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7話目!灰冶の章 夢境の栞
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再び人間の姿になったギィと、僕らは屋敷へ向かった。どうやってクロエさんに会うのかと聞いたら、灰冶さんは悪い顔をして笑うだけだった。
屋敷のベルを鳴らすと前と同じように執事の人が現れて、僕らに一礼してくれた。
「どのようなご用件でしょうか?」
そう丁寧に尋ねる執事の瞳を灰冶さんの黒い眼が捉える。
「クロエさんに会いに来たの。通してもらうわよ」
灰冶さんがそう言うと執事は一瞬、間を空けて、少しぼんやりとしてから、ゆらりと頷いた。
「はい、畏まりました。どうぞこちらへ」
一体どうなってるんだと、僕とギィは不思議そうに灰冶さんを見た。灰冶さんは口元に人差し指を当てて、ニヒルに笑った。
「ちょっとした洗脳よ。大丈夫、前回と同じように屋敷から出たら、彼は私たちのことわ、忘れるわ」
これが神の御業と言うやつか。本当に敵に回したら厄介だなと背筋が凍った。まぁ、敵に回すようなことないと思うけど、多分。
僕らは洗脳された執事に着いて行き、屋敷の中へ足を踏み入れた。屋敷の中に入った瞬間、一瞬、空気がぼんやりとした気がした。
中にいたメイドさんたちが僕らの存在に気付くと、特に怪しんだ様子もなく、にこやかに笑って僕らを出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました! お客様」
「ごゆっくりどうぞ」
「……まさか」
僕はメイドさんたちの反応に違和感を覚え、灰冶さんを見た。
「そのまさかよ。屋敷の中にいる人は全員、私たちを客人だと思うように洗脳したわ。屋敷から出たら、彼女たちも全て綺麗さっぱり忘れるから安心してちょうだい」
「は、はい……」
「ハイジ、すごい! ハイジすごい!」
ギィは特に灰冶さんの存在になんの疑いも持ってないようだけれど、灰冶さんも結構神様の力を隠すことなく、惜しげも無く使うタイプなんだな……。まぁ見せる人にもよるかもしれないけど……。
僕らは執事の案内でクロエさんのいる部屋の前まで来た。執事はクロエさんの部屋のドアをコンコンとノックし、クロエさんの返事を待つ。ノックしてから間もなくして、柔らかい女性らしい声が部屋の中から聞こえた。
「入って」
執事がドアを開けて、僕らを中へ入るよう促してくれる。
「お嬢様にお客様です」
「あら、私に?」
「えぇ、ごゆっくりどうぞ。では、失礼します」
執事は僕らに一礼すると、ドアをゆっくりと閉めて、部屋から出て行ってしまった。
部屋は綺麗に整頓されており、沢山の絵が額縁に飾られていた。本棚には絵に関する本や、織物に関する本がたくさん並んでおり、彼女の趣味が窺える。
そして、煌びやかなベッドの上に彼女はいた。彼女は長く癖のある赤毛を軽くひとつに結っており、青い瞳でギィを見た。ギィはいざ彼女を前にすると、頭が真っ白になってしまったのか、ぎこちない足取りで彼女の傍に近付いた。
「あ……う……お、オデ……」
「…………? はじめまして、よね……?」
ギィに何か感じるものがあるのか、不思議そうに彼を見つめるクロエさん。ギィはたどたどしい口調で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「オデ、クロエにサヨナラを言いに来た……」
「え?」
クロエさんは初めて見る人に急にそんなことを言われ、訳がわからなそうに首を傾げた。
「クロエに初めて会った時、ギィ、ワクワクした。何か絵を描いてて、ドキドキした。毎日、毎日同じ紙に絵を描いてて、ゆっくり紙が彩られていくの、すごく綺麗だった。どんな風に完成するのかなってウキウキした。遠くから見てるだけでも楽しかった。でも、そんなある日、クロエ、オデに話し掛けてくれた。ギィ、嬉しかった。クロエ、ギィのこと怖がらず、優しく接してくれた。友達になった。嬉しかった。絵を教えてくれた。楽しかった。それから毎日、毎日、一緒に遊んで、まるで夢の中みたいだった。ギィ、クロエ好き。クロエ大切な友達。だから、来なくなった時悲しかった。どんなに辛くても毎日クロエ待った。でも、来なかった……。オデ、クロエのこと気になって、街に出て、この二人に助けてもらった」
