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第一章
その二 一
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源次郎が入って十五日ばかりが過ぎたある日、由貴は源次郎を自室に招いた。
由貴と源次郎は部屋が離れていて、お互い姿を見かけることもまれだった。真冬だということもあったが、慣れない奥向きでの暮らしに、すっかりふさぎこんでしまった源次郎は部屋にこもったきりだという。
貴之は源次郎と、まだ一度も顔をあわせていない。その異常な状況に貴之の怒りのほどが感じられ、御殿内では源次郎に近づくことはおろか、話題さえ避ける空気が生まれていた。
ほとんどの者が貴之の怒りの真の理由を知らずに、源次郎と関わって自分までもが殿ににらまれてはかなわぬ、そう思っているようだった。源次郎は完全に御殿内で孤立してしまった。
藤尾から伝え聞く源次郎の様子は、そのうち病にでもなるのではと思うほどにひどい。由貴は自分が動いて状況を変えなければと思い、昼餉を共に、と言ってあった。
やがて時間になり、藤尾に連れられて源次郎がやってきた。顔色が悪く、目だけがきょろぎょろと不安げに動いている。
「……本日は、お招きいただき光栄にござります」
「堅苦しい挨拶は抜きにして、こちらへ参られよ」
ぼそぼそと暗い源次郎の声に、由貴はつとめて明るい声で応じ、手招きした。
「寒いだろう、さあこたつで暖を」
「いえ、もったいないことにござります」
顔を伏せたまま、源次郎ははるか下座から動こうとしない。由貴の立場など、奥向きのことはいろいろと藤尾に聞かされているはずで、当然の反応と言えた。
「さあさあ、遠慮はいらぬ。こちらへ」
由貴は立ち上がって源次郎のそばに行った。源次郎は由貴の行動に驚き、恐縮して後ろに下がる。
「聞けば進藤殿とそれがしは同い年。勝手の分からぬところにいきなり入れられた境遇も似ていなくもない。さぞ心細かろう」
優しく言葉をかけてやると、源次郎ははっとしたように顔を上げた。
「さ、昼餉が来るまでしばしこたつに入って話そう」
由貴がそっと肩に触れてうながすと、源次郎はかたじけのうござります、と消え入りそうな声で言い、立ち上がった。
こたつへと歩く二人の袴の揺れに目を輝かせ、部屋の隅の子猫がみゃー、と甘く鳴く。
「あっ、あ、あ、あの今っ……」
子猫の声を聞いた途端、源次郎は滑稽なほどうろたえ、こわばった表情でせわしなくあたりを見回した。
「どうなされた」
源次郎の喉がひっ、と鳴り、視線は太郎達親子に刺さるほど注がれて、そのまま硬直した。
「ね、ねねねねこ……」
悲痛な声を上げて後ずさり、ついには襖に背中をぶつける源次郎。
「なんと、猫がお嫌いか」
源次郎は子供のように半べそをかいて、襖に貼りついたまま何度もうなずいた。
「小島、藤尾、太郎達を隣へ」
由貴は必死に笑いをこらえながら命じ、二人が奥に猫達を閉じこめてしまうまで、源次郎をかばうように立っていた。
「実は、少しでも慰みになればと思って、子猫を一匹進藤殿にも差し上げたいと思っておったが」
「そ、それは、お心遣いかたじけのうござりますが、猫、猫だけは……」
源次郎はほとんど泣きそうになりながら、なんとか礼だけは言った。由貴はそのゆがんだ表情のおかしさについに耐えきれなくなり、吹き出してしまう。
「いや、笑い事ではないな。すまぬ。雌猫だが、名は太郎と申してな」
「それはまた立派なお名前で……」
襖が外れそうなほど逃げ腰になりながら、猫が閉じこめられるのを見守っていた源次郎は、由貴が歩き出したのに習い、なおもびくびくあたりを見回しながら後に続いた。
