5 / 20
第四章「次世代への希望」
しおりを挟む
会議に参加していた瞬は一枚のメモを渡された。
『要様の反乱により、正様、優里様死去。澪様が代理で指揮をとり、要様を追放したとのこと』
自分の予想が当たってしまった。今頃、文と涼が止めに入っているだろう。瞬はクシャリとメモを丸める。
「島本様はこうなることを分かっておられたのですか?」
一人の執事が話しかけてきた。本橋家とも比較的交流がある家の執事だった。
「気づいていました」
「なら、どうして戻らなかったのですか! どうして……! 白蘭会で澪様の次に、一番強いと言われているあなたが戻れば、正様も優里様も死ぬことはなかった!」
その執事の声は悲鳴に近いものがある。
「私は執事として与えられた仕事をしただけです」
「主を失ったというのに、とうしてそんなに冷静でいられるのですか!」
「なぜ、でしょう?」
瞬は視線を下へと落とす。
いつもなら、人の目を見て話す彼には珍しい行動だった。 それを見て、この人も弱っていることを知る。瞬も血の通った人間なのだと実感するほかなかった。
「失礼しました」
瞬にあたっても、何かが変わるわけではない。
「私はね。この世界から身を引こうと思います」
「あなたが引退となれば、次世代は野田兄妹ですか?」
思い浮かぶのは涼と文である。
瞬の厳しい訓練にもついてきた。
食らいついてきた。
まだまだ、未熟な部分はあるが磨けば執事として頭角を現してくるだろう。瞬はその時が楽しみで、密かに二人に期待をしていた。
「澪様を含む次世代が台頭してきております。私が引退しても安泰でしょう」
「要様を止められるでしょうか?」
「信じましょう――あの子たちの未来を。希望を。他の執事を頼みます」
瞬の青みがかった瞳が見返してくる。執事の肩に手をおき歩き始めた。
「正様、優里様。守れなくて申し訳ありませんでした」
優里と正の墓に花を添えた。
山奥の静かな場所に建っているため、東京都心とは違い空気が澄んでいる。
「どうして、瞬が謝る?」
「正様、優里様」
これは、現か。
幻か。
それとも、夢を見ているのだろうか?
正と優里。
生前と変わらない凛とした出で立ちの二人がそこにあった。
「瞬。私たちもこの世界に身をおく者だもの。このような日がくるかもしれないと覚悟はしていたわ」
「要様が憎くないのですか?」
「あいつにはあいつなりの考えがあるのだろう」
親が子供の思いを捻じ曲げることはできない。こうであると気持ちを押し付けるつもりはなかった。だから、要の反逆を許した。
容認して命を散らした。
要に命を託した。
敵に殺されるよりも、家族の手で終わらせる方がよかったのである。
「ですが、残された者の気持ちをお考えください。特に澪様は――」
そこまで、言って瞬は口をつぐむ。
澪との約束を破るわけにはいかなかった。
数十年前――。
「澪様」
瞬は空手のけいこをやりきり、崩れ落ちた澪の体を支えた。苦しいとかつらいとか一言も言わなかった。冷えきった体を上着で包み込む。
乱れた呼吸をしている背中をさすった。
正と優里にはこのような体の異常はなかった。
要にもその兆候はない。
澪だけが代々本橋家に伝わる遺伝子の弱さ色濃く引き継いでいた。
神様は何て残酷な試練を与えたのだろうか。
澪に伝わらないように、瞬はゆっくりと歩く。同学年でもあるはずの澪の体は小さく細かった。きっと、人に見られない場所で食事を吐いたりしていたのだろう。
「やはり、無理をされていたのですね。発作も最近ですか?」
「最近はなかったから、油断していた。瞬……お前には隠せないな」
「澪様を見てきましたから」
「瞬と話していると心を読まれているようだ」
どこか、複雑そうな表情で澪は笑う。自分が置かれている環境を自覚して、大人になっていくしかなかったのだろう。もしかしたら、要よりも成長のスピードが速いのかもしれない。
