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SS4 「あなたがいれば、さみしくない」
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美姫が幼稚舎、秀一が高校生の時にお祭りに行った際のエピソードです。
美姫は家政婦の佐和に最近両親から買ってもらった浴衣を着せてもらい、待ちきれないとばかりにソワソワした様子で玄関を行ったり来たりしていた。
はやくおとーさまとおかーさま、かえってこないかなぁ......
美姫は今まで祭りに行ったことがなく、幼稚舎の友人から祭りの話を聞き、両親に尋ねたところ、連れて行ってもらえることになったのだった。
ゆーちゃんが、おまつりはおいしいものやたのしいことがたぁくさんあるっていってた。たのしみだなぁ♪
幼稚舎で最近習った歌を歌いながら玄関に置いてある下駄に足を通し、扉の前で今か今かと待っていると、突然電話が鳴った。
キッチンで洗い物をしていた佐和のパタパタというスリッパの足音が遠くに聞こえた。美姫は幼心にも嫌な予感を感じ、草履を揃えもせずに脱ぐと、電話へと駆けて行った。
佐和は美姫の姿を認めると、苦しげに眉を顰めた後、いつもよりも低い声で話しかけた。
「お嬢様、旦那様がお話があるそうです」
美姫はドキドキしながら電話を受け取った。
「お、とーさま?」
電話の向こうの美姫の父、誠一郎は一瞬喉を詰まらせたかのようになり、その後、宥めるような声音で言った。
『美姫。今日の祭りなんだが......急な仕事で行けなくなったんだ。本当に、すまない......』
「え......」
おまつりに、いけない......?
美姫の発したひとことで娘の落胆ぶりを感じ取った誠一郎は、慌てたように言葉を重ねた。
『あ、あぁぁぁ...すまない、美姫。祭り、楽しみにしてたのにな......その代わりといってはなんだが、今度家族で遊園地に行こう。な、美姫がずっと行きたいって言ってたネズミーランドはどうだ? 美姫の大好きなプリンセスがいっぱいいるぞ。
は、花火が見たいならいっぱい花火買ってきて、社で花火大会でもするか?』
美姫は父が自分のために必死に娘の機嫌を取ろうとしていることに、小さな胸を痛めた。
先日も動物園に連れていくといいながら、出かけるすんでにトラブルがあったと連絡があり、会社へ戻ることになったことがあったばかりだ。父も母も美姫のためになんとか家族の時間を作ろうと努力をしているのは、美姫も幼いながらに理解していた。
「おとーさま」
『な、なんだ?美姫?』
「ネズミーランドでキラキラのパレードがみたいな」
『よし、よぉし、絶対に次こそは美姫を連れて行ってやるからな。約束だぞ』
「はい、おとーさま」
少しの沈黙の後、誠一郎がポツリと言った。
『......すまない、美姫』
「おとーさま、おしごとがんばってね」
隣に立ってふたりの会話を聞いていた佐和はエプロンで涙を拭った。
住み込みで美姫の世話をしている佐和は、美姫を娘同然のように可愛く思っていた。その美姫の健気な姿を見ていると、胸が苦しくなる。
美姫は電話を終えると佐和に受話器を渡した。
「さわさん。きょう、ゆかたきたままねてもいい? おとーさまたちにみせたいの」
その言葉にまた胸にグッと込み上げてくるものを感じつつ、佐和は笑顔を作った。
「えぇ、もちろんですわ。
......お嬢様、一緒にお祭り行きますか?」
美姫は一瞬顔を見上げたが、首を振った。
「ううん、もう...いいの」
その瞳は寂しげだった。
ピンポーン♪
インターホンが鳴り、ふたりして顔を見合わせた後、佐和が出た。
「はい...」
『こんばんは、秀一です』
その声を聞いた途端、美姫は玄関へと走り出した。
「しゅーちゃん!」
美姫は浴衣なのも構わず、秀一に抱きついた。
「美姫、その金魚柄の浴衣、とても似合っていますよ。可愛いですね」
秀一の言葉を聞き、今まで両親が来られなくなって落胆していた気持ちが一気に明るくなった。
「しゅーちゃん、おねがい! みきとおまつりにいって! おとーさまもおかーさまもおしごとでいけなくなっちゃったの」
秀一は美姫をそっと床へと下ろすと自分も腰を落とし、美姫の目線に合わせて微笑んだ。
「えぇ、そのつもりですよ」
秀一の手には、浴衣の入った紙袋があった。
美姫は家政婦の佐和に最近両親から買ってもらった浴衣を着せてもらい、待ちきれないとばかりにソワソワした様子で玄関を行ったり来たりしていた。
はやくおとーさまとおかーさま、かえってこないかなぁ......
