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7話目!灰冶の章 夢境の栞
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僕らはギィを追いかけて、街を離れて森の奥まで来た。そして、木々を抜けると、一面桃色で染まったコスモスの花畑が視界に飛び込んできた。ギィもそこで立ち止まり、僕らも景色の美しさに思わず足を止めた。
「ここは……」
ギィが言っていた。花畑でクロエさんと出会ったのだと。じゃあ、ここがその花畑だと言うのか。
ギィは花畑の中で崩れるように膝をついて、声を張り上げて、大声で空に向かって泣いていた。掛ける言葉が見つからない。なんてったって、自分が友達だと思って接していた人が、自分のせいで病気になっているだなんて。そんなの、僕なら耐えられない。
「ゴブリンは――」
灰冶さんが後ろからゆっくり僕の横に並び、彼の後ろ姿を見つめながら言葉を紡いだ。
「瘴気のある場所や少し腐敗した場所に住んでいる。だから、ゴブリン自身も少なからず瘴気の影響を受けて、微量の瘴気を身に纏っているんだ。そして、人は普通であれば瘴気にあてられれば、瘴気に体を蝕まれ、体調に不調を来す。そして、免疫力が下がり、様々な病気にかかりやすくなるんだ。ゴブリンからの微量な瘴気であれ、毎日一緒にいれば瘴気は少しずつ蓄積され、いずれ体調を崩し、病にかかる」
「灰冶さんは、最初から知っていたんですね……」
「あぁ、そうだよ」
灰冶さんは優しい。彼は最初に言っていた。知らなくて良いこともあるのだと。こんなこと、知らなければ、急に友達が来なくなっただけで、そのうちその事も忘れて、幸せに過ごせたのだろうか。僕がやったのは余計なお節介だったのだろうか……。
空に向かって泣き叫ぶギィの後ろ姿に胸を締め付けられ、僕は自分の軽率さに腹が立った。無意識に握った拳に爪が食い込むほどに力が入る。
「今は過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。それより彼をどうするかだ」
灰冶さんの言う通りだ。今は何を後悔しても、何を考えても仕方ない。今一番苦しんでるのギィなのだ。僕がギィに何か出来ることはないだろうか。
僕は一歩一歩ゆっくりと彼に歩み寄った。彼の震える肩を抱き、彼の名を呼んだ。
「ギィ……」
「わぁあああん! オデ、オデ、オデのせいで……っ、うわぁああ!」
「…………」
僕は何も言わず彼の言葉を聞きながら、ただ優しく彼の背中をさすった。泣きじゃくる子供をあやす様に。
「オデ、ゴブリンになんか生まれるんじゃなかった! ギィ、ニンゲンに生まれたかった! どうしてこんな辛い思いしなきゃいけないの! 全部、全部ギィが悪いんだっ! あぁあああ!」
ギィは僕の胸に抱きついて、胸に顔を埋めて泣いていた。
「胸の真ん中辺りがグルグルするっ。つらい。痛いっ。殴られてないのに、胸の真ん中殴られてるみたいに痛いよっ、痛いよタクト……ッ」
それからギィは一頻り泣いた。きっと頭もガンガンして、呼吸をするのも辛くて、苦しいだろう。それでも泣いた。こんな辛い思い、させたい訳じゃなかったのに。僕は、僕は……。
一頻り泣いて少し落ち着いたギィは、ヒックヒックと肩を震わせながら、ヨロヨロと立ち上がった。僕の傍から離れ、たどたどしい足取りで灰冶さんの許に向かう。そして、灰冶さんの足元に膝をつき、灰冶さんに縋るように彼の上着の裾をギュッと握った。
「オデを、オデをニンゲンにしてっ……ギィ、何でもするからっ、石でもなんでもアゲルからっ……」
ギィの悲痛な叫びに、灰冶さんはただ冷静に彼を見下ろしていた。
「確かに、貴方を人間にすることは出来る。だが、そんな冷静じゃない一時の気の迷いで貴方を人間に出来るほど私も人は良くない。貴方にどれほど人間になる覚悟はあるんだ?」
灰冶さんの淡々とした声音に、ギィは少しヒヤッとしたようで、呼吸を荒らげながら彼を見上げた。
「貴方に故郷を、家族を、家を捨てる覚悟はあるか?」
「あ……う……」