「学校は大丈夫ですか?」
「体育は休ませてもらっている」
「訓練の量を減らしましょう」
「それはやめてほしい。家族に気が付かれたくない。このことは、誰にも言うな」
澪の指が瞬のスーツを掴む。
指が白くなるほど強く。
その指を瞬が開いた。
救急セットを取り出すと、消毒をして手当をする。
「正様たちに? どうして? 家族でしょう?」
「組長も補佐も要兄様も忙しい……負担をかけたくない」
「澪様はそれでよろしいのですか? 下手すれば、命にかかわります」
「頼む――瞬」
「分かりました。これで、私は共犯者です」
「共犯か……いい響きだ」
「少しお休みください」
瞬は澪の体を布団におろして、タオルケットをかけエアコンをつける。カーテンを閉めてそれでも、眩しい夏の日差しから守るように手でそっと澪の瞳を隠す。
熱くもなく。
冷たくもなく。
その体温は丁度よくて、体力自体奪われている澪を眠りへと誘(いざな)う。その寝顔は幼く、年相応に見える。そのことに、瞬は安堵した。
どれだけ、大人びた行動をしても子供なのだと実感させられる。
「お休みなさい」
眠りについた澪を見て、瞬は静かに部屋を退出した。
「澪に何かあったの?」
優里に表情を読み取られてしまいそうだった。こうして、話していると正と優里が本当に生きているかのようである。
瞬は表情を取り繕う。
「何でもありません」
「あの子を遠くからでもいいから、見守ってやってくれ」
「正様、優里様」
「どうしたの? 瞬」
優里が優しく瞬を呼ぶ。
「私たちが進む道に間違いはないのでしょうか?」
「進む道が違うこともあるだろう、いずれ、また交わる日が来るだろうと私は思っている」
「正様のその言葉を私は信じます」
三人の間に強い風が吹く。
風がおさまり、目を開けた時には、優里と正の姿は消えていた。
『要様の反乱により、正様、優里様死去。澪様が代理で指揮をとり、要様を追放したとのこと』
自分の予想が当たってしまった。今頃、文と涼が止めに入っているだろう。瞬はクシャリとメモを丸める。
「島本様はこうなることを分かっておられたのですか?」
一人の執事が話しかけてきた。本橋家とも比較的交流がある家の執事だった。
「気づいていました」
「なら、どうして戻らなかったのですか! どうして……! 白蘭会で澪様の次に、一番強いと言われているあなたが戻れば、正様も優里様も死ぬことはなかった!」
その執事の声は悲鳴に近いものがある。
「私は執事として与えられた仕事をしただけです」
「主を失ったというのに、とうしてそんなに冷静でいられるのですか!」
「なぜ、でしょう?」
瞬は視線を下へと落とす。
いつもなら、人の目を見て話す彼には珍しい行動だった。 それを見て、この人も弱っていることを知る。瞬も血の通った人間なのだと実感するほかなかった。
「失礼しました」
瞬にあたっても、何かが変わるわけではない。
「私はね。この世界から身を引こうと思います」
「あなたが引退となれば、次世代は野田兄妹ですか?」
思い浮かぶのは涼と文である。
瞬の厳しい訓練にもついてきた。
食らいついてきた。
まだまだ、未熟な部分はあるが磨けば執事として頭角を現してくるだろう。瞬はその時が楽しみで、密かに二人に期待をしていた。
「澪様を含む次世代が台頭してきております。私が引退しても安泰でしょう」
「要様を止められるでしょうか?」
「信じましょう――あの子たちの未来を。希望を。他の執事を頼みます」
瞬の青みがかった瞳が見返してくる。執事の肩に手をおき歩き始めた。
「正様、優里様。守れなくて申し訳ありませんでした」
優里と正の墓に花を添えた。
山奥の静かな場所に建っているため、東京都心とは違い空気が澄んでいる。
「どうして、瞬が謝る?」
「正様、優里様」
これは、現か。
幻か。
それとも、夢を見ているのだろうか?
