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7話目!灰冶の章 夢境の栞
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思いのほか早く家に着き、アキラくんに任せる筈だった昼の皿洗いをしながら、僕はボーッとしていた。晩御飯も晩の皿洗いも。
「大丈夫ですか?」
アキラくんに心配されるくらいには、心ここに在らずと言った感じで、ボーッとしていた。
それから一週間はずっと上の空で、ぼんやりとした時間がゆっくりと過ぎて行った。そして、ようやく一週間が経った。たった一週間なのに、凄く遠いように思えた。ずっとギィがどうするのか、ギィは大丈夫なのだろうか。そんなことばかり考えていたせいだ。
僕はゆっくりと支度する灰冶さんを無意識に急かしてしまっていたらしく、灰冶さんに「落ち着きなさい」と、窘められた。灰冶さんはいつもの白いジャケットを羽織り、白い中折帽子を被る。ソワソワとする気持ちを何とか押し殺し、僕らは約束のあの花畑へと向かった。
今日は良い天気で太陽から注ぐ日差しがやけに眩しく見えた。濃いピンクや淡いピンク、そよそよと風に揺れるコスモスの花たちが美しい。少し冷たい秋の風が頬を撫で、まだ少し朧気な眠気を取り払う。そんなコスモス畑を背にしてギィは立っていた。あの丸い頭から生えた長い耳。魔女を彷彿とさせる大きな鼻。ビー玉のようなつぶらな瞳。真ん丸に出た大きなお腹。緑色の皮膚に細い手足。間違いなくギィだ。
僕は急いでギィの傍に駆け寄り、何か言葉を掛けようとした。しかし、何も言葉が出てこない。彼が今ここにいるということは、人間になるという決心をしたからだろう。なんて言えば良い? どうしたら良い?
僕が言葉に詰まっていると、ギィは僕の顔を見上げてニッコリと笑った。
「タクト、久しぶり」
「うん、久しぶり……」
空元気なのか、無理しているのかわからない。それでも彼は僕に笑って見せた。
「あのね、ギィいっぱいいっぱい考えた」
「うん」
「胸が苦しくて痛くて、どうしたら良いかわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで……すっごい長い悪夢を見ていた気分だった」
「うん……」
「それでね、いっぱいいっぱい考えて、ギィ決めたんだ」
「…………」
僕は彼の決意を、覚悟を、静かに聞いた。灰冶さんも黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
「ギィ、ニンゲンになるの辞めた!」
「…………!」
それはあまりに意外な答えだった。ここに来たということは、てっきり人間になりたいから来たものだと思い込んでいた。けれど、ギィが出した答えはそうじゃなかった。
「家族も仲間も故郷もギィには捨てられない。ギィ、バカだからニンゲンとして生きていく自信もない……。デモ、クロエは大切。大切な友達」
ギィはゆっくりゆっくりと言葉を紡いだ。そして、大きく息を吐き、深呼吸して、たっぷりと間を取って、諦めたように悲しい顔で笑った。
「だからギィ、クロエにサヨナラする」
「ギィ……」
その決断がどれだけ辛いものだっただろう。きっと今日まで毎日毎日悩んだだろう。自分のせいで大好きな友達が体調を崩したことをどれだけ責めただろう。きっとそれはギィにしかわからない。
「オデ、このこと絶対二人に言おうって決めてた。デモ、一週間がわからない。だからずっとココにいた。ギィ偉い?」
「……うん、偉いよ、偉いよ……!」
僕は思わずギィを抱きしめた。ここで待つということは、クロエさんを待っていた時と重なってさぞ辛かっただろう。ただ、その答えを僕らに言うために、ずっとここで待っていただなんて。なんて健気で強い子なのだろう。
「うぅ……タクト、苦しい……」
「あぁ、ごめんね!」
ギィを思いっきり抱きしめたせいで、ギィはモガモガと腕の中で暴れていた。僕はギィから離れ、ツルツルの頭をよしよしと撫でた。
「へへへ」
頭を撫でると、ギィは嬉しそうに笑った。
「あのね、あのね、ギィ実は二人に頼み事があるの」
「ん? 何?」
僕はギィからのお願いとはなんだろうと、首を傾げた。
「ギィ、クロエにサヨナラしたい。だから最後にクロエに会いたい。あげたい物がある」
「あげたい物?」
「うん。直接渡したい。どうにかしてまたニンゲンの姿になって、街に行きたい。……ダメ?」
断られると思っているのか、ギィは少し弱々しく、恐る恐る灰冶さんを見上げた。僕も灰冶さんに視線を向ける。灰冶さんは帽子の鍔を持ち上げて、柔らかく微笑んだ。
「私はまだ貴方から貰ったお釣りを返せていないわ。良いわ、そういう事なら手伝ってアゲル。ただし、これが最後よ」
「…………!」
「ヤッタ!」
僕とギィは嬉しさを抑えきれず、灰冶さんに駆け寄り彼に抱きついた。抱きついたと言うより、飛びついたという方が正しく、突然の僕とギィからのタックルに耐えきれず、灰冶さんは僕らに押し倒されて転倒していた。
「ありがとう灰冶さん!」
「ありがとう、ハイジ!」