「人間になれば、同じゴブリンと対立することもある。かつて仲間だった者と戦えるか? 仲間が攻撃を受けていても、それを黙って見ていられるか?」
「あ……あぁ……!」
「それから、もし彼女に淡い恋心を抱いていたとしても、それは叶わない恋だと知れ。彼女はあれ程の屋敷に住むお嬢様だ。家も職もない、どこから来たかもわからない人間を、彼女が許しても親は許さないだろう。そして、誰しも結婚することはある。もし彼女が結婚すれば、貴方に裂く時間はどんどん減っていくだろう。そして、貴方は一人で過ごす時間が増える。彼女だけが貴方の世界ではない。彼女には彼女の世界があって、貴方だけではないんだ。貴方はそれに耐えられるか? いつかは人の世界で一人になるかもしれないんだぞ」
厳しいようだけど、灰冶さんの言っていることは正しい。もし、人間として生きることを決めたのなら、それはそれでまた違った過酷な試練が待っている。彼女と一緒になれれば御の字だけど、現実はそうはいかないだろう。
「ぅ……あぁ……! じゃ、じゃあ、ギィはどうしたら良いっ? ギィ、辛いよ! ギィやだよ、ギィのせいでクロエ傷付けたくないっ!」
ギィは現実を突きつけられ、考えが纏まらず頭を抱えてその場に突っ伏してしまった。灰冶さんはそんな彼の肩に触れて、彼の顔の前に人差し指を立てた。
「一週間。一週間やろう」
「え……?」
「一週間経ってもまだ人間になりたければ、またこの場所に来ると良い。そうしたら人間にしてやろう」
「……あ、ぅ……」
ギィはまだ迷っているようで、灰冶さんの提案にすぐにうんとは頷かなかった。
「一週間経ったら、またここに来るよ。それまでくれぐれも人の街には近付かないように。良いね?」
最後は優しく子供に言い聞かせるようにギィにそう伝える灰冶さん。ギィはその柔らかい声に少し落ち着いて、小さく首を縦に振った。
「良い子だ。じゃあ、私たちは一旦これで失礼するよ」
灰冶さんはギィの頭を優しく撫でた。ギィはポロポロと涙を流して、ただ灰冶さんの姿を見つめていた。
「じゃあまた」
そう言って灰冶さんは立ち上がり、どこからともなくステッキを召喚すると、そのステッキで地面を軽く叩いた。すると、ギィの体はみるみるうちに縮んでいき、元のゴブリンの姿に戻ってしまった。
「さぁ、帰るよ、拓斗」
「あ、はい……」
僕は花畑でちょこんと座るギィの姿に後ろ髪を引かれながら、灰冶さんの後を追い、その場から離れて行った。
「ここは……」
ギィが言っていた。花畑でクロエさんと出会ったのだと。じゃあ、ここがその花畑だと言うのか。
ギィは花畑の中で崩れるように膝をついて、声を張り上げて、大声で空に向かって泣いていた。掛ける言葉が見つからない。なんてったって、自分が友達だと思って接していた人が、自分のせいで病気になっているだなんて。そんなの、僕なら耐えられない。
「ゴブリンは――」
灰冶さんが後ろからゆっくり僕の横に並び、彼の後ろ姿を見つめながら言葉を紡いだ。
「瘴気のある場所や少し腐敗した場所に住んでいる。だから、ゴブリン自身も少なからず瘴気の影響を受けて、微量の瘴気を身に纏っているんだ。そして、人は普通であれば瘴気にあてられれば、瘴気に体を蝕まれ、体調に不調を来す。そして、免疫力が下がり、様々な病気にかかりやすくなるんだ。ゴブリンからの微量な瘴気であれ、毎日一緒にいれば瘴気は少しずつ蓄積され、いずれ体調を崩し、病にかかる」
「灰冶さんは、最初から知っていたんですね……」
「あぁ、そうだよ」
灰冶さんは優しい。彼は最初に言っていた。知らなくて良いこともあるのだと。こんなこと、知らなければ、急に友達が来なくなっただけで、そのうちその事も忘れて、幸せに過ごせたのだろうか。僕がやったのは余計なお節介だったのだろうか……。
空に向かって泣き叫ぶギィの後ろ姿に胸を締め付けられ、僕は自分の軽率さに腹が立った。無意識に握った拳に爪が食い込むほどに力が入る。
「今は過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。それより彼をどうするかだ」
灰冶さんの言う通りだ。今は何を後悔しても、何を考えても仕方ない。今一番苦しんでるのギィなのだ。僕がギィに何か出来ることはないだろうか。
