デコボコな僕ら

天渡清華

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その4

☆☆

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「ねえ、なんか飲んだら? 飲み物代は俺が出すから」
「お、おう……」
 そう言ってくれたって、俺こういう時なに飲んだらいいか分かんねえよ。目の前の結婚式の式次第みたいなドリンクメニューを、呆然と眺める。
「せっかくだから、シャンパンでも飲んでみようよ」
 大沼はこういうとこも慣れてるのか、平然として楽しそうだ。シャンパンって、グラスで千円以上するじゃん! しかもこれ、細長いしゃれたグラスにちょっとだけなんだろ?
「でもお前飲めないじゃん」
「少しなら大丈夫だし、今日は特別だから」
 くらっと来るような、すげえいい笑顔。こんな笑顔を、恋人になれたら独り占めできるんだな。今日は特別、って言葉も俺をドキッとさせる。やっぱ寺田の言うとおり、誕生日のことはわざと黙ってるのか?
 シャンパンで乾杯して、一口飲む。案外うまい。味を確かめるようにしてる俺を、グラスを口に当てたまま、大沼がいたずらっぽい目で見ている。
 きのこをメインにした前菜の盛りあわせは、食って崩したくないようなきれいさだった。さつまいものポタージュには、紫芋を使ったらしい紫の線が何本か入っていた。芸術的で、その上甘くてなめらかですっげえうまい。初めて食べる、鹿肉を焼いたヤツ。俺にはあんまり牛肉との違いが分からなかったけど、うまかった。バゲットも噛むほどに味が出て、バターなしでも充分うまい。
 俺はうまいばっかりしか言えねえけど、二人で感想を言いあいながらゆっくり味わって食うのは楽しい。俺はいつの間にか、テーブルマナーがちゃんとできるかなんて不安も忘れていた。大沼を見ながらやってたら、なんとかなったし。
「ボーナス出たら、今度は冬のメニュー食べに来ようよ」
「うん、そうだな」
 大満足して口もとを拭う俺達のテーブルに、スタッフが静かに寄ってきた。
「次はデザートですが、コーヒーと紅茶どちらがよろしいですか」
 いよいよだ。特別に頼んだ誕生日のデザートの出番だ。俺は少しドキドキしながら、大沼にも訊いてコーヒー二つ、と答えた。そわそわしながら待つ。
 一度下がったスタッフが、デザートを運んできた。大沼の分らしき方には皿の上にカクテルグラスも載ってて、明らかに違うのが分かる。それに気づいた大沼も、少し不思議そうな、どこか緊張したような顔でデザートが運ばれるのを見ている。俺はそんな大沼をじっと見つめた。おめでとうを言うタイミングを間違えたくねえし、喜んでくれる顔を見逃したくねえ。
「お待たせしました」
 ちゃんと事前に訊かれていたから、スタッフは迷うことなく特注のデザートを大沼の前に置いた。
「大沼、誕生日おめでとう」
 デザートを見て大沼の顔は一瞬輝き、すぐに泣きそうにゆがんだ。
「うわ、うわすごい、ありがとう……」
 口に手を当てて、デザートを見つめる大沼。びっくりしすぎて、それ以上は言葉にならない感じだ。
 皿にチョコレートで「Happy birthday! Kiyofumi」と書かれ、その上に小さめのケーキが二つ。周りには花をかたどったパステルカラーの砂糖菓子が、絞った生クリームの上にちりばめられ、花畑みてえだ。ケーキ横には、小さなカクテルグラスにミニパフェ的なもの。頼んだ俺も見て驚いたほど、豪華できれいだ。
「あとこれ、たいしたもんじゃねえけどプレゼント」
 俺は用意してたプレゼントの小箱をテーブルに置いた。中身は、めちゃくちゃ悩んだくせに、自社製品の数千円の三色ボールペンだ。でもこれすげえ書きやすいから、普段使ってくれたらうれしいかなって。
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