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理性と本能の鬩(せめ)ぎ合い
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大和の挨拶が終わり、いよいよ開演となった。
1曲目はいつものコンサートと同じ黒のタキシードを着た秀一が登場し、観客の熱狂が舞台を轟かせる。
秀一はマイクを持ち、皆に挨拶した。
「 本日は私のコンサートに足を御運び下さり、ありがとうございます。
今回のツアーテーマは『Daily Life』です。クラシック音楽というと高尚なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、恋人や家族への愛情、失恋の痛み、苦悩、葛藤、または自然への崇拝はいつの時代の人間も持っている感情です。コンポーザー(作曲家)たちがそれぞれの想いを込めて創りあげた曲は、時代を超えて愛され、受け継がれていくものと信じています。
それは決して非日常の特別な場面を切り取ったものではなく、 日常生活の中にあるもの、つまり『Daily Life』、それを皆さまに感じて頂ければ嬉しく思います」
大歓声と拍手に包まれ、秀一が優美にお辞儀をする。一瞬で観客を魅了してしまう彼の周りには、はっきりとオーラが見えるかのようだった。
椅子に腰掛け、ジャケットのボタンを外し、秀一が静かに指を鍵盤の上に置く。
先ほどまでの喧騒が途端になりを潜め、静かに息を詰めて聴衆達が見守る。
秀一が1曲目に選んだのは、セルゲイ・ラフマニノフ作曲「前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2」。通称「鐘」もしくは「鐘のプレリュード」と呼ばれ、ラフマニノフの最も有名なピアノ曲の一つでもある。
ラフマニノフの楽曲によくあるような手が大きくなければ厳しい和音や、指の間を広げなければいけないアルペジオだとか、そういった高度な技術は要求されない。だが、冒頭と後半の和音の移動が難しく、同じパターンが続くので強弱のつけ方に神経を使い、同じ和音のようで中間の音が一個違いのものもある。ある意味、演奏者の腕が試される曲ともいえる。
大和は、舞台上の秀一を見つめた。
ダーン、ダーン、ダーン……
鐘を思わせる印象的なモチーフで曲が幕を開ける。少し間を置くことにより鐘の音が反響して広がり、この陰鬱さが何かの始まりを予感させ、期待を高まらせる。
脳裏に、静かに鐘が反響していく様子がくっきりと浮かび上がる。
低かった音が、徐々に上がっていく。続いて同じフレーズが1オクターブ上で繰り返され、緊張感が上昇する。
な、んだ……この、感じ。
聴いている大和の鼓動まで、次第に速くなるようだった。
クライマックスに向かい、一気に階段を上り詰めていく旋律。そして上り詰めた先から、一気に転げ落ちていくような劇的な転落。再び冒頭部のフレーズへと戻るが、先程とは違い、ドラマティックな感情の乱れを含み、激しく打ち鳴らされる。まるで遠くに響いていた鐘が、頭の中で鳴り響いているかのように感じる。
大和の全身に、電気が走っているかのような震えが走った。
やがて鐘の音が徐々に遠ざかっていく。意識が薄れていくように音が収縮していき、曲は幕を閉じた。
大和は拍手も忘れ、秀一の演奏に圧倒されて呆然とした。
ピアノもクラシックもよく分からない大和だったが、秀一が才能溢れるピアニストであることは、全身に鳥肌が立つ程に感じた。躰中の血液が滾り、興奮していることを、認めざるをえなかった。
全ての演奏を聴き終えた大和は、なぜ秀一がこれまでに二度もクラシック界を離れていながらも尚、多くのファンを魅了し続け、その復帰が騒がれたのかを肌で感じた。
『天才』ってのは、こういう奴のことを言うんだな……
生まれ持った天賦の才能を感じずにはいられない。
秀一が鍵盤に指を触れた途端、曲の世界が鮮やかな色彩を持って広がり、風や匂い、そこに込められた感情までもが胸の奥深くまで入り込んでくるのを感じた。演奏だけではなく、秀一には人を惹きつけるカリスマ性もあった。
ピアノを弾きながら、秀一は聴衆達に様々な表情を見せた。
憂い、切なさ、愛情、慈悲、感謝、蔑み、絶望、憐れみ、幸福……
それは、美姫のデザインした衣装によって、より鮮烈な印象をもたらした。
