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悍しい記憶 ー秀一回想ー
6
だが、一週間後。
「来栖くん。今日委員長にやってもらいたいことがあるから、残ってもらっていいかしら」
クラス委員をしているからという名目で、帰り際に女教師に呼び掛けられた。
「じゃ、同じ委員長の早川さんも……」
そう言って、今まさに帰ろうと扉に手を掛けていた早川の方を振り向くと、彼女も同時に私の方に顔を向け、無言で頷いた。
だが、女は首を振った。
「あ、いいの、来栖くんだけで。ひとりいれば、足りるから」
明らかに熱の籠もった女の声。それを受け、早川は少し残念そうな顔を見せた後、そのまま教室を後にした。
「わかり、ました……」
消え入りそうな声で、答えた。
女は私を伴って教室を出ると、廊下に人気のない生徒指導室の一室へと案内した。さすが2回目ともなると手慣れたものだ。
歩いている間、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったものの、そうする勇気もなく、結局生徒指導室まで着いてしまった。
「さぁ、入って」
そうにっこり微笑みかける女には、邪心など一切ないように見えた。
もしかしたら、本当にただの手伝いで呼ばれただけなのかもしれない。
そんな僅かな希望を抱き、恐る恐る扉の中へと入った。
「先生、何をお手伝いすればいいですか」
途端に、私の腰に女の手が絡みついてきた。もう一方の手で扉を閉め、鍵をかけられた。
「ふふっ、どんなお手伝いか……来栖くんなら分かってるでしょ。
あんまり呼び出したら疑われると思って、1週間も我慢したのよ。あぁ、その美しい顔と躰を弄べるかと思うだけで、堪らなく濡れるわぁ……ッハァ」
そう言った女の手が、私のシャツのボタンへと伸びる。
そう、だ……この女に希望なんか抱いてはいけなかった。
私は、あれほどもう人は信じないと固く誓ったはずなのに、まだこの女に僅かな望みをかけていた自分を呪った。
また……この前みたいなことになる。
恐怖心が募るが、もうあんな惨めな思いはしたくない。怒りが胸の中に渦を巻き、脳髄がカーッと痺れたように熱くなった。
「い、嫌だっっ!!」
全身の力を振り絞り、女の体を両手で思い切り突き飛ばした。
ガラガラガターーン!!
女は後ろに倒れた拍子に、テーブルに腰を強く打ち付けた。
「来栖、くん……?」
女はまさかの反撃に驚き、私を見上げた。
私は怒りと憎しみを込めて女を見下ろした。
「私を脅しても無駄です。もしあなたが父に話したいのなら、話せばいい。だが、あの人は全力でこのことを揉み消し、或いはあなたの存在すら消すかもしれません。私の為ではなく、来栖財閥の体面の為に。
もしくは、あなたの悪事だけがマスコミに曝されることになるでしょう。生徒に人気があり、保護者や他の教師からも人望が厚い先生が、実は小児性愛者であることが知られたら、どうなるんでしょうね。
話して困ることになるのは、先生......あなたの方じゃありませんか?」
自分で話しながら、その言葉に力づけられていくのを感じた。もう私は、今までの弱くて何も言えなかった自分ではない。相手が自分を打ち負かそうとするのなら、それ以上の力で対抗する。
知性と、女が欲情するこの美貌を武器に。
それを聞いていた女の顔が、みるみる青ざめていく。それまでは、言ってもたかが10歳の子供が何もできやしないとタカをくくっていたのが、私の言葉を聞いて本気で恐れているのが分かった。
「お願い……ゆる、許して……ほんの、出来心だったのよぉ。
来栖……来栖くんのことが……ずっと、ずっと……好き、だったの。抑えられなく、なっていたの!」
涙ながらに懇願すると、四つん這いになり、私の足に腕を絡ませてきた。
だが、もうそこには一週間前までの純粋な私はいなかった。女の怯える表情や必死の訴えに心を揺さぶられる自分は、女に腰を掴まれた時点で完全に死んだ。私の中にあるのは、軽蔑と嫌悪のみだった。
冷めた瞳で見下ろす私に、女は泣き縋った。
「なんでもっ! なんでも、しますからぁぁっ!」
その瞳に映る欲情の揺らめきに、ここに来てもまだ私を欲しているのかと思うと、反吐が出そうだった。
「汚らわしい」
革靴で、女の汚い顔を踏みつけた。これで、女の自尊心は粉々に打ち砕かれるものと思った。
だが……
「ァ……ぁぁふぅっん」
女は私の予想に反し、うっとりとした表情で見上げてきた。その恍惚の表情に嫌悪と怒りが湧き上がり、更に顎を蹴り飛ばした。
教師は聖職であるという認識は、私の中で完全に消滅した。
