教室の戸を開けたら、そこには......中学生の、私がいた。

奏音 美都

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教室の戸を開けたら、そこには......

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 校庭を見渡せる位置にあるベンチに、少し離れて座る。

 座った途端、スカートを通してお尻から太腿にかけて急速に冷えてくる。

 すでに完全に陽は沈み、夕闇が二人を静かに包んでいた。今朝チラついた雪は積もることなくグランドをしっとりと濡れさせていて、運動靴にその感触が伝わってきた。

 ただ座っているだけで、躰全体が心臓になってしまったかのように、全身に鼓動が煩く響き渡る。

「今朝は、ごめん......」

 突然の溝端くんの声に顔を上げる。

「な、んで...溝端くんが謝るの?」

 悪いのは、私なのに......溝端くんに声をかける勇気が出せなくて、何も行動できなかった私が。

「あ...のさ、何...だった?」
「え?」
「...その...何か...渡したいものが、あるって......
 あ!そんなこと、言ってない……か。ごめん、何言ってんだ俺……」

 溝端くんは、焦って顔を真っ赤にした。

 う、うわぁ...可愛い......
 中学生の男の子ってこんな感じだったっけ?

 先ほどまでもどかしいと思っていた二人の距離が少しずつ近づいてくるのを感じて、私の胸がキュンと疼いた。

「これ...」

 補助バッグから綺麗にラッピングされたプレゼントを丁寧に取り出し、溝端くんに渡した。

「バレンタインの...チョコレート......」

 溝端くんは私から受け取ると、はにかんだ笑顔を見せた。

「あ、りがと......すげぇ、嬉しい......
 これ、食べていい?」

 今渡したプレゼントを目の前で開けて食べられるという事態を想定していなかった私は一瞬たじろいだけれど、無言で頷いた。

 リボンを解き、包み紙を開ける音が深まっていく夕闇に響く。

 溝端くんの指の動きを息を飲んで見つめる。

 心臓が、なんだか苦しい......

 溝端くんは箱を開けると指で一つチョコレートを摘み、口に入れた。

「ん...うまい」

 その言葉に嬉しい気持ちもありながらも、少し残念な気持ちも湧き上がる。

 やっぱり手作りのチョコ、食べて欲しかったな......

 溝端くんの口元を見ていた私の目線が彼の目線と重なる。

 太陽みたいな眩しい笑顔がそこにはあった。私は彼のその強く温かい光に今、照らされている。

「すっげぇ、嬉しい......」

 噛み締めるように呟いて、また私に笑顔を見せた溝端くんに、今までずっとずっと言えなかった彼への思いが溢れてくる。

「......多恵ちゃんからね、ラブレターもらった時、本当に嬉しかったの......でも私、クラスで人気のある溝端くんが何で私なんかに...って思いがいつもあって......
 何も出来なかった」
「...っ。何も出来なかったのは、俺の方だ!!」

 溝端くんが突然、大声を上げた。拳を握り締め、唇を噛み締めた後、絞り出すような声が落とされた。

「.....俺、水澤さんの気持ちがほんっとわかんなくて......
 ラブレターの返事はそっけないし、目が合ってもいつも逸らされるし。電話した時は気のない返事しかしなかったし、クリスマスプレゼントは俺からだけだったし......あんな勇気出してハートマークまで書いたのに、何の反応もなかったし」
「そ、それはっ...」

 焦って弁解しようとする私の言葉を遮るように、溝端くんが呟いた。

「俺、だけが...水澤さんのこと好きなんだって思ってた」

 溝端くんの言葉に、胸が雑巾で絞られるように痛くなった。

 そう、じゃない...そうじゃないの......

「好、き...」

 蚊の鳴くよりももっと小さい掠れた声しか出ない。

「え?」

 溝端くんが聞き返す。

 好き、好き、好き......溝端くんが好き、なの。

 10年経っても、いつも心の片隅に住み着いて、離れなかった。

 ずっと、言いたかった。
 言いたくて、言いたくて、仕方なかった。

「好き...溝端くんが好き、なの......」

 涙で滲む視界の向こう側に向かって伝える。

 中学生でよかった......現実の私だったら化粧崩れで酷い顔になってる。

「...マジ、で?」

 溝端くんは、信じられない...といった様子で、恐る恐る私に聞いてきた。

「...マジ、で」

 小さく頷いた。

 すると、突然フワッと空気が揺れた。完成されていない、まだ筋肉が発達途上の華奢な腕が私を引き寄せ、温かく包み込んだ。少し離れた位置から横倒しで彼の胸に顔を埋めるという不自然な形にされた慣れないその手つきに、愛おしさが込み上げてきた。

「めちゃめちゃ嬉しい......」

 優しく柔らかく響く溝端くんの声。

 私は、このひとときの幸せにもっと浸りたくて、目を閉じた。

 寒さはもう感じなかった。
 まるで、干したばかりの陽だまりの匂いの残るお布団の温もりに包まれているようだった。
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