「もう、白い服がぐちゃぐちゃ。困ったさんねぇ……」
そうは言いながらもクスクスと笑う灰冶さん。僕らも釣られて大声で笑った。
「大丈夫ですか?」
アキラくんに心配されるくらいには、心ここに在らずと言った感じで、ボーッとしていた。
それから一週間はずっと上の空で、ぼんやりとした時間がゆっくりと過ぎて行った。そして、ようやく一週間が経った。たった一週間なのに、凄く遠いように思えた。ずっとギィがどうするのか、ギィは大丈夫なのだろうか。そんなことばかり考えていたせいだ。
僕はゆっくりと支度する灰冶さんを無意識に急かしてしまっていたらしく、灰冶さんに「落ち着きなさい」と、窘められた。灰冶さんはいつもの白いジャケットを羽織り、白い中折帽子を被る。ソワソワとする気持ちを何とか押し殺し、僕らは約束のあの花畑へと向かった。
今日は良い天気で太陽から注ぐ日差しがやけに眩しく見えた。濃いピンクや淡いピンク、そよそよと風に揺れるコスモスの花たちが美しい。少し冷たい秋の風が頬を撫で、まだ少し朧気な眠気を取り払う。そんなコスモス畑を背にしてギィは立っていた。あの丸い頭から生えた長い耳。魔女を彷彿とさせる大きな鼻。ビー玉のようなつぶらな瞳。真ん丸に出た大きなお腹。緑色の皮膚に細い手足。間違いなくギィだ。
僕は急いでギィの傍に駆け寄り、何か言葉を掛けようとした。しかし、何も言葉が出てこない。彼が今ここにいるということは、人間になるという決心をしたからだろう。なんて言えば良い? どうしたら良い?
僕が言葉に詰まっていると、ギィは僕の顔を見上げてニッコリと笑った。
「タクト、久しぶり」
「うん、久しぶり……」
空元気なのか、無理しているのかわからない。それでも彼は僕に笑って見せた。
「あのね、ギィいっぱいいっぱい考えた」
「うん」
「胸が苦しくて痛くて、どうしたら良いかわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで……すっごい長い悪夢を見ていた気分だった」
「うん……」
「それでね、いっぱいいっぱい考えて、ギィ決めたんだ」
「…………」
僕は彼の決意を、覚悟を、静かに聞いた。灰冶さんも黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
「ギィ、ニンゲンになるの辞めた!」
「…………!」
それはあまりに意外な答えだった。ここに来たということは、てっきり人間になりたいから来たものだと思い込んでいた。けれど、ギィが出した答えはそうじゃなかった。
「家族も仲間も故郷もギィには捨てられない。ギィ、バカだからニンゲンとして生きていく自信もない……。デモ、クロエは大切。大切な友達」
ギィはゆっくりゆっくりと言葉を紡いだ。そして、大きく息を吐き、深呼吸して、たっぷりと間を取って、諦めたように悲しい顔で笑った。
「だからギィ、クロエにサヨナラする」
「ギィ……」
その決断がどれだけ辛いものだっただろう。きっと今日まで毎日毎日悩んだだろう。自分のせいで大好きな友達が体調を崩したことをどれだけ責めただろう。きっとそれはギィにしかわからない。
「オデ、このこと絶対二人に言おうって決めてた。デモ、一週間がわからない。だからずっとココにいた。ギィ偉い?」
「……うん、偉いよ、偉いよ……!」
僕は思わずギィを抱きしめた。ここで待つということは、クロエさんを待っていた時と重なってさぞ辛かっただろう。ただ、その答えを僕らに言うために、ずっとここで待っていただなんて。なんて健気で強い子なのだろう。
「うぅ……タクト、苦しい……」
「あぁ、ごめんね!」
ギィを思いっきり抱きしめたせいで、ギィはモガモガと腕の中で暴れていた。僕はギィから離れ、ツルツルの頭をよしよしと撫でた。
「へへへ」
頭を撫でると、ギィは嬉しそうに笑った。
「あのね、あのね、ギィ実は二人に頼み事があるの」
「ん? 何?」
僕はギィからのお願いとはなんだろうと、首を傾げた。
「ギィ、クロエにサヨナラしたい。だから最後にクロエに会いたい。あげたい物がある」
「あげたい物?」
「うん。直接渡したい。どうにかしてまたニンゲンの姿になって、街に行きたい。……ダメ?」
断られると思っているのか、ギィは少し弱々しく、恐る恐る灰冶さんを見上げた。僕も灰冶さんに視線を向ける。灰冶さんは帽子の鍔を持ち上げて、柔らかく微笑んだ。
「私はまだ貴方から貰ったお釣りを返せていないわ。良いわ、そういう事なら手伝ってアゲル。ただし、これが最後よ」
「…………!」
「ヤッタ!」
僕とギィは嬉しさを抑えきれず、灰冶さんに駆け寄り彼に抱きついた。抱きついたと言うより、飛びついたという方が正しく、突然の僕とギィからのタックルに耐えきれず、灰冶さんは僕らに押し倒されて転倒していた。
「ありがとう灰冶さん!」
「ありがとう、ハイジ!」
「もう、白い服がぐちゃぐちゃ。困ったさんねぇ……」
そうは言いながらもクスクスと笑う灰冶さん。僕らも釣られて大声で笑った。
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