教室の戸を開けたら、そこには......中学生の、私がいた。

奏音 美都

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教室の戸を開けたら、そこには......

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 バレンタイン当日。

 早朝の誰もいない教室で私はそわそわと落ち着きなく窓を見つめ、溝端くんが登校するのをドキドキしながら待っていた。

 すると、溝端くんよりも早く教室に入ってきた男子がいた。彼の名前は、もう思い出せない。

 それに続いてすぐ入ってきた溝端くん。

 溝端くんはその男子を見ると、

「おまっ!!...なんで今日に限って早く登校してくんだよっ!!」

 なんて絡んでた。

 私は、他の男子のいる前で溝端くんにプレゼントを渡す勇気などなく、机に座ったまま俯くだけだった。

 渡すタイミングをなくしてしまった......

 その後、授業中も休憩時間もそわそわし、プレゼントを渡すタイミングを見計らっていた。けれど、いつも友達に囲まれている溝端くんに近づくことは出来ず、他の女子からチョコレートを受け取る姿をただ黙って見つめるだけだった。

 溝端くんは時折私をチラチラと見つめ、気にしているかのようだったけれど、自分から声をかけることはしなかった。

 結局、下校時間を迎え、サッカー部の練習がある溝端くんを待つために教室でずっと待っていた。にもかかわらず、部活の友達と連れ立って帰る後ろ姿に声をかけることが出来ず、チョコレートを渡さないまま自宅に帰ったのだった。

 それから1週間後、多恵ちゃんから『溝端が別れようって言ってる』と伝えられた。

 私は黙って頷いた。

 私たちの何もない短いお付き合いは、それで終わった。

 3年生になると溝端くんとはクラスが離れ、別々の高校を受験し、それからもう……二度と会うことは、なかった。

 苦い思い出が脳裏に蘇る。

 そして、その光景を......私は今、第三者として見せられている。


 教室の戸が開く。期待で一瞬目を輝かせた彼女は、教室に入ってきた人物を認めると、ハッとして俯いた。

 その後すぐ、また教室の戸が開く。

 中学生にしては少し長めの前髪を揺らし、その性格を表すような整ったまっすぐな眉毛。二重のくっきりとした切れ長の瞳、筋の通った鼻、形のいい薄い唇。夏に焼けた褐色の肌は冬になって少し落ち着いた色合いになっている。

 溝端、くんだ......

 私の心臓が突然、早鐘を打ち始める。

 相手は中学生の男の子なのに......私はもう、あれから10年経った24歳の女なのに.....

 理屈じゃない。
 私の心は、間違いなく溝端くんにときめいていた。

 溝端くんはチラッと彼女に目を向けた。俯いて机の天板を見つめる彼女とは目が合わない。はぁっと小さな溜息を零した後、先に教室に入っていた男子に絡み始めた。

「おまっ!!...なんで今日に限って早く登校してくんだよっ!!」

 第三者になってみると、二人の行動がもどかしく仕方ない。

 それからの彼女を見ていると、私の焦れ焦れとした気持ちは更にエスカレートしていった。

 授業中も他の生徒越しに見える溝端くんの姿をチラチラと見つめ、教室移動の際も離れた距離からゆっくりと彼の後ろを歩く。

 休憩時間中は落ち着きなく何度も教室を行ったり来たりする。

 他の女子が溝端くんにチョコレートを渡すのを見て失望の色を浮かべ、そっと溜息を吐く。そのくせ、溝端くんと目が合うと慌てて逸らす。

 あぁ......イライラする。私って、こんな風だったの?

 思えば、中学までの内向的な性格が嫌で、高校入学を機に私は変わろうと努力した。

 自分から積極的にクラスの子に話しかけるようになり、友達もたくさん出来た。バイトも始めて、そこでようやくまともな恋人関係と呼べるような彼氏をつくることも出来た。

 私の中学時代の思い出は心の奥深くに封印し、鍵を掛けて、もう二度と触れないつもりだった、のに。
 もう、忘れたいと思っていたはずなのに......

 彼女と共に溝端くんを目で追いかけてしまう、自分がいた。
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