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おっさんの家に泊まりにきた話
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「…なんにもないけど、好きにくつろいで構わないよ。」
そうは言われたが、真っ白いフローリングに埋込み型のテレビ、2人がけの新品のようなグレーのソファーは、展示品のようにそこにあって、自分が場違いな感じがして、どうにも落ち着かなかった。
そもそも、このマンション自体が俺とは縁遠い雰囲気だった。なんといっても、海が見える。高いに決まっている。
色々事情はあれど、俺の髪は適当に切られたような品のない茶混じりの金髪で、服は、知り合いから貰った黒パーカーに、年季の入ったジーンズを、どちらもサイズ違いで着ている。改めて自分の見た目を振り返ると、よくおっさんは招き入れたなと不思議に思った。
少し汚れている靴下が、余計居た堪れない気持ちにさせた。
隣の部屋から出てきたおっさんは、キッチン横に突っ立っている俺を見てしばらく考えたのち、ああそうか、と言って、俺を風呂場に案内した。
…そういう訳では無かったが、折角なので借りることにした。
「君が嫌じゃなければ、私の服を貸すが…。」
「…助かる。」
服の替えなど持っているわけがなかった。
おっさんは俺より細身だが、身長はさほど変わらない。
問題なく着れるだろう、と考えながらシャワー室に入った。
パジャマが用意されていた。紺色の綿素材だった。
…まて、下着が無い。ぽたぽたと髪から水が垂れる。
おっさんに…いや…下着は、借りづらい…。
俺は気にしないが、おっさんは嫌かもしれない。
というか、普通は嫌だろう。
しかし、直で履くというのも…。
迷った末、バスタオルを腰に巻いてリビングに戻った。
扉の音を聞いて振り向いたおっさんは、キッチンに寄りかかって、コーヒーを飲んでいた。が、俺を見るなり、カップから口を離して、少し困惑したような顔をした。
「パジャマを置いておいたんだが…気に入らなかったか?」
「あ、いや、…そうじゃねぇけど。…そのまま着ても大丈夫か。」
「ん?……どういう…。」
おっさんはよく、この力の抜けたマヌケな顔をする。
通常のおっさんは、冷えきった社会人というか、厭世的というか、生物らしいエネルギーを感じない。
だけど、たまに見せるマヌケな顔が、年をとった一人の人間であることを思い出させた。
おっさんは、急に思い出したような顔をして、
「あ、そうか、君は寝る時に下着を履かない人なんだね。いいよ、いいよ。気にしないでくれ。」
と言ってきた。いや、だから、そうでは無い。
しかし、体が冷えてきた上に本当は履きたいなどと説明するのも面倒だった。
「あー、ああ。」
そういうことにした。
風呂場に戻って着替え終わったころに、おっさんが入ってきた。
「うーん。いや、やはり、君はガタイがいいね。同じ寝巻でも、こうも見え方が変わるのか…。」
「…まじまじ見んじゃねぇ。大したことねぇよ。おっさんがやせ細っちまっただけだろ。」
「ははは。痩せてる…か。悲しいことに、最近、あまり入らなくてね…揚げ物なんか、好きだったんだが…まあ、見ての通り。」
少しはにかんで、髭を手で擦った。
朝に剃ったであろうおじさんの髭は、ちょうどチクチクする具合に生えていた。
別におっさんはやせ細っている訳では無い。俺より少し肉がないというか、うん。むしろそれがより俳優のようで憎らしい。
「…ん?君は、あまり髭が生えていないね。羨ましいな。…しかも、男は髪型でそれなりに印象が変わるが…君はかなり変わるね。」
おっさんは、俺の乾きかけている髪をそっと触った。
ほんのりとジャスミンの香りがした。
俺はおっさんの腕を掴んでシャツの袖口を嗅いだあと、聞いてみた。
「これ、何の匂い?」
「え?え、匂うのか…!?」
「あ?いや、違ぇ。この、ジャスミンっぽい匂い。…今はコーヒーの匂いも混ざってっけど。」
「えっと……ああ、ジャスミン!よくわかったね。私も忘れていたよ。実は、たまに寝室でお香を焚いているんだ。よく眠れると聞いてね。スーツも寝室に置いているから、匂いを吸ったのかもしれないな。そんなに匂うかい?自分では分からないが…まあ、臭いという訳ではなさそうで良かった。」
なるほど、お香だったのか。なんとなく安心するのも、お香の効果なら納得がいった。
「…一応客間はあるんだが、気に入ったようなら、ちょうど私の寝室で焚いているからそこで寝ても構わないよ。私は客間の方で寝るから安心してくれ。」
そう言ったあと、シャツのボタンを外し始めたので、軽く礼を言って寝室に向かった。
寝室を覗くと、円盤のような間接照明がオレンジ色に光っており、ぼんやりと部屋を映していた。
部屋に入れば、芳しいジャスミンの香りが体を包んだ。
ベッド横の小さな机にお香が置いてあった。
通常のお香の三分の一ほどの長さだった。
ほろりと先端がくずれ、ぱらぱらと小さなお皿に落ちていった。
広々とした部屋にクローゼットと、ベッド、机しか無かった。ビジネスホテルのようだ。
ベッドは…ダブルサイズだろう。座ってみれば、スプリングの軋む音が聞こえた。
さらりとしたシーツに足を置いて、そのまま横になった。
