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知らないおっさんと寝過ごした話

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死んでいる。
目の前に死体が座っている。
項垂れて、少し癖のある髪が顔を隠している。
その死体は黒いスーツを着ていた。鞄を抱きしめている腕の関節でくしゃくしゃになっているが、艶がある。恐らく高級なスーツなのだろう。
目の前に座っているのは、サラリーマンらしき男だった。
ぼんやりそんなことを考えていると、車内アナウンスが聞こえた。
ああ、そうか。そういえば。
自分が電車にいることを思い出した。
死体かと思ったサラリーマンは、よく見ればゆっくり呼吸をしていた。
やけに白く感じる車内は、寝起きの目によく染みた。
窓は真っ黒だった。
まずい、相当寝過ごしたらしい。
左ポケットのスマホを取り出して、時刻を確認する。
「00:12 」
あぁ、最悪だ。
予定をすっぽかしてしまった。
すまない、タック。
でも、用件言わずに呼び出したお前も悪いよな。大体は予測できるが。
いつまでも俺をだしに使われても困る。
まあ、正直タックはどうでもいい。
問題は俺だ。
どこかに泊まることになりそうだが、金がない。
ちらりと前を見た。
あと少しで終点だが、サラリーマンは起きる気配がない。相変わらず死体のように血の気もなく、静かに目を閉じている。…と思う。目は見えなかった。
また、車内アナウンスが聞こえた。
暫くして、電車が止まった。
頭が冴えないまま立ち上がり、車内から出ようとした。
だが、後ろのサラリーマンが気になった。
振り返れば、まだ項垂れていた。
数秒迷ったが、声をかけることにした。
「おい。終点…だけど。大丈夫か。」
同時に肩を少し揺らした。
すると、小さくうめき声が聞こえた。起きたか、と思っていたら、がばっと顔がこちらを向き、バッチリ目が合った。沈黙が流れる。
「ひな……」
「ひな?」
「…じゃない。いや、すまない…。まて、ここは何処だ…。」
突然目覚めたサラリーマンは表情一つ変えずに慌てていた。
「終点だから降りるぞ。」
そう言って、サラリーマンの腕を掴むと少し強引に電車を降りた。…意外と腕がしっかりしている。
「すまない…。では、これで…。」
やや強面の表情でそう告げて去ろうとしたので、なんとなく見送りそうになったが、はっと思い出し、慌てて腕を掴み引き止めた。
「あ、っ…ごめん…おっさん。あの…泊めてくれねぇか?」
家に帰れない上に、金のない俺は咄嗟にそう言った。
「え?」
とぼけた顔で固まってしまった。それでもだらしなく見えないのは、古参の俳優のような整った顔立ちをしているからかもしれない。
「そうか…君は寝過ごしたのか。」
「ま、まぁ…。」
「構わないよ。君1人くらい。…私も寝過ごしてしまってね。一緒にタクシーに乗ろう。」
「ここから10何分かで着く。」
「…すまねぇ。助かる。」
会話をしたせいか、おっさんの顔にしまりが出てきた。
少し痩せているが、それがかえってミステリアスなイケメン…いや、イケメンというには歳をとっているが、とにかく、なんとも目を引く風貌だった。
おっさんの外見をなんとなく観察していると視線に気づいたようで、片眉をあげながら、どうしたの、と聞いてきた。少し掠れた低音が背中をざわつかせる。
なんでもない、と答えて、そそくさと改札を出た。

車内では特に変わった出来事はなかったが、ジャスミンのような、おっさんの匂いがなかなか気に入って、…いや、語弊があるかもしれない。“香水”の匂いが気に入って、後で何を使っているのか聞いてみようと思った。
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