「そう言えば、今父母が暮らしております隣にも、猫に太郎と名づけている方がござりました」
こたつに落ち着くと、ふと思い出したように源次郎が言った。由貴は内心どきりとしたが、それは奇遇、と笑顔を作る。
「ご両親はどちらに居を構えられた」
「豊岡とか申すところに、お屋敷をたまわりました」
間違いなかった。源次郎が言っているのは、手廻組頭を務めている宮崎家のことだ。手廻組とはつまりは足軽隊のことで、組頭はいくつもの小隊に分かれた何百人という足軽を統べる。いかに平和な世で戦が起こらないとはいえ、軍事上重要な役目だった。
宮崎家は禄高四百石の堂々たる家柄で、城にほど近い豊岡町に屋敷があり、現当主は琢馬という。まだ若いが剣の天才と評判の男で、家老達の覚えもめでたい。
「よく、隣の塀の内より男の声で太郎太郎と声が聞こえ、なにかと思っておりましたら、猫でござりました」
琢馬だ、と由貴はそれだけでたまらなく懐かしい思いに胸がいっぱいになった。
今閉じこめられて鳴いている太郎の名は、奥向きに入る以前から情を交わしあっていた宮崎琢馬の愛猫、太郎から取ったものだった。その名を呼ぶたびに琢馬を思い出せれば、と名づけた。
どんなにちっぽけなことでもいいから、なにかすがれるものが欲しかった。めったに会えなくなり、細く頼りないものになってしまった絆を、信じていられるように。
「あの、由貴様はそれがしと境遇が似ておられるとおっしゃいましたが……」
おずおずと上目遣いに源次郎にたずねられ、由貴はかろうじて深い物思いに引きこまれずに済んだ。
「ああ、我が大久保家は代々江戸定府のお役目でな。それがしは次男ゆえ、他家に養子入りする心積もりであったのを、殿がお声をかけてくださった」
由貴は、どんな形でもお仕えできるならと喜んで申し出を受けたこと、その後思いがけなく貴之が大井家の当主となったため、江戸から話に聞くだけだった国許にやってきたことなどを話した。
「国許には親戚もいるとはいえ、ろくに会ったこともない。生まれ育った江戸を離れ、殿について城に入った時の心細さ、さみしさはとにかく身にこたえた。寒さにもなかなか馴染めず、江戸が恋しゅうて恋しゅうて……」
由貴がそう言って笑うと、源次郎はそうでしょうとも、と何度もうなずいた。
今だからこそ笑って話せるが、ここに来た当初はとにかくつらかった。いきなり当主の座に座ることになった貴之を、家臣達は内心よくは思っていなかったようだった。
貴之も紀美も、それぞれに表と奥で強い風当たりに耐え、先代の寵愛や威光を笠に着る者達をなんとかあやしつつ、部屋住みの時から仕えてくれていた者達や実力本位で抜擢した者で次第に要職を固め、家風を変え国を富ませていった。
由貴も、今でこそ御伽衆御殿の事実上の主として穏やかに暮らせているが、居残っていた先代からの御伽衆の者達に嫌味を言われたり、なにかにつけて嫌がらせを受けたものだった。その頃にはまだ、田山も御伽衆頭には迎えられていなかった。
「しかしそれから十年が過ぎ、長い冬の後に来る春の輝きが待ち遠しくてな」
ああそうか、十年か、と自分の言葉を思わず由貴は噛みしめた。組んだ自分の指先を、じっと見つめる。
もう十年以上、ここにこうしている。決して無駄に季節を重ねてきたわけではないと思いたいが、振り返ればその年月は、あたたかくもかなしく、ほのかにむなしい。
由貴は顔を上げ、やはりどこか不安げな表情が消えない源次郎の顔を、まっすぐに見つめた。
「おそらくは殿のこと、あまりよい話は聞いておらぬのだろう」
率直に聞くと、源次郎は居心地悪そうに目を泳がせた。
「頭の切れるお方は、なにかと誤解を受けるもの。殿は尽くせば、それ以上の情をお返し下さるお方だ。一度御伽衆となったからには、殿にかわいがっていただけるよう、しっかり務められよ」