「横になんのは久しぶりだな…。」
少し暖かいジャスミンの香りが体に染み込む。
瞼を瞑れば、穏やかな眠気がカーテンのように頭の中を包み、少しずつ、秒針の音が遠ざかっていった。
そうは言われたが、真っ白いフローリングに埋込み型のテレビ、2人がけの新品のようなグレーのソファーは、展示品のようにそこにあって、自分が場違いな感じがして、どうにも落ち着かなかった。
そもそも、このマンション自体が俺とは縁遠い雰囲気だった。なんといっても、海が見える。高いに決まっている。
色々事情はあれど、俺の髪は適当に切られたような品のない茶混じりの金髪で、服は、知り合いから貰った黒パーカーに、年季の入ったジーンズを、どちらもサイズ違いで着ている。改めて自分の見た目を振り返ると、よくおっさんは招き入れたなと不思議に思った。
少し汚れている靴下が、余計居た堪れない気持ちにさせた。
隣の部屋から出てきたおっさんは、キッチン横に突っ立っている俺を見てしばらく考えたのち、ああそうか、と言って、俺を風呂場に案内した。
…そういう訳では無かったが、折角なので借りることにした。
「君が嫌じゃなければ、私の服を貸すが…。」
「…助かる。」
服の替えなど持っているわけがなかった。
おっさんは俺より細身だが、身長はさほど変わらない。
問題なく着れるだろう、と考えながらシャワー室に入った。
パジャマが用意されていた。紺色の綿素材だった。
…まて、下着が無い。ぽたぽたと髪から水が垂れる。
おっさんに…いや…下着は、借りづらい…。
俺は気にしないが、おっさんは嫌かもしれない。
というか、普通は嫌だろう。
しかし、直で履くというのも…。
迷った末、バスタオルを腰に巻いてリビングに戻った。
扉の音を聞いて振り向いたおっさんは、キッチンに寄りかかって、コーヒーを飲んでいた。が、俺を見るなり、カップから口を離して、少し困惑したような顔をした。
「パジャマを置いておいたんだが…気に入らなかったか?」
「あ、いや、…そうじゃねぇけど。…そのまま着ても大丈夫か。」
「ん?……どういう…。」
おっさんはよく、この力の抜けたマヌケな顔をする。
通常のおっさんは、冷えきった社会人というか、厭世的というか、生物らしいエネルギーを感じない。
だけど、たまに見せるマヌケな顔が、年をとった一人の人間であることを思い出させた。
おっさんは、急に思い出したような顔をして、
「あ、そうか、君は寝る時に下着を履かない人なんだね。いいよ、いいよ。気にしないでくれ。」
と言ってきた。いや、だから、そうでは無い。
しかし、体が冷えてきた上に本当は履きたいなどと説明するのも面倒だった。
「あー、ああ。」
そういうことにした。
風呂場に戻って着替え終わったころに、おっさんが入ってきた。
「うーん。いや、やはり、君はガタイがいいね。同じ寝巻でも、こうも見え方が変わるのか…。」
「…まじまじ見んじゃねぇ。大したことねぇよ。おっさんがやせ細っちまっただけだろ。」
「ははは。痩せてる…か。悲しいことに、最近、あまり入らなくてね…揚げ物なんか、好きだったんだが…まあ、見ての通り。」
少しはにかんで、髭を手で擦った。
朝に剃ったであろうおじさんの髭は、ちょうどチクチクする具合に生えていた。
別におっさんはやせ細っている訳では無い。俺より少し肉がないというか、うん。むしろそれがより俳優のようで憎らしい。
「…ん?君は、あまり髭が生えていないね。羨ましいな。…しかも、男は髪型でそれなりに印象が変わるが…君はかなり変わるね。」
おっさんは、俺の乾きかけている髪をそっと触った。
ほんのりとジャスミンの香りがした。
俺はおっさんの腕を掴んでシャツの袖口を嗅いだあと、聞いてみた。
「これ、何の匂い?」
「え?え、匂うのか…!?」
「あ?いや、違ぇ。この、ジャスミンっぽい匂い。…今はコーヒーの匂いも混ざってっけど。」
「えっと……ああ、ジャスミン!よくわかったね。私も忘れていたよ。実は、たまに寝室でお香を焚いているんだ。よく眠れると聞いてね。スーツも寝室に置いているから、匂いを吸ったのかもしれないな。そんなに匂うかい?自分では分からないが…まあ、臭いという訳ではなさそうで良かった。」
なるほど、お香だったのか。なんとなく安心するのも、お香の効果なら納得がいった。
「…一応客間はあるんだが、気に入ったようなら、ちょうど私の寝室で焚いているからそこで寝ても構わないよ。私は客間の方で寝るから安心してくれ。」
そう言ったあと、シャツのボタンを外し始めたので、軽く礼を言って寝室に向かった。
寝室を覗くと、円盤のような間接照明がオレンジ色に光っており、ぼんやりと部屋を映していた。
部屋に入れば、芳しいジャスミンの香りが体を包んだ。
ベッド横の小さな机にお香が置いてあった。
通常のお香の三分の一ほどの長さだった。
ほろりと先端がくずれ、ぱらぱらと小さなお皿に落ちていった。
広々とした部屋にクローゼットと、ベッド、机しか無かった。ビジネスホテルのようだ。
ベッドは…ダブルサイズだろう。座ってみれば、スプリングの軋む音が聞こえた。
さらりとしたシーツに足を置いて、そのまま横になった。
「横になんのは久しぶりだな…。」
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