いていたが、オーサカにいるのか。湧き上がる喜びに堪えるように、シュウはしばらく黙って猫をなでていた。喜んでいる顔をケンに見せたくない。
「あのな、あのカズキとかいうヤツが、本当に弟子になったらしいぞ」
「はあ? 嘘だろ!?」
シュウはさすがに驚いて立ち上がった。ケンがいたずらっぽく笑う。
カズキはケン達の予想通りすぐに病院から消えたが、それからどうしたものか、どうやってダイスケの居所をつかんだのか、ある日ひょっこりダイスケの前に現れたという。
「なかなか面白いだろ? 店の名前と電話番号教えるから」
「いや、いいや」
シュウは即答した。喜びがなるべく顔に出ないようにしながら。
「本当にいいのか?」
探るようなケンの瞳。とまどうような、うれしさを隠しているような、そんな顔だ。
「うん、いい。だって、お前がいるじゃん」
シュウは笑みを深めた。本当に幸せそうに笑えていればいい。そう思いながら。
ケンも笑ったが、少し泣きそうにも見えた。やっぱりまだ、気を遣わせているのだろう。もう心配することはないのに。
猫はシュウが出かけると分かっているのか、シュウの足に頭をすりつけてやけに甘える。テーブルには、きのう飲んだワインボトルとワイングラス、つまみを入れるのに使った皿がそのまま、朝の光に照らされ、輝いている。ブラインドを半分上げた窓の外には、動き出しつつある街並み。
二人の暮らしが、今ここにある。確かに。
「じゃあな、俺行ってくるから」
シュウはソファの背もたれにかけていたジャケットを羽織ると、テーブルの上のスマートフォンをジャケットのポケットに入れた。
「おう、気をつけてな」
「俺がいない間、こいつの面倒ちゃんと見ろよ」
分かってるよ、と答え、スーツケースを持って玄関に向かうシュウを、ケンは送りに出た。猫も後をついてくる。
「浮気すんなよ?」
靴を履いたシュウは、ケンを見上げてにやっと笑った。
「バカか、早く行け」
あきれたように言った後、ケンは照れたように笑った。笑みをかわしあい、じゃあね~、とケンの足もとにいる猫に向かって手を振りながら、シュウはドアを閉める。
マンションの廊下をエレベーターへと歩きながら、シュウの心は明るく澄んでいた。
これからもこうして生きていく。ダイスケも生きていてくれた。デビューした自分の姿も、見てくれているに違いない。
歌おう。ここで生きよう。ケンと共に、これからもずっと。
END
「実はオーサカで、ダイスケが店を開いてる。結構繁盛してるらしい。昼なら時間取れるだろ、会ってきたらいいんじゃないか」
シュウは黙ってペットボトルをキッチンカウンターに置くと、その場にしゃがみこんだ。ちょこんと座って二人の会話を聞いているようにも見える、猫に話しかける。
「ちょっと俺出かけてくるけど、ケンと仲よくしろよ。俺、俺の歌をわざわざ聴きに来てくれる人達に、ばっちりサービスしてくるからさ」
ダイスケはちゃんと、生きていた。幹部のムカイの手配で逃がしたとは聞いていたが、オーサカにいるのか。湧き上がる喜びに堪えるように、シュウはしばらく黙って猫をなでていた。喜んでいる顔をケンに見せたくない。
「あのな、あのカズキとかいうヤツが、本当に弟子になったらしいぞ」
「はあ? 嘘だろ!?」
シュウはさすがに驚いて立ち上がった。ケンがいたずらっぽく笑う。
カズキはケン達の予想通りすぐに病院から消えたが、それからどうしたものか、どうやってダイスケの居所をつかんだのか、ある日ひょっこりダイスケの前に現れたという。
「なかなか面白いだろ? 店の名前と電話番号教えるから」
「いや、いいや」
シュウは即答した。喜びがなるべく顔に出ないようにしながら。
「本当にいいのか?」
探るようなケンの瞳。とまどうような、うれしさを隠しているような、そんな顔だ。
「うん、いい。だって、お前がいるじゃん」
シュウは笑みを深めた。本当に幸せそうに笑えていればいい。そう思いながら。
ケンも笑ったが、少し泣きそうにも見えた。やっぱりまだ、気を遣わせているのだろう。もう心配することはないのに。
猫はシュウが出かけると分かっているのか、シュウの足に頭をすりつけてやけに甘える。テーブルには、きのう飲んだワインボトルとワイングラス、つまみを入れるのに使った皿がそのまま、朝の光に照らされ、輝いている。ブラインドを半分上げた窓の外には、動き出しつつある街並み。
二人の暮らしが、今ここにある。確かに。
「じゃあな、俺行ってくるから」
シュウはソファの背もたれにかけていたジャケットを羽織ると、テーブルの上のスマートフォンをジャケットのポケットに入れた。
「おう、気をつけてな」
「俺がいない間、こいつの面倒ちゃんと見ろよ」
分かってるよ、と答え、スーツケースを持って玄関に向かうシュウを、ケンは送りに出た。猫も後をついてくる。
「浮気すんなよ?」
靴を履いたシュウは、ケンを見上げてにやっと笑った。
「バカか、早く行け」
あきれたように言った後、ケンは照れたように笑った。笑みをかわしあい、じゃあね~、とケンの足もとにいる猫に向かって手を振りながら、シュウはドアを閉める。
マンションの廊下をエレベーターへと歩きながら、シュウの心は明るく澄んでいた。
これからもこうして生きていく。ダイスケも生きていてくれた。デビューした自分の姿も、見てくれているに違いない。
歌おう。ここで生きよう。ケンと共に、これからもずっと。
END
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