我ながら空々しく寒々しい言葉だと思い、良心の呵責を笑顔に隠して由貴は言った。
「さあさあ、昼餉といたそう」
失礼いたします、という声とともに昼餉の膳が運ばれてきて、由貴はまたことさらに明るい声をあげた。
ともに食事をし、食事の後も茶を飲みながら話をしたが、結局源次郎はあまり表情も晴れないままに帰っていった。ただ最後、これからはいつでも遊びに来られよ、と言うと、源次郎は猫を閉じこめて下さいますか、と恐縮して聞き、うなずくと本当にうれしそうに頭を下げた。
心安く話せる相手ができそうだと、喜んだのかも知れない。
由貴はつと立って、部屋の隅の猫のそばにあぐらをかいた。夢中で乳を吸う子猫達を眺め、一匹だけ太郎の首に埋もれるように眠っているのに目を細める。
「閉じこめられて驚いたろう、進藤殿は猫が大の苦手なんだそうだ」
相当大げさに怖がっていたそのおかしな顔を思い返して、由貴はくすくす笑った。
「また進藤殿が来られた時は閉じこめるが、許してくれな」
太郎が産んだ小さな命に一つ一つそっと指先でふれながら、由貴はつぶやいた。
貴之はこのままずっと、源次郎を無視し続ける気なのだろうか。喧嘩して以来、その後も貴之と何度か言いあいになったと、由貴は紀美本人から聞かされていた。まったく意地っ張りで、と紀美はけろりと笑っていた。
紀美が今の御伽衆御殿の源次郎を取り巻く空気を実感したなら、きっともう笑えはしないだろう。なんの罪もない源次郎が、周りの思惑になぶられ、つらい思いをしているのが哀れだ。
俺もその一人だ、と由貴は自嘲した。
けれど、こうも思う。源次郎は、貴之が怒りを解いて源次郎に目を向けるようになれば、もうそれで救われるだろう。だが自分は、空に恋い焦がれる籠の中の鳥だ。一心に世話をしてくれる飼い主の頭上に広がる空を、見つめることをやめられない。救われない。
貴之が源次郎を愛してくれればいい。自分は、飼い主が前に立つこともなくなった籠の中で、空を見つめて夢想にふけっていられればそれでいい。
由貴と源次郎は部屋が離れていて、お互い姿を見かけることもまれだった。真冬だということもあったが、慣れない奥向きでの暮らしに、すっかりふさぎこんでしまった源次郎は部屋にこもったきりだという。
貴之は源次郎と、まだ一度も顔をあわせていない。その異常な状況に貴之の怒りのほどが感じられ、御殿内では源次郎に近づくことはおろか、話題さえ避ける空気が生まれていた。
ほとんどの者が貴之の怒りの真の理由を知らずに、源次郎と関わって自分までもが殿ににらまれてはかなわぬ、そう思っているようだった。源次郎は完全に御殿内で孤立してしまった。
藤尾から伝え聞く源次郎の様子は、そのうち病にでもなるのではと思うほどにひどい。由貴は自分が動いて状況を変えなければと思い、昼餉を共に、と言ってあった。
やがて時間になり、藤尾に連れられて源次郎がやってきた。顔色が悪く、目だけがきょろぎょろと不安げに動いている。
「……本日は、お招きいただき光栄にござります」
「堅苦しい挨拶は抜きにして、こちらへ参られよ」
ぼそぼそと暗い源次郎の声に、由貴はつとめて明るい声で応じ、手招きした。
「寒いだろう、さあこたつで暖を」
「いえ、もったいないことにござります」
顔を伏せたまま、源次郎ははるか下座から動こうとしない。由貴の立場など、奥向きのことはいろいろと藤尾に聞かされているはずで、当然の反応と言えた。
「さあさあ、遠慮はいらぬ。こちらへ」
由貴は立ち上がって源次郎のそばに行った。源次郎は由貴の行動に驚き、恐縮して後ろに下がる。
「聞けば進藤殿とそれがしは同い年。勝手の分からぬところにいきなり入れられた境遇も似ていなくもない。さぞ心細かろう」
優しく言葉をかけてやると、源次郎ははっとしたように顔を上げた。