美姫は今まで祭りに行ったことがなく、幼稚舎の友人から祭りの話を聞き、両親に尋ねたところ、連れて行ってもらえることになったのだった。
ゆーちゃんが、おまつりはおいしいものやたのしいことがたぁくさんあるっていってた。たのしみだなぁ♪
幼稚舎で最近習った歌を歌いながら玄関に置いてある下駄に足を通し、扉の前で今か今かと待っていると、突然電話が鳴った。
キッチンで洗い物をしていた佐和のパタパタというスリッパの足音が遠くに聞こえた。美姫は幼心にも嫌な予感を感じ、草履を揃えもせずに脱ぐと、電話へと駆けて行った。
佐和は美姫の姿を認めると、苦しげに眉を顰めた後、いつもよりも低い声で話しかけた。
「お嬢様、旦那様がお話があるそうです」
美姫はドキドキしながら電話を受け取った。
「お、とーさま?」
電話の向こうの美姫の父、誠一郎は一瞬喉を詰まらせたかのようになり、その後、宥めるような声音で言った。
『美姫。今日の祭りなんだが......急な仕事で行けなくなったんだ。本当に、すまない......』
「え......」
おまつりに、いけない......?
美姫の発したひとことで娘の落胆ぶりを感じ取った誠一郎は、慌てたように言葉を重ねた。
『あ、あぁぁぁ...すまない、美姫。祭り、楽しみにしてたのにな......その代わりといってはなんだが、今度家族で遊園地に行こう。な、美姫がずっと行きたいって言ってたネズミーランドはどうだ? 美姫の大好きなプリンセスがいっぱいいるぞ。
は、花火が見たいならいっぱい花火買ってきて、社で花火大会でもするか?』
美姫は父が自分のために必死に娘の機嫌を取ろうとしていることに、小さな胸を痛めた。
先日も動物園に連れていくといいながら、出かけるすんでにトラブルがあったと連絡があり、会社へ戻ることになったことがあったばかりだ。父も母も美姫のためになんとか家族の時間を作ろうと努力をしているのは、美姫も幼いながらに理解していた。
「おとーさま」
『な、なんだ?美姫?』
「ネズミーランドでキラキラのパレードがみたいな」
『よし、よぉし、絶対に次こそは美姫を連れて行ってやるからな。約束だぞ』
「はい、おとーさま」
少しの沈黙の後、誠一郎がポツリと言った。
『......すまない、美姫』
「おとーさま、おしごとがんばってね」
隣に立ってふたりの会話を聞いていた佐和はエプロンで涙を拭った。
住み込みで美姫の世話をしている佐和は、美姫を娘同然のように可愛く思っていた。その美姫の健気な姿を見ていると、胸が苦しくなる。
美姫は電話を終えると佐和に受話器を渡した。
「さわさん。きょう、ゆかたきたままねてもいい? おとーさまたちにみせたいの」
その言葉にまた胸にグッと込み上げてくるものを感じつつ、佐和は笑顔を作った。
「えぇ、もちろんですわ。
......お嬢様、一緒にお祭り行きますか?」
美姫は一瞬顔を見上げたが、首を振った。
「ううん、もう...いいの」
その瞳は寂しげだった。
ピンポーン♪
インターホンが鳴り、ふたりして顔を見合わせた後、佐和が出た。
「はい...」
『こんばんは、秀一です』
その声を聞いた途端、美姫は玄関へと走り出した。
「しゅーちゃん!」
美姫は浴衣なのも構わず、秀一に抱きついた。
「美姫、その金魚柄の浴衣、とても似合っていますよ。可愛いですね」
秀一の言葉を聞き、今まで両親が来られなくなって落胆していた気持ちが一気に明るくなった。
「しゅーちゃん、おねがい! みきとおまつりにいって! おとーさまもおかーさまもおしごとでいけなくなっちゃったの」
秀一は美姫をそっと床へと下ろすと自分も腰を落とし、美姫の目線に合わせて微笑んだ。
「えぇ、そのつもりですよ」
秀一の手には、浴衣の入った紙袋があった。
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