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乱心

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 華子の話は、悲しいものだった。

 幼稚舎からの幼馴染であり、ずっと思いを寄せていた悠の父親である悠人と高等部卒業後、ようやく恋人となり、それぞれの両親公認の元でお付き合いし、幸せの絶頂だった時に、突然突きつけられた見合い話。

 それが、櫻井龍太郎との縁談だった。

 龍太郎とも幼稚舎からの旧知の仲ではあったものの、華子は彼の人を見下した態度や厳しい顔つきに嫌悪を抱いており、見合いを断ってほしいと両親に頼んだ。

 だが、華子の父は先物取引に手を出して多額の借金を抱えていたため、櫻井財閥の財力がどうしても必要だった。なにより、お嬢様育ちである華子に不自由な思いをさせたくないという思いから、両親はこの縁談をどうしても進めたかったのだ。

 華子は悠人に救いを求め、悠人は両親に頼んで弁護士を頼もうとしたが、櫻井から圧力がかかり、悠人の父親の事業にまで影響を受けたため、断念せざるをえなくなった。

 そこで、華子は悲愴な決意の元、悠人に駆け落ちを持ちかけた。

「お願い...悠人さん......私をここから連れ出して下さい......」

 悠人に時間がほしいと言われ、華子は彼を信じて待ち続けた。

 けれど、その後に華子が知ったのは……悠人が華子を見捨てて、ひとりイギリスに留学したということだった。

 失意のどん底に落とされた華子は、寂しさ、苦しさ、裏切られた気持ちが悠人への憎しみへと変化していった。

 龍太郎と結婚し、両親は執事を連れて小さなアパートに引越し、華子は龍太郎と愛のない結婚生活を送ることになった。

 そんな中、先物取引を積極的に進めていた黒幕が龍太郎の父親だったこと、全ては櫻井の陰謀によるものだったことが分かったものの、全てが遅かった。

 華子はその時妊娠しており、櫻井の家を出ることなどできない身だった。だが、その子供も精神的なショックにより流産してしまった。

 希望も何もかも奪われた華子に残っていたのは、諦めだった。

「いくら恨んでも、悔やんでも......もう過去になど戻れない。
 幸せだったあの頃には......

 私はここから、この運命から逃れることは出来ない。
 櫻井の妻として一生を終えるしかないのだ。

 私は......あの人のことを忘れ、櫻井龍太郎の妻として、ここで生きていく覚悟を決めました。

 運命に抗うことをやめたのです」

 華子は遠い目をして、小さくそう言った。
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