「さ、昼餉が来るまでしばしこたつに入って話そう」
由貴がそっと肩に触れてうながすと、源次郎はかたじけのうござります、と消え入りそうな声で言い、立ち上がった。
こたつへと歩く二人の袴の揺れに目を輝かせ、部屋の隅の子猫がみゃー、と甘く鳴く。
「あっ、あ、あ、あの今っ……」
子猫の声を聞いた途端、源次郎は滑稽なほどうろたえ、こわばった表情でせわしなくあたりを見回した。
「どうなされた」
源次郎の喉がひっ、と鳴り、視線は太郎達親子に刺さるほど注がれて、そのまま硬直した。
「ね、ねねねねこ……」
悲痛な声を上げて後ずさり、ついには襖に背中をぶつける源次郎。
「なんと、猫がお嫌いか」
源次郎は子供のように半べそをかいて、襖に貼りついたまま何度もうなずいた。
「小島、藤尾、太郎達を隣へ」
由貴は必死に笑いをこらえながら命じ、二人が奥に猫達を閉じこめてしまうまで、源次郎をかばうように立っていた。
「実は、少しでも慰みになればと思って、子猫を一匹進藤殿にも差し上げたいと思っておったが」
「そ、それは、お心遣いかたじけのうござりますが、猫、猫だけは……」
源次郎はほとんど泣きそうになりながら、なんとか礼だけは言った。由貴はそのゆがんだ表情のおかしさについに耐えきれなくなり、吹き出してしまう。
「いや、笑い事ではないな。すまぬ。雌猫だが、名は太郎と申してな」
「それはまた立派なお名前で……」
襖が外れそうなほど逃げ腰になりながら、猫が閉じこめられるのを見守っていた源次郎は、由貴が歩き出したのに習い、なおもびくびくあたりを見回しながら後に続いた。
「そう言えば、今父母が暮らしております隣にも、猫に太郎と名づけている方がござりました」
こたつに落ち着くと、ふと思い出したように源次郎が言った。由貴は内心どきりとしたが、それは奇遇、と笑顔を作る。
「ご両親はどちらに居を構えられた」
「豊岡とか申すところに、お屋敷をたまわりました」
間違いなかった。源次郎が言っているのは、手廻組頭を務めている宮崎家のことだ。手廻組とはつまりは足軽隊のことで、組頭はいくつもの小隊に分かれた何百人という足軽を統べる。いかに平和な世で戦が起こらないとはいえ、軍事上重要な役目だった。
宮崎家は禄高四百石の堂々たる家柄で、城にほど近い豊岡町に屋敷があり、現当主は琢馬という。まだ若いが剣の天才と評判の男で、家老達の覚えもめでたい。
「よく、隣の塀の内より男の声で太郎太郎と声が聞こえ、なにかと思っておりましたら、猫でござりました」
琢馬だ、と由貴はそれだけでたまらなく懐かしい思いに胸がいっぱいになった。
今閉じこめられて鳴いている太郎の名は、奥向きに入る以前から情を交わしあっていた宮崎琢馬の愛猫、太郎から取ったものだった。その名を呼ぶたびに琢馬を思い出せれば、と名づけた。
どんなにちっぽけなことでもいいから、なにかすがれるものが欲しかった。めったに会えなくなり、細く頼りないものになってしまった絆を、信じていられるように。
「あの、由貴様はそれがしと境遇が似ておられるとおっしゃいましたが……」
おずおずと上目遣いに源次郎にたずねられ、由貴はかろうじて深い物思いに引きこまれずに済んだ。
「ああ、我が大久保家は代々江戸定府のお役目でな。それがしは次男ゆえ、他家に養子入りする心積もりであったのを、殿がお声をかけてくださった」
由貴は、どんな形でもお仕えできるならと喜んで申し出を受けたこと、その後思いがけなく貴之が大井家の当主となったため、江戸から話に聞くだけだった国許にやってきたことなどを話した。
「国許には親戚もいるとはいえ、ろくに会ったこともない。生まれ育った江戸を離れ、殿について城に入った時の心細さ、さみしさはとにかく身にこたえた。寒さにもなかなか馴染めず、江戸が恋しゅうて恋しゅうて……」
