神様のお導き

ヤマト

文字の大きさ
143 / 173
7話目!灰冶の章 夢境の栞

7-11

しおりを挟む
 僕らはギィを追いかけて、街を離れて森の奥まで来た。そして、木々を抜けると、一面桃色で染まったコスモスの花畑が視界に飛び込んできた。ギィもそこで立ち止まり、僕らも景色の美しさに思わず足を止めた。
「ここは……」
 ギィが言っていた。花畑でクロエさんと出会ったのだと。じゃあ、ここがその花畑だと言うのか。
 ギィは花畑の中で崩れるように膝をついて、声を張り上げて、大声で空に向かって泣いていた。掛ける言葉が見つからない。なんてったって、自分が友達だと思って接していた人が、自分のせいで病気になっているだなんて。そんなの、僕なら耐えられない。
「ゴブリンは――」
 灰冶さんが後ろからゆっくり僕の横に並び、彼の後ろ姿を見つめながら言葉を紡いだ。
「瘴気のある場所や少し腐敗した場所に住んでいる。だから、ゴブリン自身も少なからず瘴気の影響を受けて、微量の瘴気を身に纏っているんだ。そして、人は普通であれば瘴気にあてられれば、瘴気に体を蝕まれ、体調に不調を来す。そして、免疫力が下がり、様々な病気にかかりやすくなるんだ。ゴブリンからの微量な瘴気であれ、毎日一緒にいれば瘴気は少しずつ蓄積され、いずれ体調を崩し、病にかかる」
「灰冶さんは、最初から知っていたんですね……」
「あぁ、そうだよ」
 灰冶さんは優しい。彼は最初に言っていた。知らなくて良いこともあるのだと。こんなこと、知らなければ、急に友達が来なくなっただけで、そのうちその事も忘れて、幸せに過ごせたのだろうか。僕がやったのは余計なお節介だったのだろうか……。
 空に向かって泣き叫ぶギィの後ろ姿に胸を締め付けられ、僕は自分の軽率さに腹が立った。無意識に握った拳に爪が食い込むほどに力が入る。
「今は過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。それより彼をどうするかだ」
 灰冶さんの言う通りだ。今は何を後悔しても、何を考えても仕方ない。今一番苦しんでるのギィなのだ。僕がギィに何か出来ることはないだろうか。
 僕は一歩一歩ゆっくりと彼に歩み寄った。彼の震える肩を抱き、彼の名を呼んだ。
「ギィ……」
「わぁあああん! オデ、オデ、オデのせいで……っ、うわぁああ!」
「…………」
 僕は何も言わず彼の言葉を聞きながら、ただ優しく彼の背中をさすった。泣きじゃくる子供をあやす様に。
「オデ、ゴブリンになんか生まれるんじゃなかった! ギィ、ニンゲンに生まれたかった! どうしてこんな辛い思いしなきゃいけないの! 全部、全部ギィが悪いんだっ! あぁあああ!」
 ギィは僕の胸に抱きついて、胸に顔を埋めて泣いていた。
「胸の真ん中辺りがグルグルするっ。つらい。痛いっ。殴られてないのに、胸の真ん中殴られてるみたいに痛いよっ、痛いよタクト……ッ」
 それからギィは一頻り泣いた。きっと頭もガンガンして、呼吸をするのも辛くて、苦しいだろう。それでも泣いた。こんな辛い思い、させたい訳じゃなかったのに。僕は、僕は……。
 一頻り泣いて少し落ち着いたギィは、ヒックヒックと肩を震わせながら、ヨロヨロと立ち上がった。僕の傍から離れ、たどたどしい足取りで灰冶さんの許に向かう。そして、灰冶さんの足元に膝をつき、灰冶さんに縋るように彼の上着の裾をギュッと握った。
「オデを、オデをニンゲンにしてっ……ギィ、何でもするからっ、石でもなんでもアゲルからっ……」
 ギィの悲痛な叫びに、灰冶さんはただ冷静に彼を見下ろしていた。
「確かに、貴方を人間にすることは出来る。だが、そんな冷静じゃない一時の気の迷いで貴方を人間に出来るほど私も人は良くない。貴方にどれほど人間になる覚悟はあるんだ?」
 灰冶さんの淡々とした声音に、ギィは少しヒヤッとしたようで、呼吸を荒らげながら彼を見上げた。
「貴方に故郷を、家族を、家を捨てる覚悟はあるか?」
「あ……う……」
「人間になれば、同じゴブリンと対立することもある。かつて仲間だった者と戦えるか? 仲間が攻撃を受けていても、それを黙って見ていられるか?」
「あ……あぁ……!」
「それから、もし彼女に淡い恋心を抱いていたとしても、それは叶わない恋だと知れ。彼女はあれ程の屋敷に住むお嬢様だ。家も職もない、どこから来たかもわからない人間を、彼女が許しても親は許さないだろう。そして、誰しも結婚することはある。もし彼女が結婚すれば、貴方に裂く時間はどんどん減っていくだろう。そして、貴方は一人で過ごす時間が増える。彼女だけが貴方の世界ではない。彼女には彼女の世界があって、貴方だけではないんだ。貴方はそれに耐えられるか? いつかは人の世界で一人になるかもしれないんだぞ」
 厳しいようだけど、灰冶さんの言っていることは正しい。もし、人間として生きることを決めたのなら、それはそれでまた違った過酷な試練が待っている。彼女と一緒になれれば御の字だけど、現実はそうはいかないだろう。
「ぅ……あぁ……! じゃ、じゃあ、ギィはどうしたら良いっ? ギィ、辛いよ! ギィやだよ、ギィのせいでクロエ傷付けたくないっ!」
 ギィは現実を突きつけられ、考えが纏まらず頭を抱えてその場に突っ伏してしまった。灰冶さんはそんな彼の肩に触れて、彼の顔の前に人差し指を立てた。
「一週間。一週間やろう」
「え……?」
「一週間経ってもまだ人間になりたければ、またこの場所に来ると良い。そうしたら人間にしてやろう」
「……あ、ぅ……」
 ギィはまだ迷っているようで、灰冶さんの提案にすぐにうんとは頷かなかった。
「一週間経ったら、またここに来るよ。それまでくれぐれも人の街には近付かないように。良いね?」
 最後は優しく子供に言い聞かせるようにギィにそう伝える灰冶さん。ギィはその柔らかい声に少し落ち着いて、小さく首を縦に振った。
「良い子だ。じゃあ、私たちは一旦これで失礼するよ」
 灰冶さんはギィの頭を優しく撫でた。ギィはポロポロと涙を流して、ただ灰冶さんの姿を見つめていた。
「じゃあまた」
 そう言って灰冶さんは立ち上がり、どこからともなくステッキを召喚すると、そのステッキで地面を軽く叩いた。すると、ギィの体はみるみるうちに縮んでいき、元のゴブリンの姿に戻ってしまった。
「さぁ、帰るよ、拓斗」
「あ、はい……」
 僕は花畑でちょこんと座るギィの姿に後ろ髪を引かれながら、灰冶さんの後を追い、その場から離れて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...