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「別れ」第二節
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奈美は隣で眠っている息子の都を、すぐに起こした。奈美は遺伝子研究所に在籍していた。事実が気持ちを重くさせていた。地下ではデザインズ・ベイビーの開発実験が行われている事実を奈美は受け入れがたかった。
定義としては、瞳・髪色を自由に変える設定ができる。体力・知力も一般人に比べて高い方だった。奈美の研究者としての認識でもある。
体力・知力も一般人に比べて高い方だった。身体・知能以外では、断片的とはいえ精神世界の扉を開けられる能力もあった。遺伝子操作の中に、組み込まれたプログラムだった。プログラムの開発中に、奈美は人工授精で都を授かったのである。
誕生してからは、都は培養調整されたバイオマス水槽で外に出す区切りの六歳まで、ほとんどを過ごしていた。
当然、このバイオマス水槽には、デザインズ・ベイビーたちの体力や知力を向上させる薬も投入してある。バイオマス水槽に閉じ込められて、疲れてぐったりしている日もあった。
時には、身寄りや親もいない子供を、デザインズ・ベイビーの実験台にしていた。子供たちは、次々に亡くなっていく。
遺骨と骨壺だけが増えていった。
奈美は増えていく遺骨と骨壺に、歯痒さしかなかった。一生分の涙を使い果たした。実験が残酷すぎると反対しても、反論しても聞き入れてはもらえない。承認できずにやめてと、すがりついても振り払われたのである。
そんな異様な空間の中、奈美の目の前では孝の気分の悪い場合は、パシンパシンと鞭が床にしなった。全部の光景は奈美の脳裏に焼き付いている。
今後、デザインズ・ベイビーの高い能力を、畏怖してくる者もでてきてはおかしくはない。戦争にもなりかねない。奈美は戦争になることを恐れていた。戦争をせず、お互いが共存できる世界を作る。
それは本望だった。
本望だとしても、実の息子を実験台にするとは許せないし、夫の十河孝との間に溝ができていった。 気持ちはすれ違ったままである。
本当なら自然に授かった奈美の第一子である原田湊も、連れていきたかった。そんな余裕はなかったのである。仲の良い二人を引き離すのは心苦しい。
それに、湊はまだ十歳だ。けれど優秀な湊なら、自分で生き残る術を見つけてくれるだろう。 湊も都も兄弟とは知らない。
話してしまえば、湊も都も動けなくなってしまうはずである。都と湊の血のつながりは何があっても、切れはしない。
思い出すだけで息がつまる。
奈美は二人の強さを信じていた。
春とはいえまだ肌寒い。寝巻き用のシャツの上に、上着を着せた。奈美を都の金色の瞳は、何事かと見上げてくる。 金色の髪をなでた。都の手を握りしめながら、研究室に接続されている寝室にしている部屋を出る。
リビングやお風呂、キッチン、トイレもあって生活に支障はなかった。 しかし、現実は奈美にとって厳しい。
逃げるために、昨日、研究所につながっているこの建物のセキュリティを、書き換えておいたのである。徹夜でプログラムを変更した。自分には ありきたりな方法しか思いつかなかった。
過去からの実験の設定の波が、次々と押し寄せてきていた。押し寄せてくる波に、必死に抗っていく。
それでも、逃げ出さなければ「自分」が「自分」ではなくなりそうだった。自分はもしかしたら、壊れてしまう一歩手前なのかもしれない。
ふ、と思い返すのは逃げる前の孝とのやり取りだった。
「やめて……私の子供を返して。普通の生活に戻して」
「研究が進んでいるのに、嬉しくないのか?」
「嬉しくないわ。実験は間違いだったのよ」
二人の感情を表すかのごとく、リビングから見える外は薄暗くて大雨が降っていた。時間は実験の合間で、午後の四時。
「忘れるなよ。おまえも共犯者だ」
奈美は孝が机を叩く音に、びくり、と体を硬直させた。奈美を無視して、出入り口のセキュリティプログラムを解除すると、孝は乱暴にリビングを出て行く。
