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すれ違う思い
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翌日、美姫と両親は朝食をホテルで済ませた後、昨日回りきれなかったホーフブルク王宮の近くにあるマリア・テレジア広場へと向かった。
燦然と輝く堂々としたマリア・テレジア像を中心として左右に整備された芝生と美術史美術館、自然史博物館が建っており、まずそちらを見学した後で、広場で行われているクリスマスマーケットを覗くことにした。
美術史美術館はルーブル美術館と並び、ヨーロツパを代表する美術館と言われている。建物に入ると正面には総大理石の階段があり、高い天井には細密で美しい装飾が施されており、膨大な絵画や美術品だけでなく、建物にも圧倒された。
あまりにも膨大な美術品のため予定よりもまわるのに時間がかかり、「世界で最も美しいカフェ」と称される2階のカフェでいったん休憩することにした。常に父と自然に距離を取り、近づくことのないように気を張っていた美姫は、そこで気を抜くことができるとこっそり安堵した。
美姫は緑の「Mozart bomb」というケーキとメランジェを頼んだ。ケーキは上品な甘さで、美姫はすっかりウィーンのカフェのケーキの美味しさの虜になった。
「いやぁ、ドイツには何度も来ていたが、なんでもっと早くオーストリアに来なかったのかと悔やまれるな。秀一の留学していた時にでも遊びに来ればよかったなぁ、ははっ」
誠一郎はすっかりウィーンが気に入ったようで、上機嫌にそう言った。
「うふふ、本当ですわね。いつも仕事のスケジュールに追われて、ドイツですらゆっくり観光する暇などなかったですものね」
凛子はチーズケーキを上品にフォークで切り分けると、誠一郎に頷いた。
「あぁ、だが、これからは海外の支店は下のものに全て任せるからな。たまに海外に視察にいくことがあるかもしれんが、その時は旅行の時間をたっぷり取ることにしよう」
誠一郎はメランジェを口すると満足そうに赤いビロードのチェアに背を預けた。
「え...お父様。今、なんて......?」
すると誠一郎が改まったような様子で美姫を見つめた。
「実はな、ようやく海外の支社や傘下に入れている企業も体制が整ってきたので、これから私は日本を基点にして活動するつもりだ。ここまで来るのに20年も経ってしまって、美姫には今更と思われるかもしれないが、これからはもっと家族の時間を大切にしたいと考えている。
今まで寂しい思いをさせてきて、すまなかった......」
誠一郎の言葉に、美姫に戸惑いの気持ちが広がっていく。美姫を思う父の気持ちはもちろん嬉しかったが、なによりも先に思い浮かんだのは秀一のことだ。
これから家族の時間が増えるとしたら、秀一さんとの関係に気付かれてしまう可能性が高くなってしまう......
暗雲が心を占めていき、顔を俯かせた美姫を誠一郎が心配そうに覗き込んだ。
「美姫?」
その声に弾かれたように顔を上げると、美姫は笑顔を作った。
「ご、ごめんなさい。今までのことを思い出してしまって。お父様とお母様ともっと一緒に過ごせるようになれるなんて、とても嬉しいです」
凛子は気遣うように、美姫を優しく見つめた。
「美姫、貴女にも貴女の生活があると分かっています。大学の勉強やお友達とのお付き合いもあるでしょうし。でも、これからは時々実家に泊まったりして、家族の時間を過ごせたらと思っているんですよ」
だい、がく......
その言葉を聞いて、美姫の心が沈んでいった。
大学でのフラッシュバックを機に、逃げるように退寮し、秀一とともにオーストリアに来た。
大学には礼音はいないものの、男性恐怖症は未だ克服しておらず、以前大学でパニックを起こした際に大勢の人に来栖秀一という有名人に抱き上げられて階段を下りる姿を目撃されていたので噂にもなっているだろう。そして、大学の友人たちは美姫が長い間大学を休んでいることを訝しんでいるに違いない。
美姫は、退寮する際に会った久美のことを思い出していた。久美は、なぜ礼音が退学になったのか美姫に問いただし、その途中で美姫はパニックを起こし、意識を失った。
また久美に会えば、礼音のことを聞かれるかもしれない......いや、あの鬼気迫る久美の様子からして、聞きたくて仕方ないに違いない......
美姫は、山積みになった問題を置き去りにしていただけだということを改めて気付かされた。
大学に戻りたい気持ちはあるし、戻らなければ両親に何かあったのかと疑われてしまう。けれど、美姫は大学に戻ることに恐怖を感じ、考えるだけで足が竦んでしまっていた。
オーストリアに来て、何もかもが前進したような気分になっていたけど、日本に戻れば何も変わらない。
また私は、様々な問題に直面しなければならないんだ......