「来栖くん。今日委員長にやってもらいたいことがあるから、残ってもらっていいかしら」
クラス委員をしているからという名目で、帰り際に女教師に呼び掛けられた。
「じゃ、同じ委員長の早川さんも……」
そう言って、今まさに帰ろうと扉に手を掛けていた早川の方を振り向くと、彼女も同時に私の方に顔を向け、無言で頷いた。
だが、女は首を振った。
「あ、いいの、来栖くんだけで。ひとりいれば、足りるから」
明らかに熱の籠もった女の声。それを受け、早川は少し残念そうな顔を見せた後、そのまま教室を後にした。
「わかり、ました……」
消え入りそうな声で、答えた。
女は私を伴って教室を出ると、廊下に人気のない生徒指導室の一室へと案内した。さすが2回目ともなると手慣れたものだ。
歩いている間、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったものの、そうする勇気もなく、結局生徒指導室まで着いてしまった。
「さぁ、入って」
そうにっこり微笑みかける女には、邪心など一切ないように見えた。
もしかしたら、本当にただの手伝いで呼ばれただけなのかもしれない。
そんな僅かな希望を抱き、恐る恐る扉の中へと入った。
「先生、何をお手伝いすればいいですか」
途端に、私の腰に女の手が絡みついてきた。もう一方の手で扉を閉め、鍵をかけられた。
「ふふっ、どんなお手伝いか……来栖くんなら分かってるでしょ。
あんまり呼び出したら疑われると思って、1週間も我慢したのよ。あぁ、その美しい顔と躰を弄べるかと思うだけで、堪らなく濡れるわぁ……ッハァ」
そう言った女の手が、私のシャツのボタンへと伸びる。
そう、だ……この女に希望なんか抱いてはいけなかった。
私は、あれほどもう人は信じないと固く誓ったはずなのに、まだこの女に僅かな望みをかけていた自分を呪った。
また……この前みたいなことになる。
恐怖心が募るが、もうあんな惨めな思いはしたくない。怒りが胸の中に渦を巻き、脳髄がカーッと痺れたように熱くなった。
「い、嫌だっっ!!」
全身の力を振り絞り、女の体を両手で思い切り突き飛ばした。
ガラガラガターーン!!
女は後ろに倒れた拍子に、テーブルに腰を強く打ち付けた。
「来栖、くん……?」
女はまさかの反撃に驚き、私を見上げた。
私は怒りと憎しみを込めて女を見下ろした。
「私を脅しても無駄です。もしあなたが父に話したいのなら、話せばいい。だが、あの人は全力でこのことを揉み消し、或いはあなたの存在すら消すかもしれません。私の為ではなく、来栖財閥の体面の為に。
もしくは、あなたの悪事だけがマスコミに曝されることになるでしょう。生徒に人気があり、保護者や他の教師からも人望が厚い先生が、実は小児性愛者であることが知られたら、どうなるんでしょうね。
話して困ることになるのは、先生......あなたの方じゃありませんか?」
自分で話しながら、その言葉に力づけられていくのを感じた。もう私は、今までの弱くて何も言えなかった自分ではない。相手が自分を打ち負かそうとするのなら、それ以上の力で対抗する。
知性と、女が欲情するこの美貌を武器に。
それを聞いていた女の顔が、みるみる青ざめていく。それまでは、言ってもたかが10歳の子供が何もできやしないとタカをくくっていたのが、私の言葉を聞いて本気で恐れているのが分かった。
「お願い……ゆる、許して……ほんの、出来心だったのよぉ。
来栖……来栖くんのことが……ずっと、ずっと……好き、だったの。抑えられなく、なっていたの!」
涙ながらに懇願すると、四つん這いになり、私の足に腕を絡ませてきた。
だが、もうそこには一週間前までの純粋な私はいなかった。女の怯える表情や必死の訴えに心を揺さぶられる自分は、女に腰を掴まれた時点で完全に死んだ。私の中にあるのは、軽蔑と嫌悪のみだった。
冷めた瞳で見下ろす私に、女は泣き縋った。
「なんでもっ! なんでも、しますからぁぁっ!」
その瞳に映る欲情の揺らめきに、ここに来てもまだ私を欲しているのかと思うと、反吐が出そうだった。
「汚らわしい」
革靴で、女の汚い顔を踏みつけた。これで、女の自尊心は粉々に打ち砕かれるものと思った。
だが……
「ァ……ぁぁふぅっん」
女は私の予想に反し、うっとりとした表情で見上げてきた。その恍惚の表情に嫌悪と怒りが湧き上がり、更に顎を蹴り飛ばした。
教師は聖職であるという認識は、私の中で完全に消滅した。
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