夫婦としての修復は不可能だと奈美は思った。出会った時の楽しかった日々には戻れない。 自分の声は届かない。都の命を守るには、逃げるしかなかった。全部を投げ打ってでも、研究所から逃げ出す決意をした。
奈美は都の手を引いて必死に逃げた。
定義としては、瞳・髪色を自由に変える設定ができる。体力・知力も一般人に比べて高い方だった。奈美の研究者としての認識でもある。
体力・知力も一般人に比べて高い方だった。身体・知能以外では、断片的とはいえ精神世界の扉を開けられる能力もあった。遺伝子操作の中に、組み込まれたプログラムだった。プログラムの開発中に、奈美は人工授精で都を授かったのである。
誕生してからは、都は培養調整されたバイオマス水槽で外に出す区切りの六歳まで、ほとんどを過ごしていた。
当然、このバイオマス水槽には、デザインズ・ベイビーたちの体力や知力を向上させる薬も投入してある。バイオマス水槽に閉じ込められて、疲れてぐったりしている日もあった。
時には、身寄りや親もいない子供を、デザインズ・ベイビーの実験台にしていた。子供たちは、次々に亡くなっていく。
遺骨と骨壺だけが増えていった。
奈美は増えていく遺骨と骨壺に、歯痒さしかなかった。一生分の涙を使い果たした。実験が残酷すぎると反対しても、反論しても聞き入れてはもらえない。承認できずにやめてと、すがりついても振り払われたのである。
そんな異様な空間の中、奈美の目の前では孝の気分の悪い場合は、パシンパシンと鞭が床にしなった。全部の光景は奈美の脳裏に焼き付いている。
今後、デザインズ・ベイビーの高い能力を、畏怖してくる者もでてきてはおかしくはない。戦争にもなりかねない。奈美は戦争になることを恐れていた。戦争をせず、お互いが共存できる世界を作る。
それは本望だった。
本望だとしても、実の息子を実験台にするとは許せないし、夫の十河孝との間に溝ができていった。 気持ちはすれ違ったままである。
本当なら自然に授かった奈美の第一子である原田湊も、連れていきたかった。そんな余裕はなかったのである。仲の良い二人を引き離すのは心苦しい。
それに、湊はまだ十歳だ。けれど優秀な湊なら、自分で生き残る術を見つけてくれるだろう。 湊も都も兄弟とは知らない。
話してしまえば、湊も都も動けなくなってしまうはずである。都と湊の血のつながりは何があっても、切れはしない。
思い出すだけで息がつまる。
奈美は二人の強さを信じていた。
春とはいえまだ肌寒い。寝巻き用のシャツの上に、上着を着せた。奈美を都の金色の瞳は、何事かと見上げてくる。 金色の髪をなでた。都の手を握りしめながら、研究室に接続されている寝室にしている部屋を出る。
リビングやお風呂、キッチン、トイレもあって生活に支障はなかった。 しかし、現実は奈美にとって厳しい。
逃げるために、昨日、研究所につながっているこの建物のセキュリティを、書き換えておいたのである。徹夜でプログラムを変更した。自分には ありきたりな方法しか思いつかなかった。
過去からの実験の設定の波が、次々と押し寄せてきていた。押し寄せてくる波に、必死に抗っていく。
それでも、逃げ出さなければ「自分」が「自分」ではなくなりそうだった。自分はもしかしたら、壊れてしまう一歩手前なのかもしれない。
ふ、と思い返すのは逃げる前の孝とのやり取りだった。
「やめて……私の子供を返して。普通の生活に戻して」
「研究が進んでいるのに、嬉しくないのか?」
「嬉しくないわ。実験は間違いだったのよ」
二人の感情を表すかのごとく、リビングから見える外は薄暗くて大雨が降っていた。時間は実験の合間で、午後の四時。
「忘れるなよ。おまえも共犯者だ」
奈美は孝が机を叩く音に、びくり、と体を硬直させた。奈美を無視して、出入り口のセキュリティプログラムを解除すると、孝は乱暴にリビングを出て行く。
夫婦としての修復は不可能だと奈美は思った。出会った時の楽しかった日々には戻れない。 自分の声は届かない。都の命を守るには、逃げるしかなかった。全部を投げ打ってでも、研究所から逃げ出す決意をした。
奈美は都の手を引いて必死に逃げた。
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