そこでギィは僕らの方をちらりと振り向いた。ギィの瞳は潤んでいて、今にも泣きそうな顔をしていて、胸が……痛んだ。
「それで、そこで初めてクロエが病気になったこと知った。……――オデのせいで」
「…………」
クロエさんは黙って聞いていたけれど、ギィがギィだと分かっていた筈だ。彼が自身のことをギィと呼ぶのはもちろんだけれど、彼の心情を聞いて確信した筈だ。
「ギィ、悲しかった。ギィのせいでクロエ病気なって、苦しい思いさせた……。ギィ、どうしたら良いかわからなくなった。それで、たくさん泣いて、たくさんたくさん悩んだ……。それで、決めたんだ。ギィ、クロエにサヨナラするって」
「ギィ……」
無意識だろうか。クロエさんは思わずギィの名を呼んでいた。
「だから、ギィ、クロエに最後にこれアゲル」
ギィはポケットから一枚の栞を取り出した。それはぎこちないけど、丁寧に作られた手作りの栞で、真ん中にコスモスの押し花がラミネートされていた。
「ギィ、あの花畑で一番綺麗な花探した。それで、一番綺麗な花見つけていっぱいペッタンコした。これ、クロエにアゲル」
少し不格好だけど、愛情も友情もいっぱい詰まった、世界でたった一つの栞。クロエさんはそれを受け取ると、一つ、二つと、静かに涙を流した。
「クロエ、泣かないで。ギィ、クロエの笑ってる顔が好き。だから、ギィも泣かない」
「ギィ……っ!」
ギィはクロエさんの頭をポンポンと軽く撫でると、クシャッと顔を綻ばせて笑った。ギィの姿が人間の姿から元のゴブリンの姿に戻っていく。魔法が解けたプリンセスのように。
「クロエ、バイバイ」
ギィはニッコリ笑っていたつもりだろう。確かに笑っていた。けれど、涙は溢れ、頬を伝ってポロポロと床に落ちていった。そして、ギィはクロエさんにくるりと背中を向けた。
「ギィ、待って!」
「サヨナラ、クロエ」
クロエさんの制止も聞かず、ギィは逃げるように部屋を飛び出した。
「ギィ!」
クロエさんの声は彼に届いていただろうが、もう二度と、彼女の前には現れなかった。僕らは栞をギュッと握りしめ、泣き崩れる彼女を部屋に残し、静かに部屋の外へ出た。部屋から出ると、クロエさんと同じように泣き崩れるギィの姿があった。二人とも辛いんだ。別れたくないはずなのに、どうしてこんな事になったんだろう……。種族を超えて心が通じ合ったはずなのに……。こんな、こんな――……。
屋敷のベルを鳴らすと前と同じように執事の人が現れて、僕らに一礼してくれた。
「どのようなご用件でしょうか?」
そう丁寧に尋ねる執事の瞳を灰冶さんの黒い眼が捉える。
「クロエさんに会いに来たの。通してもらうわよ」
灰冶さんがそう言うと執事は一瞬、間を空けて、少しぼんやりとしてから、ゆらりと頷いた。
「はい、畏まりました。どうぞこちらへ」
一体どうなってるんだと、僕とギィは不思議そうに灰冶さんを見た。灰冶さんは口元に人差し指を当てて、ニヒルに笑った。
「ちょっとした洗脳よ。大丈夫、前回と同じように屋敷から出たら、彼は私たちのことわ、忘れるわ」
これが神の御業と言うやつか。本当に敵に回したら厄介だなと背筋が凍った。まぁ、敵に回すようなことないと思うけど、多分。
僕らは洗脳された執事に着いて行き、屋敷の中へ足を踏み入れた。屋敷の中に入った瞬間、一瞬、空気がぼんやりとした気がした。
中にいたメイドさんたちが僕らの存在に気付くと、特に怪しんだ様子もなく、にこやかに笑って僕らを出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました! お客様」
「ごゆっくりどうぞ」
「……まさか」
僕はメイドさんたちの反応に違和感を覚え、灰冶さんを見た。
「そのまさかよ。屋敷の中にいる人は全員、私たちを客人だと思うように洗脳したわ。屋敷から出たら、彼女たちも全て綺麗さっぱり忘れるから安心してちょうだい」
「は、はい……」
「ハイジ、すごい! ハイジすごい!」
ギィは特に灰冶さんの存在になんの疑いも持ってないようだけれど、灰冶さんも結構神様の力を隠すことなく、惜しげも無く使うタイプなんだな……。まぁ見せる人にもよるかもしれないけど……。
僕らは執事の案内でクロエさんのいる部屋の前まで来た。執事はクロエさんの部屋のドアをコンコンとノックし、クロエさんの返事を待つ。ノックしてから間もなくして、柔らかい女性らしい声が部屋の中から聞こえた。
「入って」
執事がドアを開けて、僕らを中へ入るよう促してくれる。
