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第三章 翔との別れ

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「なぁ、美輝。お前はちゃんと、お母さんに伝えたのか?」

 翔の瞳が私を真っ直ぐに射抜く。隣にいた京ちゃんも、心配そうに私を見つめる。

「ミッキー。どうか、後悔しないように、お母さんとちゃんと話した方がいいよ。ミッキーは、私とは違ってまだ、チャンスがあるんだから」

 重みのある京ちゃんの言葉を振り切ってまで拒否することなど、出来なかった。

「わ、かった。掛けてみる」

 喉をゴクリと鳴らし、生唾を飲み込む。

 着歴を押そうとして、そうだ。ここからは探せないってことに気づき、アドレスからお母さんの番号を検索する。

 誰に掛けるよりも、緊張する。

 指が震え、じわりと額に汗が滲む。番号を押してから電話がかかるほんの僅かな時間でさえ逃げ出したくなり、通話音に切り替わると心臓がバクバクと高波のように次から次に押し寄せてくる。

『ガチャッ』という電子音と共に、勢い良く喋り出す。

「も、もしもしお母さん、私」
『ただいま、電話に出ることが出来ません。ピーッと鳴りましたら』

 無機質な機械の声にハッとし、肩をガクリと落とす。

 考えてみれば、すぐに分かることだったのに。何を、期待してたんだろう。

 ブチッと通話を切ると、「あ!」と翔が叫んだ。

「何してんだ! いないなら、せめて留守電にでも」
「そうだよ、そしたらきっとミッキーのお母さんもそれを聞いて」

 畳み掛けるように京ちゃんも同調してきて、私の抑え込んでいた感情が噴き出した。

「煩いなぁ! もうっ、いいって言ってるでしょ!!」

 荒げた声に、京ちゃんが「ごめん」と小さく呟いて肩を震わせ、翔も黙り込む。

 なに私、ふたりに八つ当たりしてんだろう。

「ごめん」

 惨めな気分になり、ハァーッと重い息を吐き出す。気まずい沈黙が降りてきて、私たちを黒く染めていく。

「今残っている生徒たちは、舞台前に集合して下さい」
 
 スピーカーからの呼びかけが、救いの声のように思えた。

「行こうか」
「うん」
 
 私たちは惨憺さんたんたる気持ちを引き摺ったまま、舞台前へと向かった。

 そこには既に、出口に立っている中西先生以外の教職員がずらりと並び、その先頭に校長先生が立ち、マイクを手にしていた。

「現在残っている生徒の数を今一度確認しますので、学年別に並んで下さい」

 言われて、私たちは2年生の列に並ぶ。

「あれ? 健一がいない」

 そう言ってから翔はまだ座り込んでいる健一に気づき、連れてくるために列を抜けた。

 2年生の列には、私を含めて4人、翔と健一を含めても6人しかおらず、1年生は4人、3年生はわずか2人だけだった。

 全校生徒は確か360人だから、30分の1の生徒しか残っていないことになる。

 翔が健一の手を引っ張って戻ってきた。健一の顔は青いというよりも土気色で虚ろな表情をしていて、胸が痛んだ。いつも冗談言ってみんなを笑わせるムードメーカーの健一がこんな風になるなんて、誰も想像しなかった。
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