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第一章
第十八話 魔王、手に入れる
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「ゔーーーあ゛ーーーーー」
ヴァッテリオ山での騒動から、早三ヶ月。
うっかり墓から這い出てしまった亡者の如き呻き声を周囲を憚ることなくダダ漏れにしているのは、領内にて聖女の名を確固たるものとし、今なお名声爆アゲ中の領主令嬢、エリス・ファントフォーゼであった。
屋敷三階のテラスから眼下に広がる、エリスにとってはなんとも受け入れ難い正門前の光景。
巷で「エリス様が山の化け物を退治した」と噂が流れて以来、それは更に圧巻なものとなっている。
聖地巡礼の様相はさらに顕著となり、今や領民に留まらず、噂を聞きつけた領外の人間、さらには隣国のアルバハ聖王国からの旅人、行商人すらも列を成す有様であった。
「ははは、これは壮観ですな。誰も彼もが、皆一様にお嬢様を崇め奉っておりますよ」
エリスの横から外を見て、実に快活な笑顔を浮かべるコウガ。
エリスにとって腹立たしいのは、一応最側近であるこの男が彼女の苦悩を全く理解していないこと。それどころか、率先して悩みを深める方向に努力してくることである。
「……コウガ、お主、この間は大分活躍したそうじゃなぁ……」
「え?ああ、領内に根城を築いていた奴隷商人の話ですね?全くふざけた話です。聖女の治める領地で悪事が為せる道理がないでしょうに」
「で、即刻壊滅させた、と。まぁ、それは良い。わらわに税金を納めぬ輩は善なり悪なり滅ぼして構わぬ。だがのぅ……」
テラスの手すりをギリギリと軋ませながらエリスは殺気を込めた目でコウガの方を振り返る。
「なにか活動するたびに『聖女様の名において!』と叫ぶのは止めろと言ったであろうが!このド阿呆!!」
人間社会潜伏計画では、極力目立たないことが鉄則である。隣国まで名声が鳴り響き始めたこの状況は好ましくないことこの上ない。
これ以上有名になることは避けたい中で、コウガの布教活動めいた行動は是が非でも妨げたいところであった。
だが、矛先を向けられたコウガはむしろどこかやり遂げたような清々しい笑顔を見せる。
「ええ、まだまだアピール不足だということですね!ですので今回は『例え天が許しても!聖女エリスが許さない!絶やしてみせようこの世の悪を!示してみせようこの世の道を!鋼鉄の聖女エリス様が第一の騎士、コウガ推参!』と長口上にしてみました。……まだ足りなかったでしょうか?」
「不足と言っておるのではない!アピールするなと言っておるのじゃ!わらわを前面に押し出しすぎなのじゃお主は!」
「ご心配無く、お嬢様。俺は聖女第一の騎士としてしっかりと自覚を持っております。お嬢様の名声を失墜させるような失敗は決してしないと誓いましょう。お嬢様には常に完全勝利を捧げます」
……エリスの脳内にはどこぞで読んだ『無能なのによく働く者は処刑せよ』という軍人の言葉が去来し、なるほど人間もたまには的を射たことを言う、と遠い目で感心するのであった。
感心がてら実行してしまうか?と、不穏な光がエリスの瞳に宿り、コウガがぞわりと寒気を感じたところで……。
突如、正門前の巡礼者の列から甲高い悲鳴が聞こえた。
その声はすぐに広がりを見せ、ものの数十秒で正門前はパニックの渦となる。皆は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
「なんじゃ?なにがあった?」
見れば、正門からのびる道の向こうに、大きな砂煙を巻き起こしながらこちらに向かって猛スピードで突き進んでくる『何か』がいた。
また大暴走《スタンピード》か?と訝しむが、それにしては少し規模が小さいことと……およそ生き物のそれとは思えない速度での突進に、すぐに別の現象だと理解する。
「あれは……」
エリスが半眼になって砂煙を睨みつける。
その先にいたものは……。
「いーーーっやっほーーー!!行け行けーーー!!……ああっ、もう、このスピード、最高!!クセになりそう!!」
「シェリル!ち、ちょっと速すぎ!!もっと速度抑えて!!」
「なにーーー!?走行音で全然聞こえないわーーーー!」
「だ!か!ら!もっと速度を……!うぎっ!」
「喋ってると舌噛むわよーーー!はい、ブレーキ……あれ?ブレーキどこだっけ?!」
牛ほどもある巨大な金属の塊に、馬車に似た四つの車輪。引いている動物は見当たらないにも関わらず、馬車以上のスピードでその塊は直進し……轟音とともに正門を無惨にひしゃげさせ、派手に横転して……止まった。
エリスが両方のこめかみをぐりぐりしながら正門前まで出ていくと、横倒しになった塊から、ゴロゴロと何かが転がり降りてきた。
あれだけの勢いで激突しながら不思議なことに無傷だったようだが、さもそれが残念だと言わんばかりにエリスは冷ややかな目線を浴びせかける。
「……何の用じゃシェリル」
「あ!はぁい、エリスお嬢様!お久しぶりー!」
出てきたのは、前の時間軸では四天王の一人であったエルフ、ウィスカー・ウィンベル・オルトワルドの妻で、三ヶ月前に呪い――実際は魔法による害――から復活した人間の女性、シェリル・ウィンベルであった。
「何の用じゃ、と聞いておる。挨拶しに来ただけなら門の修理費置いてとっとと帰れ」
「やだお嬢様、今日もそんな塩対応がとってもステキ。食べちゃいたいくらい」
「……よし、そこへなおれ。頭の形をあの門と同じにしてくれる」
「あはは、冗談ですよお嬢様!それより見て!世紀の大発明!なんと馬の要らない馬車ですよ!」
カラカラと虚しく車輪を空転させる金属の塊を指差し、シェリルは得意満面で胸を反らせる。
よく見れば塊の横に目を回したウィスカーが倒れていたのだったが、今は誰も心配する者はいなかった。
「馬が要らんのなら、馬車ではないな」
「そう!だから私はこれを『魔動車』と名付けました!動く原理が知りたいですか?知りたいですよね?」
「……魔法で動くのじゃろう?」
「はっ!一発正答!?聖女って心も読めるのかしら……」
真剣に驚いているシェリルを三白眼で見返しながら、どうして自分の周りの人間は阿呆ばかりなのかとエリスは心の中で嘆いた。
――いや、人間とはすべからくこうなのじゃ。大体人の代表たるクソ勇者がド阿呆であったしな。やはりわらわ自身のためにも人間はきっちり滅ぼさねば……。
人間を滅ぼす大義に自分の精神衛生上の理由を付け加えて、決意を新たにするエリスであった。
「……というわけで、ですね。この車体の後ろに魔道具が複数仕込まれていて、この足元の踏み板でスピードの調整ができるんです!もちろん、そのエネルギーには聖女様お墨付きのヴァッテリーが使用されていて、それから……」
聞いてもいないのに滔々と魔動車の説明を続けるシェリル。
要は馬の代わりに風系統の衝撃魔法を利用し、推進力としている乗り物ということだ。
その仕組み自体は子供でも考えつきそうだったが、実際に継続的な走行を可能とするために、交換式エネルギータンクであるヴァッテリーの存在が重要な役割を果たしているのは言うまでもない。
「下らぬオモチャを作って遊べる程度には儲かっておるようじゃな?シェリル会長」
自慢の魔動車を下らぬオモチャと断じられたことに少し悲しげな表情を見せたシェリルだったが、すぐに忘れたかのようにカラカラとした笑顔を見せる。
「それはもう!お嬢様のお墨付きを頂きましたからね!バカ売れですよ!」
『お墨付き』というのは、三ヶ月前の事件の直後に屋敷を訪れたシェリルが、ヴァッテリーを開発するにあたって研究費とは別に望んできたものである。
エリスは何のことやらよく分からなかったため、適当に許可してあしらったのだったが、それは実に顕著な効果を発揮していた。
『聖女が認めた世紀の発明』、という売り込みのもと、領内外の有力者や商人からあっという間に莫大な投資を引き出したシェリルは、そのお金でヴァッテリオ山の所有権を取得した。
そして大量の労働者、および魔導士を抱き込み、山からの鉱石の採掘と加工、魔力の充填までを全て行える設備を建造。夫ウィスカーの研究結果を取り込み、ごく短期間でヴァッテリーの実用化・量産にまで漕ぎつけていた。
魔道具を継続的に使用可能とするヴァッテリーの有用性は瞬く間に認知され、また量産体制を築いたため安価で販売できるようになったこともあり、今では一般家庭でも、夜に灯りの魔道具で室内を照らしているところも珍しくなくなるまでに広まっていたのだった。
シェリルは『ウィンベル商会』の会長として、たった三ヶ月で領内にその名を轟かせる大商人になっていたのである。
「しかし……失礼ながら三ヶ月前に初めてお会いした時は、夢見る夫を支える妻、というイメージだったのですが、まさかこれほどの剛腕とは……」
心底感心したようにコウガが呟くと、それにシェリルが笑顔で返す。
「まぁ、あの時は病み上がり、もとい呪い上がりだったからね。元気になって、目の前に確実に売れるアイデアが転がってるもんだから……うっかり商人の血が騒いじゃったよね」
聞けばシェリルは王都で幅を利かせる大商人の一人娘であったらしい。
親譲りの商魂を宿していたものの思い込んだら止まらないタイプでもあり、たまたま旅行先で出会ったウィスカーに惚れ込んで家を飛び出したそうだ。
なるほどウィスカーが森を出る決断をしたのもシェリルの勢いあってのことかと今では納得できるエリスであった。
「……で?繰り返すが何の用じゃ?そこのオモチャを自慢しに来たのか?」
その質問に、ようやく目を覚ましたウィスカーがよろよろと立ち上がりながら答えた。
「い、いえ、お嬢様。今日はこれをお届けに参りました」
ウィスカーが、気絶時も抱えていた大きめの木箱に手をかける。
取り出されたのは、六つの大きな彫刻品のようなものであった。コウガは首を傾げたが、エリスはその中から感じる膨大な力に、目を輝かせた。
「これは……そうか、完成したのじゃな!」
「はい、ご所望の、大容量かつ魔力漏れのない、新型ヴァッテリーです。加工が複雑で、量産はしばらく難しそうなのですが」
「通常のヴァッテリーの約百倍の容量。ご依頼通り、充填も完了してありますよ。ウチの魔道士が全員干物になっちゃったから少し工場閉めなきゃならないけど」
「くく。そのへんの補填はあとでウチのじいやに請求せよ。門の修理費は引いてな。しかし、短期間で良くやった。褒めてつかわす」
「お嬢様のお役に立てて光栄です」
「でも、こんなの何に使うんですか?普通の魔道具だったら付けっぱなしでも十年は保っちゃうけど」
「まぁ、健康増進のようなものじゃ」
「健康増進!?ヴァッテリーで?!なにそれ、また突飛な発想!お金の匂いがするわ!詳しく!」
「そ、それは秘密じゃ!服を引っ張るな!ええい、用事は済んだじゃろ!とっとと帰れー!」
しばらくすったもんだした挙句、シェリルたちを転移魔法で山までふっ飛ばすと、エリスは新型ヴァッテリーを抱えてニマニマしながら屋敷へと戻っていった。
ヴァッテリオ山での騒動から、早三ヶ月。
うっかり墓から這い出てしまった亡者の如き呻き声を周囲を憚ることなくダダ漏れにしているのは、領内にて聖女の名を確固たるものとし、今なお名声爆アゲ中の領主令嬢、エリス・ファントフォーゼであった。
屋敷三階のテラスから眼下に広がる、エリスにとってはなんとも受け入れ難い正門前の光景。
巷で「エリス様が山の化け物を退治した」と噂が流れて以来、それは更に圧巻なものとなっている。
聖地巡礼の様相はさらに顕著となり、今や領民に留まらず、噂を聞きつけた領外の人間、さらには隣国のアルバハ聖王国からの旅人、行商人すらも列を成す有様であった。
「ははは、これは壮観ですな。誰も彼もが、皆一様にお嬢様を崇め奉っておりますよ」
エリスの横から外を見て、実に快活な笑顔を浮かべるコウガ。
エリスにとって腹立たしいのは、一応最側近であるこの男が彼女の苦悩を全く理解していないこと。それどころか、率先して悩みを深める方向に努力してくることである。
「……コウガ、お主、この間は大分活躍したそうじゃなぁ……」
「え?ああ、領内に根城を築いていた奴隷商人の話ですね?全くふざけた話です。聖女の治める領地で悪事が為せる道理がないでしょうに」
「で、即刻壊滅させた、と。まぁ、それは良い。わらわに税金を納めぬ輩は善なり悪なり滅ぼして構わぬ。だがのぅ……」
テラスの手すりをギリギリと軋ませながらエリスは殺気を込めた目でコウガの方を振り返る。
「なにか活動するたびに『聖女様の名において!』と叫ぶのは止めろと言ったであろうが!このド阿呆!!」
人間社会潜伏計画では、極力目立たないことが鉄則である。隣国まで名声が鳴り響き始めたこの状況は好ましくないことこの上ない。
これ以上有名になることは避けたい中で、コウガの布教活動めいた行動は是が非でも妨げたいところであった。
だが、矛先を向けられたコウガはむしろどこかやり遂げたような清々しい笑顔を見せる。
「ええ、まだまだアピール不足だということですね!ですので今回は『例え天が許しても!聖女エリスが許さない!絶やしてみせようこの世の悪を!示してみせようこの世の道を!鋼鉄の聖女エリス様が第一の騎士、コウガ推参!』と長口上にしてみました。……まだ足りなかったでしょうか?」
「不足と言っておるのではない!アピールするなと言っておるのじゃ!わらわを前面に押し出しすぎなのじゃお主は!」
「ご心配無く、お嬢様。俺は聖女第一の騎士としてしっかりと自覚を持っております。お嬢様の名声を失墜させるような失敗は決してしないと誓いましょう。お嬢様には常に完全勝利を捧げます」
……エリスの脳内にはどこぞで読んだ『無能なのによく働く者は処刑せよ』という軍人の言葉が去来し、なるほど人間もたまには的を射たことを言う、と遠い目で感心するのであった。
感心がてら実行してしまうか?と、不穏な光がエリスの瞳に宿り、コウガがぞわりと寒気を感じたところで……。
突如、正門前の巡礼者の列から甲高い悲鳴が聞こえた。
その声はすぐに広がりを見せ、ものの数十秒で正門前はパニックの渦となる。皆は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
「なんじゃ?なにがあった?」
見れば、正門からのびる道の向こうに、大きな砂煙を巻き起こしながらこちらに向かって猛スピードで突き進んでくる『何か』がいた。
また大暴走《スタンピード》か?と訝しむが、それにしては少し規模が小さいことと……およそ生き物のそれとは思えない速度での突進に、すぐに別の現象だと理解する。
「あれは……」
エリスが半眼になって砂煙を睨みつける。
その先にいたものは……。
「いーーーっやっほーーー!!行け行けーーー!!……ああっ、もう、このスピード、最高!!クセになりそう!!」
「シェリル!ち、ちょっと速すぎ!!もっと速度抑えて!!」
「なにーーー!?走行音で全然聞こえないわーーーー!」
「だ!か!ら!もっと速度を……!うぎっ!」
「喋ってると舌噛むわよーーー!はい、ブレーキ……あれ?ブレーキどこだっけ?!」
牛ほどもある巨大な金属の塊に、馬車に似た四つの車輪。引いている動物は見当たらないにも関わらず、馬車以上のスピードでその塊は直進し……轟音とともに正門を無惨にひしゃげさせ、派手に横転して……止まった。
エリスが両方のこめかみをぐりぐりしながら正門前まで出ていくと、横倒しになった塊から、ゴロゴロと何かが転がり降りてきた。
あれだけの勢いで激突しながら不思議なことに無傷だったようだが、さもそれが残念だと言わんばかりにエリスは冷ややかな目線を浴びせかける。
「……何の用じゃシェリル」
「あ!はぁい、エリスお嬢様!お久しぶりー!」
出てきたのは、前の時間軸では四天王の一人であったエルフ、ウィスカー・ウィンベル・オルトワルドの妻で、三ヶ月前に呪い――実際は魔法による害――から復活した人間の女性、シェリル・ウィンベルであった。
「何の用じゃ、と聞いておる。挨拶しに来ただけなら門の修理費置いてとっとと帰れ」
「やだお嬢様、今日もそんな塩対応がとってもステキ。食べちゃいたいくらい」
「……よし、そこへなおれ。頭の形をあの門と同じにしてくれる」
「あはは、冗談ですよお嬢様!それより見て!世紀の大発明!なんと馬の要らない馬車ですよ!」
カラカラと虚しく車輪を空転させる金属の塊を指差し、シェリルは得意満面で胸を反らせる。
よく見れば塊の横に目を回したウィスカーが倒れていたのだったが、今は誰も心配する者はいなかった。
「馬が要らんのなら、馬車ではないな」
「そう!だから私はこれを『魔動車』と名付けました!動く原理が知りたいですか?知りたいですよね?」
「……魔法で動くのじゃろう?」
「はっ!一発正答!?聖女って心も読めるのかしら……」
真剣に驚いているシェリルを三白眼で見返しながら、どうして自分の周りの人間は阿呆ばかりなのかとエリスは心の中で嘆いた。
――いや、人間とはすべからくこうなのじゃ。大体人の代表たるクソ勇者がド阿呆であったしな。やはりわらわ自身のためにも人間はきっちり滅ぼさねば……。
人間を滅ぼす大義に自分の精神衛生上の理由を付け加えて、決意を新たにするエリスであった。
「……というわけで、ですね。この車体の後ろに魔道具が複数仕込まれていて、この足元の踏み板でスピードの調整ができるんです!もちろん、そのエネルギーには聖女様お墨付きのヴァッテリーが使用されていて、それから……」
