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SS7 「うれしいひな祭り」

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 美姫が幼稚舎、秀一が高校生の時の話です。


 佐和は白の小袖を着た美姫に紺の袴を着せ、続いて薄ピンクの着物の袖を通し、紐を後ろから回して腰で蝶結びにした。続いて表着となる赤い着物を重ねて紐をかけ、上から唐衣を被せる。

「重くないですか?」
「ううん、だいじょーぶ!」

 美姫に十二単を着付け終えると、佐和はにっこりと微笑んだ。

「さぁ、出来ましたよ」

 子供用なので簡易ではあるが、それでも見た目は立派な十二単で、それに合わせてほんのりと薄化粧をほどこした美姫はまるで雛人形のように愛らしかった。

 産まれた時から側に使える佐和は、美姫の成長ぶりに目を細め、頬が緩んだ。それと同時に、思わず目頭が熱くなり、中指の先で目頭をそっと押さえた。

「ありがとぉ、さわさん」

 くるりと振り返って大きな瞳をキラキラさせた美姫は、屈託ない笑顔で笑った。

 今日は3月3日、雛祭り。

 自宅に友人を招いてパーティーしようと言い出したのは美姫の父親、誠一郎の提案だった。いつも仕事で忙しく、なかなか娘と一緒にいる時間がないのだが、今年は雛祭りが土曜日にあたったため、なんとか仕事を調整して休みにすることが出来たので、せっかくの機会だから娘の友人とも交流をはかりたいと考えたのだった。

「さ、お父様とお母様にも可愛い姿を見せてあげて下さいな」
「うん!いってくる!!」

 美姫は勢い良く飛び出し、出て行った。

 コンコンと夫婦の寝室を美姫がノックすると、母の凛子がドアを開けた。

「まぁ、美姫。とっても可愛いですよ」

 凛子の声を聞き、誠一郎も整えていた髪を中途半端なままで投げ出してドアまで急いでやってきた。

「ほぉ、本当にうちのお姫様は何を着ても似合うなぁ」
「ふふっ、しゅーちゃんもかわいいっていってくれるかなぁ?」

 期待に胸を膨らます美姫を目の前に、一瞬誠一郎はハッとし、それから美姫の視線まで腰を落として肩に手を置いた。

「美姫、秀一は今日はお仕事が入ってて来られないんだ」

 美姫は明らかに落ち込んだように俯いたが、顔を上げた時にはそんな様子は微塵も見せることなく笑顔をつくった。

「そっか、おしごとだもんね。
 でもきょうはおとーさまもおかーさまもいるし、かおちゃんややまとくん、りょーちゃんもきてくれるっていってたから、うれしいな!」

 まだこんなに幼いにも関わらず、大人の事情を察して自分の心情を呑み込んでしまう癖が身についてしまった美姫。自分たちも今まで美姫に、どれだけこんな思いをさせてきたのだろうと、凛子は胸が詰まる思いだった。

 凛子は美姫の小さな手を取った。

「さ、お友達ももうそろそろ見える頃だから、行きましょうか。私たちはまだここで少しだけお仕事しますけど、皆が揃ったら下に下りていきますので」
「はい、おかーさま」

 美姫は嬉しそうにニッコリ笑った。
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