Love, Truth and Honesty

逢坂莉子

文字の大きさ
34 / 34

エピローグ(6)

しおりを挟む
 あたしが目を開けたとき、蒼はベッドのヘッドボードに背中をもたれるようにして、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
 心持ち上を向いた喉の線は細いのに、上下に動く喉仏がすごく男っぽい。
 あたしの視線に気づいたのか、蒼がこちらを向く。
 目が合うと、口元を手の甲で拭いながら、にっこりと彼は笑った。
 そんな仕草だけで、あたしはものすごくどぎまぎしてしまう。

 愛してるって、言われたような気がした。
 でも、あれが現実だったのかどうか、自信がない。
 あたしも頭が朦朧としてたから、もしかしたら幻聴だったかも知れない。
 一方の蒼にしたって、ああいうときには切羽詰ってるだろうし、思ってもみないことを口走ってしまった可能性もある。
 だけど、……あれが現実だったらすごく嬉しいのになあ。
 彼の態度や仕草はいつだって、あたしを愛してるって伝えてくる。
 あんなに大勢の人の前で、あたしのために素晴らしいラブソングを歌ってもくれた。
 でも、それって全部間接的なもので、蒼の口から直接聞いたわけじゃない。
 好きだ、愛してると何百回も口に出したところで、想いがカタチになるわけじゃない、それはわかっているけど、やっぱり……好きな人からは何度でも言われたいのが本音だ。

「……あたし、寝てた?」
「うん、ほんの20分くらいだけどね」
 蒼は頷いて、それから「飲む?」と持っていたペットボトルを差し出した。
「あ、もらう」
 あたしは、それを受け取りながら身体を起こす。
 なんか、すごく喉が渇いてた。
 蒼にいっぱい啼かされちゃったからかも知れない。
 さっきまでの自分の狂態を思い出して恥ずかしくなったあたしは、蒼の目から裸を隠すようにして毛布を胸の辺りまで引き上げ、膝を抱えて座った。
「今さら、そんなに照れることないじゃない」
 からかうような声で言って、蒼はあたしの鎖骨の辺りを軽く擽る。
 肩をすくめながら彼を睨み、ペットボトルに口をつけようとしたところで、あっと思った。
 これって、間接キスだよね……。
 同じ飲み口に蒼が唇を当てていたんだと思うと、普通にキスするよりドキドキした。
 蒼は別にそれを気にするわけでもなく、相変わらずニコニコ笑いながらあたしを見てた。

「……蒼、」
「うん?」
「あのね、さっき……」

 ――愛してるって、言ってくれた?

「ううん、…なんでもない」
 そんなこと、聞けるわけがない。
 あたしは曖昧に言葉を濁して俯き、ちびちびとミネラルウォーターを飲んだ。
 蒼は、そんなあたしを怪訝そうに見ていたけど、そのうちに、言った。
「そろそろ、出ようか?」
「え、もう……?」
 知らず声に不満そうな響きが混じってしまって、蒼が苦笑する。
「俺は、朝までこうしていても一向に構わないけど、藍は学校だろ?」
「う、うん……」
 学校なんてなければいいのに、そしたら、蒼とまだ一緒にいられるのに。
 抱えた膝に顎を乗せて、恨めしげに彼を見上げたあたしの頬を、蒼は宥めるように優しく撫でた。
「まだ帰りたくないって顔をしてる」
 親指の先が、頬骨の辺りをゆっくりとなぞる。
「手離すのが惜しくなっちゃうね……俺は独占欲が強いんだって、前に言ったろ?」
 絡み合う視線。
 蒼の顔が近づいてきて、その唇が瞼に触れる。
「この瞳は、いつだって俺だけを見つめて」
 1度、唇が離れて、今度は耳朶にキス。
「この耳は、俺の声だけを聞いて」
 次は、両手を取ってその甲に。
「この手は、俺のことだけ抱きしめて」
 そっとベッドに押し倒される。
 そして最後は唇に、慈しむような優しい口づけ。
 泣いちゃいそう。
 好きが溢れて、ココロが内側から壊れてしまいそう。

 蒼の足が、あたしの腿を割る。
 やがて、あたしたちはひとつになる。
 そうすることが自然の姿であるように、あたしと蒼は抱き合い、唇を重ねたまま静かに繋がっている。
 このまま、時間が止まってしまえばいい。
 彼の言葉の通り、彼だけを見つめて、彼の声だけを聞いて、彼のことだけを抱きしめて生きていけたら、どんなにか幸せだろう。
「好きなの、蒼……大好きなの……」
 蒼は頷く。
 あたしは少し、涙声になっていた。
 指たちが絡まる。
 蒼は、あたしを気遣うようにゆっくりと動き始める。
 蒼のこの優しさが、抱きしめる腕の強さが、口づけた唇の甘さが、切なげな瞳が、零れ落ちる吐息が、数え上げたらきりがないほど、彼のすべてがたまらなく好きで、愛しい。

