【第一章完結】だから、わらわは聖女などではない!〜令嬢転生した魔王、人類をせん滅したいのに皆をどんどん幸せにしてしまう〜

イチノキ コウ

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第一章

第十一話 魔王、ブチ切れる

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「皆、大丈夫よ。リムルは死んじゃったりしない。きっと助かるわ」

 子供たちがすがるように、シスターを見上げる。

「本当に?本当にリムルは死なない?」

「ええ、本当よ。だからみんな、下を向いていないで、今出来ることをしましょう?クレア、おでこの布を新しいものに替えてあげて。ミトラはお湯を沸かしてきて」

 シスターは子供たちに指示を出し、子供たちはそれに従ってバタバタと部屋から出ていく。

 ひとり、ラルフだけが、少女の隣から離れようとせずにその場に残っていた。

「……先ほども言ったが、お主らに出来ることなどないのじゃぞ?それとも、何かしているほうが子供たちが落ち込まなくて済む、とでも?」

 エリスが、氷のように冷たい口調でシスターに問いかける。
 シスターは、ベッドで苦しむ少女の手を握りながら、ゆっくり首を振った。

「いいえ。そんなつもりではありません。ただ、諦めていないだけです」

「無駄な足掻きじゃ」

 エリスの言葉に、イラつきが混じる。

 ――白々しいことだ。人間が自分以外の者のために貴重な資源や時間を費やすなどあり得ない。仮にあるとすれば、それは自分自身への慰め、言い訳に相違ない。

「無駄な足掻き、ですか……。そうね、そうなのかも知れません。かと言って、すんなりと結果を受け入れるわけにはいきません。この子は私たちの家族。私たちがこの子を守ることを諦めて、どうするというのです」

 シスターは、エリスの目を真っ直ぐ見つめて、そう答えた。

「……神にでも祈っておればよかろう。ここは教会なのじゃから」

 シスターは、一度眼を瞬いた後、

「そうですね……でも」

 ゆっくりと、微笑みを浮かべた。



「神は、最後まで諦めない者を救うのです」



「……っ!?」

 ザーッという耳鳴りと共に、突如、エリスの頭が金槌で殴られたかのように痛みだす。

 ――なんじゃ!?この感覚は……!

 エリスは、今のシスターと同じ言葉を、以前に誰かから聞いたことがあった。

 ――誰じゃ?誰から、聞いた?

 片手で頭を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら、エリスは記憶の引き出しを探る。

 そして蘇ってきたのは、小さい頃の記憶。

 侯爵令嬢エリス・ファントフォーゼが、四歳だったときの記憶。

 その時エリスは、大病を患っていた。

 呼吸をするのがひどく苦しかったことを覚えている。息を吸い込むたび、胸の中で割れたガラスがザラザラと蠢き、傷つけられるような感覚。
 その記憶はまるで今の出来事のようにエリスの胸を締め付ける。

 領内の医者は皆、エリスの快復は見込めないと匙を投げていた。

 エリスは幼かったが、自分がもう助からない、このまま死ぬんだ、ということは、ぼんやりと理解していた。

 毎晩高熱と咳に苦しみ、悪夢にうなされ、ろくに食事も取れず、どんどん痩せ細っていく日々。
 つらい、つらい毎日。

 でも。

 毎晩、悪夢にうなされるたび、ずっと手を握ってくれていた人がいた。

 咳き込むたび、背中を優しくさすってくれた人がいた。

 その人は、有力な医者の話を聞きつけると、たとえ領外であっても、自らエリスを抱いて駆け込んだ。

 家の者から何を言われようと、絶対に諦めることなく、エリスの助かる道をただただ探し続けた。

 その人は、エリスの手を握りながらいつもこう言っていた。

『大丈夫よ、エリス。私が、必ずあなたを守ってみせる』

『絶対に諦めない。だからあなたも、希望を捨てないで。神様は、最後まで諦めなかった人をお救いくださるのよ』

 そう言ったその人は、笑顔だった。

 もう、その笑顔しか覚えていない。

 その笑顔だけは、覚えていたかった。


「母……さま……」

 エリスの頬を、涙が伝った。



「お嬢様!?どうなさいました!?」

 心配するコウガの声が、どこか遠く聞こえる。

 エリスの目は、母親がいた、幼い頃の情景を見ていた。

 初めて貰った人形。

 それは母親の手作りだった。

 エリスはそれ以来、人形が大好きになった。

 溢れる記憶。

 魔王の記憶が覚醒する前の、エリス・ファントフォーゼの記憶。

 記憶。記憶。記憶。



 ――ええいっ、やかましいわ!!!!


 床をぶち破る勢いで右足を踏み込む。
 エリスの気迫と、今にも爆発しかねない魔力に、建物全体が鈍く揺れた。
 エリスが、強大な意志の力で溢れる記憶を抑え込む。

 ――わらわは魔王、魔王エリスじゃ!!最強無敵の魔女にして、人を滅ぼす魔なるものたちの王!!そのわらわに、人間として過ごした記憶など無駄無意味無価値!!

 エリスは強く頭を振る。

 ――わらわの邪魔を、するな!!