ビジネスとしてこの企画は成功したと言えるが、美姫を争っていたライバルの男としては、格の差をはっきりと見せ付けられ、挫折感を味わった。
1曲目はいつものコンサートと同じ黒のタキシードを着た秀一が登場し、観客の熱狂が舞台を轟かせる。
秀一はマイクを持ち、皆に挨拶した。
「 本日は私のコンサートに足を御運び下さり、ありがとうございます。
今回のツアーテーマは『Daily Life』です。クラシック音楽というと高尚なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、恋人や家族への愛情、失恋の痛み、苦悩、葛藤、または自然への崇拝はいつの時代の人間も持っている感情です。コンポーザー(作曲家)たちがそれぞれの想いを込めて創りあげた曲は、時代を超えて愛され、受け継がれていくものと信じています。
それは決して非日常の特別な場面を切り取ったものではなく、 日常生活の中にあるもの、つまり『Daily Life』、それを皆さまに感じて頂ければ嬉しく思います」
大歓声と拍手に包まれ、秀一が優美にお辞儀をする。一瞬で観客を魅了してしまう彼の周りには、はっきりとオーラが見えるかのようだった。
椅子に腰掛け、ジャケットのボタンを外し、秀一が静かに指を鍵盤の上に置く。
先ほどまでの喧騒が途端になりを潜め、静かに息を詰めて聴衆達が見守る。
秀一が1曲目に選んだのは、セルゲイ・ラフマニノフ作曲「前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2」。通称「鐘」もしくは「鐘のプレリュード」と呼ばれ、ラフマニノフの最も有名なピアノ曲の一つでもある。
ラフマニノフの楽曲によくあるような手が大きくなければ厳しい和音や、指の間を広げなければいけないアルペジオだとか、そういった高度な技術は要求されない。だが、冒頭と後半の和音の移動が難しく、同じパターンが続くので強弱のつけ方に神経を使い、同じ和音のようで中間の音が一個違いのものもある。ある意味、演奏者の腕が試される曲ともいえる。
大和は、舞台上の秀一を見つめた。
ダーン、ダーン、ダーン……
鐘を思わせる印象的なモチーフで曲が幕を開ける。少し間を置くことにより鐘の音が反響して広がり、この陰鬱さが何かの始まりを予感させ、期待を高まらせる。
脳裏に、静かに鐘が反響していく様子がくっきりと浮かび上がる。
低かった音が、徐々に上がっていく。続いて同じフレーズが1オクターブ上で繰り返され、緊張感が上昇する。
な、んだ……この、感じ。
聴いている大和の鼓動まで、次第に速くなるようだった。
クライマックスに向かい、一気に階段を上り詰めていく旋律。そして上り詰めた先から、一気に転げ落ちていくような劇的な転落。再び冒頭部のフレーズへと戻るが、先程とは違い、ドラマティックな感情の乱れを含み、激しく打ち鳴らされる。まるで遠くに響いていた鐘が、頭の中で鳴り響いているかのように感じる。
大和の全身に、電気が走っているかのような震えが走った。
やがて鐘の音が徐々に遠ざかっていく。意識が薄れていくように音が収縮していき、曲は幕を閉じた。
大和は拍手も忘れ、秀一の演奏に圧倒されて呆然とした。
ピアノもクラシックもよく分からない大和だったが、秀一が才能溢れるピアニストであることは、全身に鳥肌が立つ程に感じた。躰中の血液が滾り、興奮していることを、認めざるをえなかった。
全ての演奏を聴き終えた大和は、なぜ秀一がこれまでに二度もクラシック界を離れていながらも尚、多くのファンを魅了し続け、その復帰が騒がれたのかを肌で感じた。
『天才』ってのは、こういう奴のことを言うんだな……
生まれ持った天賦の才能を感じずにはいられない。
秀一が鍵盤に指を触れた途端、曲の世界が鮮やかな色彩を持って広がり、風や匂い、そこに込められた感情までもが胸の奥深くまで入り込んでくるのを感じた。演奏だけではなく、秀一には人を惹きつけるカリスマ性もあった。
ピアノを弾きながら、秀一は聴衆達に様々な表情を見せた。
憂い、切なさ、愛情、慈悲、感謝、蔑み、絶望、憐れみ、幸福……
それは、美姫のデザインした衣装によって、より鮮烈な印象をもたらした。
ビジネスとしてこの企画は成功したと言えるが、美姫を争っていたライバルの男としては、格の差をはっきりと見せ付けられ、挫折感を味わった。
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