「お嬢様にお客様です」
「あら、私に?」
「えぇ、ごゆっくりどうぞ。では、失礼します」
執事は僕らに一礼すると、ドアをゆっくりと閉めて、部屋から出て行ってしまった。
部屋は綺麗に整頓されており、沢山の絵が額縁に飾られていた。本棚には絵に関する本や、織物に関する本がたくさん並んでおり、彼女の趣味が窺える。
そして、煌びやかなベッドの上に彼女はいた。彼女は長く癖のある赤毛を軽くひとつに結っており、青い瞳でギィを見た。ギィはいざ彼女を前にすると、頭が真っ白になってしまったのか、ぎこちない足取りで彼女の傍に近付いた。
「あ……う……お、オデ……」
「…………? はじめまして、よね……?」
ギィに何か感じるものがあるのか、不思議そうに彼を見つめるクロエさん。ギィはたどたどしい口調で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「オデ、クロエにサヨナラを言いに来た……」
「え?」
クロエさんは初めて見る人に急にそんなことを言われ、訳がわからなそうに首を傾げた。
「クロエに初めて会った時、ギィ、ワクワクした。何か絵を描いてて、ドキドキした。毎日、毎日同じ紙に絵を描いてて、ゆっくり紙が彩られていくの、すごく綺麗だった。どんな風に完成するのかなってウキウキした。遠くから見てるだけでも楽しかった。でも、そんなある日、クロエ、オデに話し掛けてくれた。ギィ、嬉しかった。クロエ、ギィのこと怖がらず、優しく接してくれた。友達になった。嬉しかった。絵を教えてくれた。楽しかった。それから毎日、毎日、一緒に遊んで、まるで夢の中みたいだった。ギィ、クロエ好き。クロエ大切な友達。だから、来なくなった時悲しかった。どんなに辛くても毎日クロエ待った。でも、来なかった……。オデ、クロエのこと気になって、街に出て、この二人に助けてもらった」
そこでギィは僕らの方をちらりと振り向いた。ギィの瞳は潤んでいて、今にも泣きそうな顔をしていて、胸が……痛んだ。
「それで、そこで初めてクロエが病気になったこと知った。……――オデのせいで」
「…………」
クロエさんは黙って聞いていたけれど、ギィがギィだと分かっていた筈だ。彼が自身のことをギィと呼ぶのはもちろんだけれど、彼の心情を聞いて確信した筈だ。
「ギィ、悲しかった。ギィのせいでクロエ病気なって、苦しい思いさせた……。ギィ、どうしたら良いかわからなくなった。それで、たくさん泣いて、たくさんたくさん悩んだ……。それで、決めたんだ。ギィ、クロエにサヨナラするって」
「ギィ……」
無意識だろうか。クロエさんは思わずギィの名を呼んでいた。
「だから、ギィ、クロエに最後にこれアゲル」
ギィはポケットから一枚の栞を取り出した。それはぎこちないけど、丁寧に作られた手作りの栞で、真ん中にコスモスの押し花がラミネートされていた。
「ギィ、あの花畑で一番綺麗な花探した。それで、一番綺麗な花見つけていっぱいペッタンコした。これ、クロエにアゲル」
少し不格好だけど、愛情も友情もいっぱい詰まった、世界でたった一つの栞。クロエさんはそれを受け取ると、一つ、二つと、静かに涙を流した。
「クロエ、泣かないで。ギィ、クロエの笑ってる顔が好き。だから、ギィも泣かない」
「ギィ……っ!」
ギィはクロエさんの頭をポンポンと軽く撫でると、クシャッと顔を綻ばせて笑った。ギィの姿が人間の姿から元のゴブリンの姿に戻っていく。魔法が解けたプリンセスのように。
「クロエ、バイバイ」
ギィはニッコリ笑っていたつもりだろう。確かに笑っていた。けれど、涙は溢れ、頬を伝ってポロポロと床に落ちていった。そして、ギィはクロエさんにくるりと背中を向けた。
「ギィ、待って!」
「サヨナラ、クロエ」
クロエさんの制止も聞かず、ギィは逃げるように部屋を飛び出した。
「ギィ!」
クロエさんの声は彼に届いていただろうが、もう二度と、彼女の前には現れなかった。僕らは栞をギュッと握りしめ、泣き崩れる彼女を部屋に残し、静かに部屋の外へ出た。部屋から出ると、クロエさんと同じように泣き崩れるギィの姿があった。二人とも辛いんだ。別れたくないはずなのに、どうしてこんな事になったんだろう……。種族を超えて心が通じ合ったはずなのに……。こんな、こんな――……。
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