 ……間も無く五感が安定し、曖昧だった映像が視界のものと入れ替わる。

 エリスはわずかに息を吐く。

 ――ふざけた……ふざけた記憶じゃ。二度と、思い返すものか。

 そう思ったエリスの視界の中で、ベッドに横たわっていた少女の口が、わずかに動いた。


「う……ん……」

「リムル!?大丈夫か!?」

 ラルフが慌ててリムルの顔を覗き込む。

「お兄ちゃん……?」

「リムル!」

「あ……この石」

 リムルは、自分の胸に置かれた十字の石を、手で撫でた。

「前に、お兄ちゃんが言ってた石だね?私の病気によく効くって……」

 ラルフは、何も答えられなかった。ただ、石を持つリムルの手を、覆うように自分の手を添えることしかできなかった。

「ありがとう……この石、とってもあったかいよ。なんだか、身体が軽くなってきた気がするんだ」

 ――そんなはずはない。

 エリスは小さく舌打ちする。
 あの石は、少女の病に効果はないのだ。

 この少女は自分の死期がわかっているに違いない。
 だから、ただただ、感謝を伝えようとしているだけなのだろう。

 まもなく死を迎える者による、残される者へのささやかな気遣い。

 実に無意味なやりとり。そう、エリスは思った。
 苛立ちしか、湧かなかった。



 だが。

 少女が発した次の言葉が、再びエリスの記憶の蓋を揺り動かす。


「私、絶対諦めないよ。絶対、病気を治すんだ」


 慰めでも、気遣いでもない。
 少女の、確固たる強い意志。

 ……その姿は、過去の小さな自分と重なって。

『うん、母さま。エリスは絶対諦めないよ。絶対、病気を治すんだ』

 そう、エリスが答えた時、あの人は今までで一番の笑顔をくれた。




「……うぬがあああああああああ!!!!」

「お嬢様!?」

「どけぇ!!」

 心配そうに顔を近づけてきたコウガを振り払い、驚くシスターを押しのけ、ラルフを頭から踏みつけて、エリスはリムルの顔を覗き込み、睨みつけた。

「お姉ちゃん、誰……?」

「やかましいのじゃ!これ以上喋るな!……死にたくないのならな!」

「え……?」

 エリスの眼に、魔力が集中する。

 ――灰疹病。全身に灰紋確認。進行レベル5。

「……小僧!!」

 エリスは、自分の足元で混乱した表情をしているラルフを引っ張り上げ、眉間に指を突きつける。

「いいか、よく聞くのじゃ!灰疹病は病原が身体の芯まで根を張る、非常にやっかいな病気じゃ!その複雑さ故に、魔法による治療は出来ぬ!……じゃが!」

 エリスは大きく息を吸い込む。

「特効薬は、ある!今からわらわが書き出すもの全て、市場で買い揃えてくるのじゃ!!」

「と、特効薬?!お嬢様、灰疹病は不治の病なのでは……」

「それは『今』の『人間の医者』の知識が足りておらんだけじゃ!!」

 コウガの質問をぶった斬りながら、エリスは手近にあった紙に次々と薬草名や道具の名前を書き連ねてゆく。

 そしてその紙と、自分の懐の財布とを合わせて、呆然としていたラルフの顔面に叩きつけた。

「ぶっ!!」

「事は一刻を争うぞ!本当にこの娘を救いたいなら、代わりに貴様が死ぬつもりで……走れ!!」

「は……はい!!」

 返事をするなりラルフは部屋から飛ぶように駆け出していった。

 その背中を見送りながら、コウガが心配そうにエリスに話しかける。

「しかし、お嬢様。あの少年、間に合うでしょうか……?」

「絶対に間に合わんわ!この娘の命は、もう少しで消える!」

「ええええっ!?」

「じゃから待っている間、延命措置を行う!体力が有り余ってる奴からエネルギーを輸送するのじゃ!」

「なるほど!さすがはお嬢様!……ちなみに私の見立てですと、先ほど水を汲んでいた子供が、なかなか身体がしっかりしていたかと……」

 コウガが言い終わらないうちに、エリスはコウガの頭を掴んで、空いているほうのベッドに思いっきり叩きつけた。

「貴様のことを言っとるんじゃド阿呆!!とっとと横になって腕を出さぬか!!」

「は、はいい!」



 コウガの腕とリムルの腕を、エリスの魔法で具現化した細い糸が繋ぐ。
 少しして、リムルの表情がわずかに和らいだ。

「なんだか……少しだけ体が楽になった」

 一方のコウガは、かなり荒い息をし始めている。

「……お嬢様……!これ、思ったよりキツイ……!!」

「やかましい。黙って吸われておれ」

 腕組みしてベッドの端に腰掛けるエリス。

「あの……貴女は、一体?」

「……今その質問をするでない。イライラするわ」

 シスターの質問に、エリスは目を見ずに返した。

 自分は一体何をしているのか。
 魔王である自分が、人間を助ける?
 エリス・ファントフォーゼの記憶が、この少女と重なったのはそうだろう。
 だが、そんな記憶など、今の自分にとっては他人の過去に等しい……はずだったのに。


 ――わらわは誰じゃ?知れたこと。魔王。魔王エリスなのじゃ……。

 募る苛立ちと少しの不安に、エリスは強く、目を閉じた。



 部屋の中の様子を、部屋の外に集まっていた子供たちが恐る恐る覗いていたのだったが、一部の子供が何かに気づいた顔をする。

「……あれ?今あそこで横になっている人、もしかしてコウガって人じゃない?」

「あ、そうだよ、間違いない!見たことあるもん!」

「コウガさんって、侯爵様のとこの騎士だよね?え?そうすると、お嬢様って呼ばれてるあの人はもしかして……」
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