燦然と輝く堂々としたマリア・テレジア像を中心として左右に整備された芝生と美術史美術館、自然史博物館が建っており、まずそちらを見学した後で、広場で行われているクリスマスマーケットを覗くことにした。
美術史美術館はルーブル美術館と並び、ヨーロツパを代表する美術館と言われている。建物に入ると正面には総大理石の階段があり、高い天井には細密で美しい装飾が施されており、膨大な絵画や美術品だけでなく、建物にも圧倒された。
あまりにも膨大な美術品のため予定よりもまわるのに時間がかかり、「世界で最も美しいカフェ」と称される2階のカフェでいったん休憩することにした。常に父と自然に距離を取り、近づくことのないように気を張っていた美姫は、そこで気を抜くことができるとこっそり安堵した。
美姫は緑の「Mozart bomb」というケーキとメランジェを頼んだ。ケーキは上品な甘さで、美姫はすっかりウィーンのカフェのケーキの美味しさの虜になった。
「いやぁ、ドイツには何度も来ていたが、なんでもっと早くオーストリアに来なかったのかと悔やまれるな。秀一の留学していた時にでも遊びに来ればよかったなぁ、ははっ」
誠一郎はすっかりウィーンが気に入ったようで、上機嫌にそう言った。
「うふふ、本当ですわね。いつも仕事のスケジュールに追われて、ドイツですらゆっくり観光する暇などなかったですものね」
凛子はチーズケーキを上品にフォークで切り分けると、誠一郎に頷いた。
「あぁ、だが、これからは海外の支店は下のものに全て任せるからな。たまに海外に視察にいくことがあるかもしれんが、その時は旅行の時間をたっぷり取ることにしよう」
誠一郎はメランジェを口すると満足そうに赤いビロードのチェアに背を預けた。
「え...お父様。今、なんて......?」
すると誠一郎が改まったような様子で美姫を見つめた。
「実はな、ようやく海外の支社や傘下に入れている企業も体制が整ってきたので、これから私は日本を基点にして活動するつもりだ。ここまで来るのに20年も経ってしまって、美姫には今更と思われるかもしれないが、これからはもっと家族の時間を大切にしたいと考えている。
今まで寂しい思いをさせてきて、すまなかった......」
誠一郎の言葉に、美姫に戸惑いの気持ちが広がっていく。美姫を思う父の気持ちはもちろん嬉しかったが、なによりも先に思い浮かんだのは秀一のことだ。
これから家族の時間が増えるとしたら、秀一さんとの関係に気付かれてしまう可能性が高くなってしまう......
暗雲が心を占めていき、顔を俯かせた美姫を誠一郎が心配そうに覗き込んだ。
「美姫?」
その声に弾かれたように顔を上げると、美姫は笑顔を作った。
「ご、ごめんなさい。今までのことを思い出してしまって。お父様とお母様ともっと一緒に過ごせるようになれるなんて、とても嬉しいです」
凛子は気遣うように、美姫を優しく見つめた。
「美姫、貴女にも貴女の生活があると分かっています。大学の勉強やお友達とのお付き合いもあるでしょうし。でも、これからは時々実家に泊まったりして、家族の時間を過ごせたらと思っているんですよ」
だい、がく......
その言葉を聞いて、美姫の心が沈んでいった。
大学でのフラッシュバックを機に、逃げるように退寮し、秀一とともにオーストリアに来た。
大学には礼音はいないものの、男性恐怖症は未だ克服しておらず、以前大学でパニックを起こした際に大勢の人に来栖秀一という有名人に抱き上げられて階段を下りる姿を目撃されていたので噂にもなっているだろう。そして、大学の友人たちは美姫が長い間大学を休んでいることを訝しんでいるに違いない。
美姫は、退寮する際に会った久美のことを思い出していた。久美は、なぜ礼音が退学になったのか美姫に問いただし、その途中で美姫はパニックを起こし、意識を失った。
また久美に会えば、礼音のことを聞かれるかもしれない......いや、あの鬼気迫る久美の様子からして、聞きたくて仕方ないに違いない......
美姫は、山積みになった問題を置き去りにしていただけだということを改めて気付かされた。
大学に戻りたい気持ちはあるし、戻らなければ両親に何かあったのかと疑われてしまう。けれど、美姫は大学に戻ることに恐怖を感じ、考えるだけで足が竦んでしまっていた。
オーストリアに来て、何もかもが前進したような気分になっていたけど、日本に戻れば何も変わらない。
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