正と優里。
生前と変わらない凛とした出で立ちの二人がそこにあった。
「瞬。私たちもこの世界に身をおく者だもの。このような日がくるかもしれないと覚悟はしていたわ」
「要様が憎くないのですか?」
「あいつにはあいつなりの考えがあるのだろう」
親が子供の思いを捻じ曲げることはできない。こうであると気持ちを押し付けるつもりはなかった。だから、要の反逆を許した。
容認して命を散らした。
要に命を託した。
敵に殺されるよりも、家族の手で終わらせる方がよかったのである。
「ですが、残された者の気持ちをお考えください。特に澪様は――」
そこまで、言って瞬は口をつぐむ。
澪との約束を破るわけにはいかなかった。
数十年前――。
「澪様」
瞬は空手のけいこをやりきり、崩れ落ちた澪の体を支えた。苦しいとかつらいとか一言も言わなかった。冷えきった体を上着で包み込む。
乱れた呼吸をしている背中をさすった。
正と優里にはこのような体の異常はなかった。
要にもその兆候はない。
澪だけが代々本橋家に伝わる遺伝子の弱さ色濃く引き継いでいた。
神様は何て残酷な試練を与えたのだろうか。
澪に伝わらないように、瞬はゆっくりと歩く。同学年でもあるはずの澪の体は小さく細かった。きっと、人に見られない場所で食事を吐いたりしていたのだろう。
「やはり、無理をされていたのですね。発作も最近ですか?」
「最近はなかったから、油断していた。瞬……お前には隠せないな」
「澪様を見てきましたから」
「瞬と話していると心を読まれているようだ」
どこか、複雑そうな表情で澪は笑う。自分が置かれている環境を自覚して、大人になっていくしかなかったのだろう。もしかしたら、要よりも成長のスピードが速いのかもしれない。
「学校は大丈夫ですか?」
「体育は休ませてもらっている」
「訓練の量を減らしましょう」
「それはやめてほしい。家族に気が付かれたくない。このことは、誰にも言うな」
澪の指が瞬のスーツを掴む。
指が白くなるほど強く。
その指を瞬が開いた。
救急セットを取り出すと、消毒をして手当をする。
「正様たちに? どうして? 家族でしょう?」
「組長も補佐も要兄様も忙しい……負担をかけたくない」
「澪様はそれでよろしいのですか? 下手すれば、命にかかわります」
「頼む――瞬」
「分かりました。これで、私は共犯者です」
「共犯か……いい響きだ」
「少しお休みください」
瞬は澪の体を布団におろして、タオルケットをかけエアコンをつける。カーテンを閉めてそれでも、眩しい夏の日差しから守るように手でそっと澪の瞳を隠す。
熱くもなく。
冷たくもなく。
その体温は丁度よくて、体力自体奪われている澪を眠りへと誘(いざな)う。その寝顔は幼く、年相応に見える。そのことに、瞬は安堵した。
どれだけ、大人びた行動をしても子供なのだと実感させられる。
「お休みなさい」
眠りについた澪を見て、瞬は静かに部屋を退出した。
「澪に何かあったの?」
優里に表情を読み取られてしまいそうだった。こうして、話していると正と優里が本当に生きているかのようである。
瞬は表情を取り繕う。
「何でもありません」
「あの子を遠くからでもいいから、見守ってやってくれ」
「正様、優里様」
「どうしたの? 瞬」
優里が優しく瞬を呼ぶ。
「私たちが進む道に間違いはないのでしょうか?」
「進む道が違うこともあるだろう、いずれ、また交わる日が来るだろうと私は思っている」
「正様のその言葉を私は信じます」
三人の間に強い風が吹く。
風がおさまり、目を開けた時には、優里と正の姿は消えていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる