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第四話 ギフトの真価

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「これが……俺のギフト?」

 ギフト。
 俺にとっては忌まわしいと言ってもいい言葉だ。
 ダンジョンの出現と共に、一部の人間に現れた超能力であるギフトは、危険なダンジョンに入るためのパスポートと言っても良かった。

 ギフトが無い……と思っていた俺は、探検者の道を諦めざるを得なかった。

「そうだ。『真眼』だ。ナナミ、今斬ってみた感覚はどうだ?」

「はい。今のは真撃の手応えです。私も過去に数度しか経験がありませんが、間違いないです」

「真撃ってなんですか?」

「真撃というのは、真獣に対して通常よりも遥かに大きなダメージを与える現象です」

 ゲームで言うと、クリティカルヒットというやつだろうか。

「あるポイントを攻撃すれば発生する、ということは経験的に言われています。ただ、例え同じ種の真獣でも場所が全然違うため、狙って出せるものではないのですが」

「そのポイントを見つけだし、確実に真撃が出せる。この価値は、計り知れないぞ」

 さっき色が集中していた場所が、ゴーレムの真撃のポイントだったのか。

「それが、俺のギフトの力なんですか!?」

「そうだ。だが、これはあくまで一つの活用法に過ぎぬ。その真価は……」

 そこまで口にしたところで、会長は腕時計をチラリと確認した。

「まぁ、それはおいおいだな。すぐに出来るとも思わんし、今日はお前の眼が真眼だと確認できただけで僥倖だ。戻るぞ」


 その時。

「気をつけてください。また真獣です」

 櫻井さんが、声を落として警告する。


 気配がした方を振り向くと――そこには、いつの間にかゴリラのような真獣が佇んでいた。

 骨格や筋肉の程度はゴリラそのものだったが、毛がなく、代わりに黒い鱗がびっしりと全身を覆っている。
 眼は巨大だが瞳孔が無く、虚ろに赤く光っていた。

 裂けたように開かれた巨大な口には、肉食獣のような牙が無造作に並んでいた。
 ヒュー、ヒューという不気味な呼吸音が聞こえる。

 
 ――背筋が、凍ったように冷たくなった。
 

 俺に実戦経験なんてほぼ無いけれど、この相手がヤバいのは本能的に分かった。

 剣を構える櫻井さんの顔が、驚愕に歪む。

「これは……まさか、黒霊獣!?三十階級の真獣が、何故ここに!?」

 黒霊獣だって?!
 たしか最近、二級探検者四名のチームを、たった一体で壊滅させた真獣だ。探検者ニュースで大々的に報道されていた。

「会長……私がここで食い止めます。その間に、逃げてください」

「……ふん。今のお前一人では勝ち目は無いだろう。ここで全員で叩き潰すしかない」

「しかし……!」

「ソータ!やつの真撃点はどこだ!!」

 会長の声で、固まっていた俺は我に帰る。
 真撃点?ああ、さっきのポイントのことか!

「み、右肩の、やや首寄りの位置です!あの、一個鱗が剥げてるとこ!」

「ナナミ!いけるか!?」

「はい!」

 櫻井さんが先ほどよりもさらに高速で、黒霊獣の側面に回り込む。
 そして未だ動きをみせない黒霊獣の肩口へ、強烈な一閃を放った。

 ……だが。
 明らかに後から動いたはずの黒霊獣の攻撃の方が、速かった。

 ノーモーションで振り抜かれた右腕が、櫻井さんの腹部を強打する。

「うあっ……!」

 櫻井さんは大きく弾き飛ばされ、地面を擦るように転がった。
 氷牙獣シリーズの防御力がなければ、今ので終わっていたかもしれない。

「ナナミ!避けろ!」

 転がる櫻井さんに、覆い被さるように影が差す。

 大きく跳躍した黒霊獣が、組んだ両手を叩きつけてきた。
 地面が爆発したように捲れ上がり、辛うじて回避した櫻井さんの身体ごと、空中へと吹き飛ばした。

「きゃああ!!」

 櫻井さんの手から黒梟獣の剣が飛ばされ、弧を描きながら俺の目の前の地面に突き立った。


 櫻井さんが、地面に叩きつけられて身をよじる。
 なんとか立ち上がろうとしているが、手足に力が入っていない。
 素人目にも、彼女がかなりダメージを受けているのがわかる。


 これは……ヤバい。

 真撃点が見えても、当てられなければ意味が無かった。そりゃそうだ。

 このままでは全員、間違いなくここで死ぬ。




 ……なんでこんなことになった?



 せっかく、自分にもギフトがあることが分かったのに。
 三鶴城ミコトなんていうすごい人が、俺に期待をかけてくれているのに。

 これまでにない幸運が、俺に降ってきていた……はずだったのに。


 結局、いままでと同じように……何も上手くいかないまま、何も出来ないまま、俺の人生は終わるのか。


 夢の一つも、叶えられないまま。



 そんなの……


 そんなの……!!


 絶対に嫌だ!!



「うわああああ!!」

 俺は、目の前の黒い剣を地面から引き抜く。

 櫻井さんにトドメを刺そうと迫っていた黒霊獣が、俺の声に反応してこちらを振り向いた。

「こっちだ!化け物!」

 俺は渾身の力を振り絞って叫んだ。

 次の瞬間。

 もう目の前に、黒霊獣が来ていた。

 視界いっぱいに広がる黒い影。
 振り上げられた腕が、俺の身体を引き裂くために躍りかかってきて……。

 その時、世界が急に、スローモーションになった。

 死ぬ時ってこんな感じだと聞いたことがある。


 ああ、これから俺は殺されるのか。
 痛いのかな。やっぱり痛いよな。


 なんて考えが、ほんの少しだけ頭をよぎって……

 そして俺は、奥歯を食いしばった。



 ……だから、俺はまだ、死にたくないんだよ!



 声にならない叫びを発した時。



 俺の『眼』を通して、手にした剣の『色』が見えた。
 
 それは純粋な、赤だった。

 俺自身は……緑だ。
 残念、そんなに相性良くないパターンだな。

 色が近い方が相性がよく、真装具の力が引き出せる。これが俺の、色に関する経験則だ。

 だけど今まで、完全に一致した例は見たことがない。
 同じ赤でも、微妙な違いが存在する。

 ……そうだ。もし俺が、この剣と全く同じ色だったら?

 
 ――それは、ほとんど無意識だった。
 

 じっと『眼』で見つめていた剣の色と、身体の色とが、互いに呼び合うように混ざり――溶け合っていくような感覚があって。


「……!?うわああああ!!」


 自分の身体から、爆発的に閃光が放たれた。

 黒霊獣は、その眩しさに面食らったか、一旦腕を引いて後退する。

「神室、さん?」

 遠い櫻井さんの呟きが、はっきりと聞き取れた。


 閃光が落ち着いた時……
 俺の身体に、変化が起きていた。

 白蜥蜴の軽鎧から覗く手足は黒く変色し、異様な筋肉の張りを見せている。
 全身に同様の変化が起きているんだろう。軽鎧が窮屈なくらい身体が膨れ上がり、力が漲っているのが分かった。

 握っていた黒梟獣の剣は、元のエレガントな細身のラインなど見る影もなく、巨大で、凶々しいほどにうねった剣身へと変形していた。

「……!!行けっ!ソータ!」

 会長の叫びが聞こえた。
 その声に押されるように、俺の身体が動き出す。

 目にも留まらぬ速さだった黒霊獣の動きが、はっきりと目で追える。身体が、ついていける。

「うおおおおお!!」

 黒霊獣の拳と、黒梟獣の剣とが激しくぶつかり合う。

 身体が自分じゃないみたいだ。

 剣なんて探検者の訓練所で少し振ったことがある程度だったが、まるで剣に導かれるかのように鋭い斬撃が繰り出せる。

 数十合ほど撃ち合ったあと、黒霊獣の拳に亀裂が走る。赤く光る目が、僅かに大きくなった。

 いける!

 だが、黒霊獣はバックステップで大きく距離を取ってきた。

「逃すか!」

「ソータ!気をつけろ!」

 会長の声と同時、黒霊獣の裂けたような口の中に、不気味な赤い光が灯った。
 これは!?

「バアアアアアアアァァァ!!!」

 まるで砲撃のような、強烈なエネルギーの塊が発射された。
 赤い巨大な球体は、草原を激しく削りながら、俺目掛けて高速で直進してくる。

「ソータ!」
「神室さん!」

 俺の身体に球体が着弾する。

 大轟音を上げ、俺の身体は、まるで液体のように飛び散った。

 

 ……というのは、俺の形をした、人形の話で。


「あれは、黒梟獣の!?」

 ナナミさんの驚いた声が聞こえる。

【真獣技・影人形】

 自分の影を立体化して囮とし、敵の隙を突く奇襲技。
 どういう理屈か知らないが、剣が、使い方を教えてくれた。

 俺は、大技の後で硬直している黒霊獣の頭上から、その右肩にある真撃点目掛けて思いっきり剣を振り下ろした。

 剣が肉に食い込む音に、ガラスが何十枚も割れるような音が重なる。

「バアア!ア!ア!ァ、ァ、ァ」

 黒霊獣は、断末魔の叫びを上げて、ゆっくりと崩れ落ちた。

「……倒した。俺が……」




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