矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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動揺

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「なになにー? おめーら、付き合ってたのぉー?」

 突然遠くから掛けられた呼び声にビクッとすると、夕陽に照らされた大きな黒い塊が近づいてくるのが見えた。

 私たちの近くで影が停まり、ようやくそれが自転車に乗った赤井くんだと認識できた。巨体で小さなマウンテンバイクに乗る赤井くんは、本当に申し訳ないんだけど、サーカスで三輪車に乗る熊を連想せずにはいられない。赤のニットを着てるのも、余計にそれを思い起こさせた。

 うわっ、最悪……塩沼公園、絶対失敗。こんなに人に会うなんて……

 赤井くんはニタニタと厭らしい顔を浮かべ、私たちを交互に見てきた。

「そ、そんなんじゃねーよ!」

 矢野くんが、顔を真っ赤にして反論する。

 そう、確かに私たちは付き合ってない。告白されて、顔を合わせてるという状況だ。でもそれを説明したところで、赤井くんの興奮が更にヒートアップするだけであろうことは簡単に予想がついた。

 私は黙秘を決め込むことにし、ただただ俯いて赤井くんと目を合わせないようにした。この嵐が早く過ぎ去ることを祈って。

「いやぁ、お前らが付き合ってたとはなー。そうかそうかー。
 あ、水嶋さんって意外におっぱい大きいの知ってた? だからお前、好きになったのか?」

 顔から火が出て、真っ黒焦げになる。

 一瞬で蘇る私の黒歴史、赤井くんのあの言葉……もう、ほんとにヤダ。そんなこと、矢野くんの前で言うなんて、信じられない……

 まだ赤井くんは去ろうとしない。

「もういいから、帰れよ!」

 矢野くんが立ち上がる気配がし、見上げると赤井くんの巨体を手で押していた。

「はいはい、邪魔者は帰ってやるよ。じゃあなー。あぁ、いいもん見れたわー」

 それって……

 最後の一言で、クラスどころか学校中に私たちのことが拡散されることを確信し、死刑宣告を受けたような気持ちになり、一気に奈落の底へと突き落とされた。

 赤井くんが去った後、ベンチに座り直した矢野くんがポツリと溢す。

「なんか……ごめんな。迷惑、かけちゃって」
「……ううん」

 もっと気の利いた言葉を掛けたいのに、赤井くんに見られたこととおっぱいのことを言われたのがあまりにショックで、何も思い浮かばなかった。既に陽は沈み、私の心と同調するように、急速に暗く、寒くなってきている。

 顔を青ざめさせる私に、矢野くんが労わるように優しく声を掛けてくれる。

「帰ろっか」
「うん」

 ベンチから力なく立ち上がり、お尻に敷いたハンカチを回収しようとすると、風に舞って地面に落ちてしまった。

 屈もうとするより早く、矢野くんの腕が伸びてハンカチを拾う。

「はい」

 渡されて、「ありがとう……」小さく言って、受け取った。お尻の下にあったハンカチを触られたことが、とてつもなく恥ずかしい。

 矢野くんの顔が、先ほど灯ったばかりの水銀灯の青白い光に照らされる。

「家まで送るよ」

 その一言で、ボロ自転車の存在を思い出す。

「ぁ、いいの! 自転車で来てるから!」

 ここに置いていって、もし盗まれでもしたら、お母さんに怒られる……あぁ、なんで自転車で来ちゃったんだろ、私。

「押して行けばいいんじゃない? こっから遠い?」
「い、嫌……遠いわけじゃ、ないんだけど……」

 矢野くんにボロボロの自転車を見られるのが恥ずかしいってことが言えなくて、俯く。

「……そっか。ほんとに、ごめん」

 聞こえないぐらいの小さい声が落ち、矢野くんは出口へと向けて歩き出す。その背中を見ていると、私の中からなんとも言えない焦りがわいてきた。

 あ、あれ……私、もしかして矢野くんにすごい勘違いさせちゃった? 別に、一緒に歩くのが嫌だったわけじゃないんだけど。で、でも、またクラスの人とかに会ったら嫌、かも……

 どうやって矢野くんに言い訳しようか迷ってるうちに、既に矢野くんは出口に建てられた車止め用の柵を抜けていた。

「じゃ、明日……」

 寂しげな笑みに、胸が絞られるように痛くなった。

「矢野くん、また明日!!」

 矢野くんのことが決して嫌いってわけじゃないから!! そんな思いを込めて言ってみたけど、彼の心にちゃんと届いてるかな……

「うん」

 先ほどよりは明るい笑顔を見せて、矢野くんが手を軽く挙げた。風が強く吹き付けて、髪の毛がバラバラと乱れ、それを撫で付けているうちに矢野くんの姿は見えなくなってしまった。その幻影げんえいを追いかけるように、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。
 
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