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第四章 「チェストー!ズ」始動

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 座っていた海くんが立ち上がり、皆に紙を配った。

「大会主催者から、練習計画が出た。これでようやく、ボートを使っての実践練習が出来る」

 それを聞き、勇気くんがガッツポーズした。

「よっしゃー! 気合い入れるがよ!!」

 私たちの練習日は7月25日(水)、29日(日)、31日(火)と8月3日(金)の4回だった。平日は18時、日曜は10時になる。4回で果たして仕上がるのか不安はあるけど、どのチームも公平に同じ回数だけ練習日があるので、文句は言えない。

 配られた紙を見てから、勇気くんが「あー」と言った。

「平日はラグビー部あるけ、ちょっと遅れるかもしれん」

 それをきっかけに、他の子も口を開く。

「俺は29日は親戚ん家行くから、無理だがよ」
「あたしは、8月1日から3日まで夏トライ行くから3日は無理ね」
「あ、俺も!」

 郁美も申し訳なさそうに肩を竦めた。

「あたしも8月3日は後輩がインハイでカヌー競技に出るから、部のみんなで応援するつもりだがよ。その日は松元先生も来られんで、誰か別の人に頼むことになると思う」

 せっかくの実践練習だから全員揃った方がいいけど、夏休みでみんなそれぞれ予定があるし、強制は出来ないよね……

 そう思っていると立ったままの海くんが壁をバンッと叩き、みんなの視線が集中する。

「お前ら、やる気あるのか? これまでも全然練習できなくて、ようやくボートが漕げるってのに、全員で練習しなきゃ意味ないだろ!!」

 シーンとなった後、勇気くんが海くんを睨みつけた。

「んなこと言ったって、仕方ないが。俺だってボートやりたくても、ラグビー部の練習サボれんが。うちん部は県でも有数の強豪校やど。8月19日に大会があるけー、みんな必死に練習きばっとるがよ。そんな中、ひとり抜けたらどうなる?」
「ラグビーの大会なんて、年に何回もあるだろ。ドラゴンボートの大会は年に1度しかないんだぞ。それに、このチームでやれるのは今年しかないんだ!」
「年に何回試合があろーが、どの試合も大切に決まっとろーが! 俺たちは毎日そんために厳しい練習に耐えとんが!!」

 勇気くんに加勢するように、他のメンバーたちも次々に不満をぶち撒けた。

「海はひとり突っ走りすぎが! こんなスパルタじゃ誰もついてこんね!!」
「俺ぁ、もっと楽しい感じでやりたかったが。こんなんじゃ、全然つまらんし、もうやめたいが!」
「……あたしたち、名前だけでいいからって言われて補欠で入ったのに、実際は休んだ人の穴埋めするために必死に練習させられて……ほんとに大会出ることになっても足引っ張るだけやで、困るがよ」

 海くんを囲んでどんどん険悪な雰囲気になっていく。そこへ、郁美が間に割って入った。

「海くんがチームリーダーで張り切っとるのは分かるけど、みーんなそれぞれ予定があるんよ。部活もそうやし、進学目指してる子は今から必死に勉強せなならんがよ。みんな練習したい気持ちはあるけど、どうにもならんこともあるがよ」

 海くんは拳を震わせて、俯いた。

「このチームで、優勝したくないのかよ……ちゃんと練習しないと、結果残せないだろ!!」

 そこへ突然襖がバンッと開いた。

「みんな、きばっとるがー。ほれ、ジュース持ってきてやったがよ!!」

 場違いとも思えるほど明るいおばさんの声に、救われた気がした。
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