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SS7 「うれしいひな祭り」

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 最初に訪れたのは、ばあやに伴われた薫子だった。

「かおちゃん、かわいー!」

 薫子は薄桃色に桃の花を散らした着物に象牙色の帯に金の紐を締め、雛祭りらしい装いをしていた。

「ふふっ、みーちゃんのほうがかわいいよ。おひめさまみたい」
「ううん、みきね、きょうはおひなさまなの!!」

 二人の可愛らしい鈴が鳴るような声が響く中、ばあやは目尻を下げて二人を微笑みながら見つめた。

「ほんとに、可愛らしいこと。華やかでいいですねぇ」

 それは、佐和に向けてというよりは一人でしみじみと感想を述べたような響きがあった。しばらく美姫と薫子のやりとりを見届けてから、ばあやは深く腰を折った。

「それでは、私はあとでお迎えに参りますので、どうぞお嬢様をよろしくお願い致します」
「まぁ、せっかくあがっていかれたらどうですか。旦那様と奥様も喜びますし」
「いえいえ、私がおりますと薫子様がお時間を気になされてしまいますので。私も寄りたいところがございますので」
「そうですか、では……」

 ばあやは薫子にお辞儀をすると、玄関を出て行った。

「かおちゃん、こっちであそぼー!」

 美姫は立派な七段飾りの雛人形が飾られたリビングルームに薫子を案内すると、そこにお人形を持ち込んで遊び始めた。

 すると、またインターホンが鳴らされる。

 遊んでいる二人に気を遣って佐和がひとりで出迎えに行こうとすると、そのあとを手をつないだ美姫と薫子が追いかけてきた。そんな二人の様子が微笑ましく、思わず佐和は口元を緩めた。
 
 玄関を開けると、大和と大和の一番上の兄である大地が入ってきた。

 美姫の家に集まる時は大抵運転手を寄越していたが、そうでない時は大抵大地が大和の送迎をしていた。今までに何度か遊びに来たことはあったが、衆議院議院をしている大和の父はおろか、母とも佐和は一度も顔を合わせたことがなかった。

「大地さん、いつもすみません」
「いえ、こちらこそいつもありがとうございます。帰りは何時頃に迎えに来ればいいですか」
「帰りはこちらでお送りしますので、大丈夫ですよ」
「そうですか?ではお言葉に甘えて……よろしくお願いします」

 大地は高校生とは思えぬ落ち着きがあったが、秀一のような隙のない完璧な感じではなく、穏やかで温かな雰囲気を醸し出していた。

 大地は佐和の後ろに立っている美姫と薫子に笑顔を向けた。

「お、今日はお雛様がふたりも揃ってるなぁ」

 美姫はタッタ……と大地の前まで来ると、くるりと回って見せた。大地がそんな美姫の頭を撫でる。

「おぉ、可愛い可愛い」

 その様子を薫子は佐和の後ろからじっと見つめ、大和はぽかんと眺めている。

 「だいおにーちゃまも、ひなまつりぱーてぇーきてよぉ!」

 美姫は大地の裾を握り、瞳を真っ直ぐ見つめて訴えた。

「うーん、行きたいんだけどなぁ。これから大学のサークルがあって、出かけないといけないんだ」
「サークル?あ、みきしってるよ。まるのことでしょ!」
「え?あはは……確かにCircleは丸だけど、そのサークルとは違うんだよ。お友達とこれから集まるんだ」
「じゃあ、そのおともだちもここによんでいいよ!」

 美姫の無邪気な誘いに、大地が困惑する。

 そこへ佐和が助け舟を出した。

「大地さんはこれからやらないといけないことがあってお忙しいそうですから、また今度来ていただきましょう」

 佐和の言葉に少し残念そうな顔を見せるものの、美姫はすぐに気をとりなおすと小指を出した。

「だいおにいちゃま、おやくそくしてくれる?」

 可愛いおねだりに、大地は思わず微笑んだ。小指をからまそうとすると、大和が美姫の手をとる。

「なぁ、はやくあそぼうぜ」
「え、ちょっ……まってよ、やまとくん!」

 靴を脱いで玄関をあがると、美姫を引っ張って先導するようにリビングへと向かう。大地はそんな大和の様子を見てプッと吹き出すと、軽く佐和にお辞儀をして出て行った。
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