下弦の盃(さかづき)

朝海

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第五章「差し伸べられた手」

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「組長、組長補佐」
「澪、どうしたの?」
「何だ?」
 澪は優里と正に一枚の書類を差し出した。学校が終わってからこうして、要とともに二人の仕事を手伝ようになっていた。
 要も興味をもったらしく覗き込んでくる。
 島本コーポレーション時期社長――島本瞬。
 写真に写っているのは一人の少年だった。そこには、少年の経歴が書かれている。自分の力で両親の不正を暴いたことが記載されていた。
 両親の虐待から救いだし、そして、訓練を受けさせれば使えるようになるだろう。瞬を育てられれば、白蘭会の評判は一段と高まるはずである。
 澪はそれを見通しての推薦だった。
「行動力、判断力。彼は伸びると思います」
「ねぇ、正さん。普段、我儘を言わない澪の頼みよ?」
 優里は有無を言わずに差し出された書類に捺印し、署名をする。一見、優しそうに見えて自分が出した意見を変えることはない。
「俺の方からもお願いします」
 要も頭を下げる。
「お前の好きにすればいい」
 正は溜息をつく。
「勉強になるなら、俺もついていってもいいでしょか?」
「ダメだ。澪の方が年齢は近いし、人数が多いと相手を怖がらせることになる。警察を含めて、少人数で行動するように」
「それに、私たちも新しい執事がほしかったの。探す手間が省けたわ」
「お前たちはもう休め」
「お休みなさい」
「要兄様」
「――ん?」
「私が――」
 いなくなったら、白蘭会を頼むという言葉を澪は飲み込んだ。
「何でもない。お休み」
 要は澪が入った部屋をじっと見つめた。

 翌日――。
「お前など生まなければよかった……!」
「この役立たず! 死んでしまえ!」
「お前さえいなければ、私たちは幸せだったのに!」
「父さん、母さん。許して……!」
 両親の暴力に瞬はうずくまる。暴力は日常茶飯事となっていた。しかも、他人にはわからないように狙うのは、服を着ている場所ばかりである。身なりもきちんとしているために、誰も虐待を受けているとは思ってもいないだろう。傷だけではなく瞬の心は容赦なく削られていく。
 両親が経営している会社が上手くいっていないことは知っていた。会社の売上表を盗み見し、隠してあった書類を見つけて悪事を行っていることに気が付いていた。
 瞬は隙を見て暴力から抜け出すと、台所にあった包丁を取り出す。両親の顔が恐怖にそまる。瞬自身も限界を感じていた。少年院に入ることになるかもしれないが、虐待を受けていたことを証明できれば、刑を軽くなるかもしれない。
 だから、両親に気が付かれないように、携帯のカメラで傷の写真を保存して、パソコンの隠しフォルダに転送した。必死に
虐待の証拠となる材料を集めたのである。
「やめろ。こんなクズを殺して、殺人犯に方がもったいない」
 凛とした声がして包丁が取り上げられた。気が付けば警察官の姿があり、両親が連行されるところだった。唖然と座っている瞬に澪は手を差し出す。
 恐る恐る見上げるとブラウンの瞳が自分を見ている。その瞳に吸い込まれるようにして、瞬は澪の手をとり立ち上がった。
「――あなたは?」
「私は本橋澪」
「もと……はし?」
 本橋という名前に声をあげる。
 両親が何回か名前を出したことがあった。
 そんな有名人が自分の目の前に立っているとは――。
 会話をしているとは夢みたいだった。
「警察に島本家の情報をリークしたのは君だろう?」
「俺ではなかったら、どうするおつもりだったのですか?」
「自分の痕跡を消したつもりだろうが、つめが甘かったな。警察のサイバー分析課をなめるなよ? 今回みたいに分析されるぞ」
「お前に何が分かる!」
 瞬の怒りが爆発した。
 両親がいて。
 裕福な家庭に育って。
 こっちは生活だけで精一杯だったというのに。
 我慢ばかりだったというのに。
 どの口がそれを言う?
「でもな、一つだけ言えることがある」
「聞きたくない!」
 湧き出してくる苛立ちをコントロールできない。瞬は耳をふさいだ。
 子供じみた行動をしていることは理解している。
 笑われたって仕方がないだろう。
「――聞け」
 澪は瞬の手を耳からはずした。
 顔を上げさせて強制的に視線を合わせる。
「もう、好きにさせてください」
「お前は一人でよく頑張った。くじけずに戦った。その勇気を私はほしい」
 瞬の瞳から涙が零れ落ちる。
「泣くのは今日だけです」
「泣きたいだけ泣けばいい。負の感情を全て洗い出してしまえ。そして、新しい自分に生まれ変わればいい」
 その涙を隠すために、澪は瞬が着ているパーカーの帽子を被せた。

 一年後――。
「貴様が島本瞬か」
「初めてお目にかかります。組長、組長補佐。島本瞬と申します」
 正のブラウンの瞳が、瞬を見つめてきた。二人の漆黒の髪色は優里からの遺伝のようだった。訓練の成果なのかそんなことを考えられる余裕があった。
「初めまして。澪の母親の本橋優里よ」
「本橋正だ」
「お二人の名前はすでに、伺っております」
「この世界に入ったことに、後悔はしてないな?」
「はい。後悔などしていません」
 澪は希望をくれて、暗闇から救い出してくれた。だから、少しでも近くにいたいと思った。今度、何かあった時に、自分が守りたいと――ただ、それだけである。
「いい目をしているわね」
「お褒め頂きありがとうございます」
「優里」
 正は優里に木箱を渡す。
「少し痛いけれど我慢してね」
 優里は瞬に耳たぶをアルコールで拭く。ピアッサーで耳たぶに穴を開けて、ピアスを通す。
「これで、我々本橋家の一員だ」
「瞬。あなたは澪に似ているわ」
「澪様に?」
「あなたもそう思わない?」
 瞬の揺るがない瞳と、何事にも負けない澪とが、優里には重なって見えた。
「どうだろうな」
「これから、よろしく。頼りにしているわ」
「お二人に恥じぬように精進して参ります」
 ここに、一人の執事が誕生した。


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