由貴がそう言って笑うと、源次郎はそうでしょうとも、と何度もうなずいた。
今だからこそ笑って話せるが、ここに来た当初はとにかくつらかった。いきなり当主の座に座ることになった貴之を、家臣達は内心よくは思っていなかったようだった。
貴之も紀美も、それぞれに表と奥で強い風当たりに耐え、先代の寵愛や威光を笠に着る者達をなんとかあやしつつ、部屋住みの時から仕えてくれていた者達や実力本位で抜擢した者で次第に要職を固め、家風を変え国を富ませていった。
由貴も、今でこそ御伽衆御殿の事実上の主として穏やかに暮らせているが、居残っていた先代からの御伽衆の者達に嫌味を言われたり、なにかにつけて嫌がらせを受けたものだった。その頃にはまだ、田山も御伽衆頭には迎えられていなかった。
「しかしそれから十年が過ぎ、長い冬の後に来る春の輝きが待ち遠しくてな」
ああそうか、十年か、と自分の言葉を思わず由貴は噛みしめた。組んだ自分の指先を、じっと見つめる。
もう十年以上、ここにこうしている。決して無駄に季節を重ねてきたわけではないと思いたいが、振り返ればその年月は、あたたかくもかなしく、ほのかにむなしい。
由貴は顔を上げ、やはりどこか不安げな表情が消えない源次郎の顔を、まっすぐに見つめた。
「おそらくは殿のこと、あまりよい話は聞いておらぬのだろう」
率直に聞くと、源次郎は居心地悪そうに目を泳がせた。
「頭の切れるお方は、なにかと誤解を受けるもの。殿は尽くせば、それ以上の情をお返し下さるお方だ。一度御伽衆となったからには、殿にかわいがっていただけるよう、しっかり務められよ」
我ながら空々しく寒々しい言葉だと思い、良心の呵責を笑顔に隠して由貴は言った。
「さあさあ、昼餉といたそう」
失礼いたします、という声とともに昼餉の膳が運ばれてきて、由貴はまたことさらに明るい声をあげた。
ともに食事をし、食事の後も茶を飲みながら話をしたが、結局源次郎はあまり表情も晴れないままに帰っていった。ただ最後、これからはいつでも遊びに来られよ、と言うと、源次郎は猫を閉じこめて下さいますか、と恐縮して聞き、うなずくと本当にうれしそうに頭を下げた。
心安く話せる相手ができそうだと、喜んだのかも知れない。
由貴はつと立って、部屋の隅の猫のそばにあぐらをかいた。夢中で乳を吸う子猫達を眺め、一匹だけ太郎の首に埋もれるように眠っているのに目を細める。
「閉じこめられて驚いたろう、進藤殿は猫が大の苦手なんだそうだ」
相当大げさに怖がっていたそのおかしな顔を思い返して、由貴はくすくす笑った。
「また進藤殿が来られた時は閉じこめるが、許してくれな」
太郎が産んだ小さな命に一つ一つそっと指先でふれながら、由貴はつぶやいた。
貴之はこのままずっと、源次郎を無視し続ける気なのだろうか。喧嘩して以来、その後も貴之と何度か言いあいになったと、由貴は紀美本人から聞かされていた。まったく意地っ張りで、と紀美はけろりと笑っていた。
紀美が今の御伽衆御殿の源次郎を取り巻く空気を実感したなら、きっともう笑えはしないだろう。なんの罪もない源次郎が、周りの思惑になぶられ、つらい思いをしているのが哀れだ。
俺もその一人だ、と由貴は自嘲した。
けれど、こうも思う。源次郎は、貴之が怒りを解いて源次郎に目を向けるようになれば、もうそれで救われるだろう。だが自分は、空に恋い焦がれる籠の中の鳥だ。一心に世話をしてくれる飼い主の頭上に広がる空を、見つめることをやめられない。救われない。
貴之が源次郎を愛してくれればいい。自分は、飼い主が前に立つこともなくなった籠の中で、空を見つめて夢想にふけっていられればそれでいい。
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