「エンド・リターン」

朝海

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序章1

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 少年――笹木樹はいつもの時間に目が覚めた。
 普段と変わらない自分の部屋で目が覚めたはずなのに。
 自室にかかっている制服、鞄、机に並べられている教科書全てに違和感があった。
 樹が感じた違和感。
 揃えてあるのは、これから通う高校の物ではなく中学で必要な物ばかりだった。
 樹はカレンダーを見る。
 令和元年、四月十日――。
 間違いない。
 幼馴染の坂本美月が生きている二年前の世界に戻ってきている。美月は中学三年生の時、いじめを受け自殺をしてしまった。いじめられていることを、誰にも相談せずに一人で抱え込んでしまい中学の屋上から飛び降りたのだ。
 美月に恋心を抱いていた樹は何もできなかった。今でも、鮮明に覚えている。彼女の葬式は雨の日だった。母親の美晴に連れられて葬式に参列したことを覚えている。
 美月の母親の桜は樹を責めるようなことはしなかったが、父親の明には怒られてしまった。なぜ、二年前に戻れたかという疑問はあったが、やり直しがきく今――この状況を利用するしかないだろう。
 同じような悲劇を繰り返したくなかった。
(今度こそ僕が守る。美月を死なせない)
 樹は制服を着ながら、決意を新たにする。
「おはよう、母さん」
「おはよう、樹」
 介護士として働いている美晴と朝ご飯を食べる。樹の色素の薄いブラウンの瞳と、漆黒の髪の毛は亡き父親、笹木聡にそっくりだった。それに、端正な顔立ちのところもよく似ている。聡の遺伝が強く自分に似ていないことを、美晴は残念がっていた。

「ねぇ、母さん」
「何かしら?」
「美月は生きているよね?」
「美月ちゃんは生きているでしょう? 朝から何変なことをいっているの? 熱でもあるのかしら?」
 美晴が樹の額に手をあてる。
 もちろん、熱などなく平熱だった。
「朝から変なことを聞いてごめん。気にしないで」
「樹」
「母さん?」
「こんな立派に成長しちゃって。母さんは嬉しいわ」
「母さんには迷惑をかけっぱなしだな」
「迷惑をかけるぐらいがちょうどいいのよ。そろそろ、美月ちゃんが来る時間じゃないかしら?」
 樹は時計を見る。
 現在の時間は七時半。
 確かに美月が来てもおかしくはない時間帯である。ピーンポーンと玄関のインターフォンが鳴った。はーい、と返事をして美晴が立ち上がる。
「噂をすればね」
 玄関を開けると色素が薄い茶色の髪と青みがかった瞳の少女――坂本美月が立っていた。
「おはようございます、おばさま」
「美月、ごめん。ごめんな」
 樹は美月を抱きしめる。
(美月だ。美月が本当に生きている)
 確かに、心臓が動いている。美月がここにいるのだと実感をした。
「ちょっ――苦しいって、樹」
 彼女がバシバシと樹の背中を叩く。
「樹、朝から変なのよね。美月ちゃん、お願いね。それよりも、入学式に遅れるわよ」
「行ってきます」
 二人の声が揃う。
「また、あとでね」
 桜並木を並んで歩く。
 この風景は変わることはない。
「美月」
「どうしたの?」
「僕は君が好きだ」
 それは、生前――美月には言えなかった言葉だった。樹は美月の瞳を覗き込む。彼女の額にキスをする。樹は恥ずかしそうな仕草を見せる美月に、小さく笑った。
「私も樹が好きよ」
 二人は桜並木を背景にして、手をつないで歩いた。
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