僕は一歩一歩ゆっくりと彼に歩み寄った。彼の震える肩を抱き、彼の名を呼んだ。
「ギィ……」
「わぁあああん! オデ、オデ、オデのせいで……っ、うわぁああ!」
「…………」
僕は何も言わず彼の言葉を聞きながら、ただ優しく彼の背中をさすった。泣きじゃくる子供をあやす様に。
「オデ、ゴブリンになんか生まれるんじゃなかった! ギィ、ニンゲンに生まれたかった! どうしてこんな辛い思いしなきゃいけないの! 全部、全部ギィが悪いんだっ! あぁあああ!」
ギィは僕の胸に抱きついて、胸に顔を埋めて泣いていた。
「胸の真ん中辺りがグルグルするっ。つらい。痛いっ。殴られてないのに、胸の真ん中殴られてるみたいに痛いよっ、痛いよタクト……ッ」
それからギィは一頻り泣いた。きっと頭もガンガンして、呼吸をするのも辛くて、苦しいだろう。それでも泣いた。こんな辛い思い、させたい訳じゃなかったのに。僕は、僕は……。
一頻り泣いて少し落ち着いたギィは、ヒックヒックと肩を震わせながら、ヨロヨロと立ち上がった。僕の傍から離れ、たどたどしい足取りで灰冶さんの許に向かう。そして、灰冶さんの足元に膝をつき、灰冶さんに縋るように彼の上着の裾をギュッと握った。
「オデを、オデをニンゲンにしてっ……ギィ、何でもするからっ、石でもなんでもアゲルからっ……」
ギィの悲痛な叫びに、灰冶さんはただ冷静に彼を見下ろしていた。
「確かに、貴方を人間にすることは出来る。だが、そんな冷静じゃない一時の気の迷いで貴方を人間に出来るほど私も人は良くない。貴方にどれほど人間になる覚悟はあるんだ?」
灰冶さんの淡々とした声音に、ギィは少しヒヤッとしたようで、呼吸を荒らげながら彼を見上げた。
「貴方に故郷を、家族を、家を捨てる覚悟はあるか?」
「あ……う……」
「人間になれば、同じゴブリンと対立することもある。かつて仲間だった者と戦えるか? 仲間が攻撃を受けていても、それを黙って見ていられるか?」
「あ……あぁ……!」
「それから、もし彼女に淡い恋心を抱いていたとしても、それは叶わない恋だと知れ。彼女はあれ程の屋敷に住むお嬢様だ。家も職もない、どこから来たかもわからない人間を、彼女が許しても親は許さないだろう。そして、誰しも結婚することはある。もし彼女が結婚すれば、貴方に裂く時間はどんどん減っていくだろう。そして、貴方は一人で過ごす時間が増える。彼女だけが貴方の世界ではない。彼女には彼女の世界があって、貴方だけではないんだ。貴方はそれに耐えられるか? いつかは人の世界で一人になるかもしれないんだぞ」
厳しいようだけど、灰冶さんの言っていることは正しい。もし、人間として生きることを決めたのなら、それはそれでまた違った過酷な試練が待っている。彼女と一緒になれれば御の字だけど、現実はそうはいかないだろう。
「ぅ……あぁ……! じゃ、じゃあ、ギィはどうしたら良いっ? ギィ、辛いよ! ギィやだよ、ギィのせいでクロエ傷付けたくないっ!」
ギィは現実を突きつけられ、考えが纏まらず頭を抱えてその場に突っ伏してしまった。灰冶さんはそんな彼の肩に触れて、彼の顔の前に人差し指を立てた。
「一週間。一週間やろう」
「え……?」
「一週間経ってもまだ人間になりたければ、またこの場所に来ると良い。そうしたら人間にしてやろう」
「……あ、ぅ……」
ギィはまだ迷っているようで、灰冶さんの提案にすぐにうんとは頷かなかった。
「一週間経ったら、またここに来るよ。それまでくれぐれも人の街には近付かないように。良いね?」
最後は優しく子供に言い聞かせるようにギィにそう伝える灰冶さん。ギィはその柔らかい声に少し落ち着いて、小さく首を縦に振った。
「良い子だ。じゃあ、私たちは一旦これで失礼するよ」
灰冶さんはギィの頭を優しく撫でた。ギィはポロポロと涙を流して、ただ灰冶さんの姿を見つめていた。
「じゃあまた」
そう言って灰冶さんは立ち上がり、どこからともなくステッキを召喚すると、そのステッキで地面を軽く叩いた。すると、ギィの体はみるみるうちに縮んでいき、元のゴブリンの姿に戻ってしまった。
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