聞いてもいないのに滔々と魔動車の説明を続けるシェリル。
要は馬の代わりに風系統の衝撃魔法を利用し、推進力としている乗り物ということだ。
その仕組み自体は子供でも考えつきそうだったが、実際に継続的な走行を可能とするために、交換式エネルギータンクであるヴァッテリーの存在が重要な役割を果たしているのは言うまでもない。
「下らぬオモチャを作って遊べる程度には儲かっておるようじゃな?シェリル会長」
自慢の魔動車を下らぬオモチャと断じられたことに少し悲しげな表情を見せたシェリルだったが、すぐに忘れたかのようにカラカラとした笑顔を見せる。
「それはもう!お嬢様のお墨付きを頂きましたからね!バカ売れですよ!」
『お墨付き』というのは、三ヶ月前の事件の直後に屋敷を訪れたシェリルが、ヴァッテリーを開発するにあたって研究費とは別に望んできたものである。
エリスは何のことやらよく分からなかったため、適当に許可してあしらったのだったが、それは実に顕著な効果を発揮していた。
『聖女が認めた世紀の発明』、という売り込みのもと、領内外の有力者や商人からあっという間に莫大な投資を引き出したシェリルは、そのお金でヴァッテリオ山の所有権を取得した。
そして大量の労働者、および魔導士を抱き込み、山からの鉱石の採掘と加工、魔力の充填までを全て行える設備を建造。夫ウィスカーの研究結果を取り込み、ごく短期間でヴァッテリーの実用化・量産にまで漕ぎつけていた。
魔道具を継続的に使用可能とするヴァッテリーの有用性は瞬く間に認知され、また量産体制を築いたため安価で販売できるようになったこともあり、今では一般家庭でも、夜に灯りの魔道具で室内を照らしているところも珍しくなくなるまでに広まっていたのだった。
シェリルは『ウィンベル商会』の会長として、たった三ヶ月で領内にその名を轟かせる大商人になっていたのである。
「しかし……失礼ながら三ヶ月前に初めてお会いした時は、夢見る夫を支える妻、というイメージだったのですが、まさかこれほどの剛腕とは……」
心底感心したようにコウガが呟くと、それにシェリルが笑顔で返す。
「まぁ、あの時は病み上がり、もとい呪い上がりだったからね。元気になって、目の前に確実に売れるアイデアが転がってるもんだから……うっかり商人の血が騒いじゃったよね」
聞けばシェリルは王都で幅を利かせる大商人の一人娘であったらしい。
親譲りの商魂を宿していたものの思い込んだら止まらないタイプでもあり、たまたま旅行先で出会ったウィスカーに惚れ込んで家を飛び出したそうだ。
なるほどウィスカーが森を出る決断をしたのもシェリルの勢いあってのことかと今では納得できるエリスであった。
「……で?繰り返すが何の用じゃ?そこのオモチャを自慢しに来たのか?」
その質問に、ようやく目を覚ましたウィスカーがよろよろと立ち上がりながら答えた。
「い、いえ、お嬢様。今日はこれをお届けに参りました」
ウィスカーが、気絶時も抱えていた大きめの木箱に手をかける。
取り出されたのは、六つの大きな彫刻品のようなものであった。コウガは首を傾げたが、エリスはその中から感じる膨大な力に、目を輝かせた。
「これは……そうか、完成したのじゃな!」
「はい、ご所望の、大容量かつ魔力漏れのない、新型ヴァッテリーです。加工が複雑で、量産はしばらく難しそうなのですが」
「通常のヴァッテリーの約百倍の容量。ご依頼通り、充填も完了してありますよ。ウチの魔道士が全員干物になっちゃったから少し工場閉めなきゃならないけど」
「くく。そのへんの補填はあとでウチのじいやに請求せよ。門の修理費は引いてな。しかし、短期間で良くやった。褒めてつかわす」
「お嬢様のお役に立てて光栄です」
「でも、こんなの何に使うんですか?普通の魔道具だったら付けっぱなしでも十年は保っちゃうけど」
「まぁ、健康増進のようなものじゃ」
「健康増進!?ヴァッテリーで?!なにそれ、また突飛な発想!お金の匂いがするわ!詳しく!」
「そ、それは秘密じゃ!服を引っ張るな!ええい、用事は済んだじゃろ!とっとと帰れー!」
しばらくすったもんだした挙句、シェリルたちを転移魔法で山までふっ飛ばすと、エリスは新型ヴァッテリーを抱えてニマニマしながら屋敷へと戻っていった。
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