 もう、言葉が欲しいなんてわがまま言わない。
 だって、そんなの必要ないもの。
 気持ちはきっと、ちゃんと繋がっているから……。

* * * * *

 力なんて全然入らなくてふにゃふにゃになったあたしを、蒼が背中から抱きしめる。
 耳のうしろをちゅうと音がするくらい強く吸われて、くすぐったいし目立つところに跡が残ったら困るとも思うんだけど、もう身体を捩る気力も残ってない。
 顔をちょっと振り向けて非難めいた眼差しで彼を見るくらいしかできなくて、でも、そんなあたしに悪びれた様子も見せず、くすくす笑いながら蒼はもっとそれを続ける。
 うなじの窪みに口づけられると、背中がぞくっと粟立った。
「ああもう、…藍、すっげ可愛い」
 焦れたような声で言い、ぎゅうっと抱き寄せられて、あたしの背中と蒼の胸が密着する。
 とくとく鳴る蒼の鼓動が、肌を通して感じ取れるくらいに。
「ヤバイよな、……俺もう、藍のこと考えると尋常じゃいられないもの」
「……例えば?」
 あたしが聞いたら、蒼はう~んと唸って困ったようにあたしの髪に顔を埋めた。
「このまま攫ってどこかへ逃げたい、とか」
「…………」
「離したくないとか、ずっとひとつになってたいとか……」
 蒼は、日本中のオンナノコが憧れるアイドル、そんな彼にこんな台詞を言われて、罰が当たらないかなって、半分くらいは本気で思う。

 こんな幸せ、ホントにあっていいのかなって、思う。

「……俺、藍と出会えて、本当に良かった」
 長い指が顎を支えて、うしろを振り向かされる。
 斜め上からあたしを見つめる蒼の瞳は、真摯な色をしていた。
「蒼は、ホントにいいの、…あたしなんかで」
「いいに決まってるだろ、好きなんだから」
 なんてまた、聞いてるこっちが照れるような台詞を真面目な顔で口にして、蒼はあたしのこめかみの辺りにちゅっとキスを落とした。
「藍はいつも、あたしなんか平凡で何の取り柄もないしって言うけど、俺はそんな君だからこそ惹かれたんだし、相手が藍じゃなかったら、ここまで好きになったりはしなかったと思う」
「蒼ぉ……」
 ああ、また……嬉しくて胸がいっぱいになって泣いちゃいそうになる。
 今夜のあたしは、いつにも増して泣き虫だ。
「本当によく泣く子」
 困ったように小さく笑って、蒼は、あたしの眦を指で拭ってくれる。
 蒼が優しいから、余計に泣けてしまうのに。
「だ、って…、蒼が、…ひっく、泣かせるようなこと、言うから……」
「俺のせい?」
「そうだよ。あたし今、すごい幸せで、罰が当たるのが心配なくらい幸せで、もう胸が潰れそうなのに……まだ嬉しがらせること言ったり、優しくしたりするんだもん。ずるいよ、蒼は」

 今だってもう、堪らないくらい好きなのに、もっともっと好きになっちゃうよ。
 17年かそこら生きてきて、こんなに人を好きになったことなんてない。
 だから、これから自分がどうなっちゃうのか見当もつかなくて、怖いよ。

 あたしはたぶん、泣きながらそんなことを言った。
 蒼は別に悪くないのに、ああそうか、ごめんねと言って、しゃくり上げるたびに跳ねるあたしの肩を、宥めるように優しく抱いてくれた。
 蒼の腕はいつも温かい。
 このぬくもりが、いつまでもあたしのものでありますように、心からそう願う。

「俺、これからも歌うから」
 静かな、けれど確かな決意を秘めた声で、蒼が言う。
 あたしは、それを蒼がこれからもアイドルとして頑張るという意味だと思って頷いた。
 蒼には、更なる上を目指して欲しい。
 日本を飛び出して世界に羽ばたいて、新しい頂点を目指して欲しい。
 そんな蒼を支えるためにできることがあるのなら、あたしも頑張りたい。
 けれども、蒼が次に口にした言葉は、あたしの想像とはちょっと違っていた。
「いつか俺がアイドルじゃなくなって、鷹宮蒼って存在が世間に忘れ去られて、俺の歌を口ずさむ人さえいなくなっても、俺は……唯ひとりの人のために歌い続けたい」
 腕の中で、くるりと身体の向きを変えられる。
 目の前に蒼の顔があって、あたしたちは見つめ合う。
「流行も追わない、洒落たフレーズもない。愛と、真実と、その人を想う気持ちだけを素直に言葉にして……そんなつまらない歌を、君は聴きたいと思う?」
「うん、聴きたい……好きな人が、自分のために歌ってくれるなら」
 あたしの答えに、蒼はいかにも嬉しそうに目を細めて、にっこりと笑った。
「だったら、俺はその歌を藍のために歌う」

 ――俺の、愛する人のために。

 このタイミングでそんなこと言うなんてひどいと思った。
 だって、あたしはまた泣いてしまった。
 蒼のせいで、今夜は涙腺が決壊しっぱなしだ。

 どちらからともなく唇が触れる。
 お互いの気持ちを確かめ合うような、激しく狂おしく、そして深い深いキス。
 蒼の手が、再び意思を持って動き始める。
 重ねた身体の間に生まれる熱、解け合う吐息、絡み合う指たち、甘い囁き。
 愛し合うって音楽みたい。
 だとしたら、あたしを奏でるのはいつまでも蒼であって欲しい。

 ねえ、約束だよ、蒼。
 いつまでもこうして、あなたの歌をあたしに聴かせて。

 あなたの愛を、聴かせて。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。 その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。 拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、 諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...