デコボコな僕ら

天渡清華

文字の大きさ
上 下
1 / 32
その1

しおりを挟む
 電車を降りた途端、むわんとした熱気が襲いかかってきた。つい顔をしかめる。お盆を過ぎても、東京はまだまだ暑い。ビルばっかでアスファルトに覆い尽くされた都心ならなおさらだ。
「あっついなあ、会社戻る前に冷たいもんでも飲んでこうぜ」
 改札を出たところで、一緒に外回りをしていた森部長がにやっと笑った。暑さのせいか顔が赤い。
「えっ、いいんスか?」
 いつものように浅草橋駅東口に出るまでの短い間だけで、もう俺も部長も顔から汗がにじむ。傾きかけた太陽が、容赦なく俺達を照らす。
 顔の汗を拭うタオルはすっかり汗くさい。今日みたく細々外回りする時にハンカチタオル一枚しか持ってこなかったとか、しくったわ。額を拭うついでに髪をかき上げると、短くした髪から汗が飛び散る勢いで濡れている。前髪を立てるのに朝つけたワックスはどこ行った? って感じ。こんなに暑くちゃ、仕方ねえけど。
「おう、思ったより早く戻れたしな。おごってやるよ」
 俺、宮本いつきは新卒で営業部に配属されて、森部長の下について一年ちょっとになる。気前がよくて面倒見もいいし、この人が上司でよかった。俺ら若い連中と飲むのが好きでちょくちょく誘ってくれるけど、断りたい時はサクッと断っても全然OK、物わかりがいい親父みたいだ。
「アイスコーヒー、一番でっかいヤツな」
 東口を右に曲がってちょっと行った、チェーンのコーヒー屋に入ると、これで払えと俺にICカードを渡して、部長はさっさと奥の方へ向かう。
 だらだらと身体を流れ落ちる汗を感じながら、俺はLサイズのアイスコーヒー二つとお冷やを二つトレイに乗せて、部長が取った席に運んだ。
「おう、ありがとな」
「いえ、こちらこそごちそうさまです」
 豪快に首回りの汗を拭いながら、部長がニカッと笑ってうなずく。どこも似たような内装の、狭い店内の小さなテーブルを前に、窮屈そうに見えるガタイのいい部長。俺はというと、身長百五十五センチ、男としてはかなり小柄。まるで、鬼と子供が一緒にお茶してるようなもんだ。
 せめて身体を鍛えて筋肉つけたいから頑張ってて、一応それなりにマッチョだけど、それにも限界があるわけで。
「今日回った所は、そろそろお前に任せるからな」
 勢いよくアイスコーヒーを飲みかけていた俺は、あわててごくりとコーヒーを飲みこみ、部長を見上げた。胸がつっかえたような気がして、思わず胸元をさする。
「なんだ、不安か? お前なら大丈夫だろ、人当たりもいいしな」
 コーヒーを半分ぐらい飲んだ部長は、やれやれやっと落ち着いたわ、という顔で椅子にもたれる。
 取引先との部長の話しぶりからして、そんな感じはしてたけど。油断してたとこにさらっと言われたら、さすがにドキッとすんだろ。
「よく先方の話聞いて、うまいことやれ。お前は営業向きだから、自信持て」
 雑なアドバイスに、半分愛想笑いでうなずいた。そりゃもちろん、好きで営業選んだわけだし、バリバリやってやろうとは思ってる。チビで、見てくれもよくなくて、親戚の中では一番デキがよくない俺でも、仕事では結果を出せるんだってとこを見せつけてやりたい。
「こんだけ暑いと、会社にシャワー室でも欲しいよなあ」
 しばらく雑談しながらコーヒーを飲み、最後に氷だけになったコップの溶けた水まで飲み干して、部長が言う。そろそろ、涼しいここから出たくないけど会社に帰らなきゃな。
「年々暑くなってますからね」
「でもお前が俺の年になる頃には、外回りって仕事自体しなくてよくなってるかも知れねえな」
 そんなたわいない話をしながら店を出ると、こころなしかさっきより日射しは弱くなってた。それでも、涼しい店内で冷えた身体にたちまち熱気が絡みついて、信号待ちでまた汗が出てくる。
しおりを挟む

処理中です...