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邂逅(かいこう)
3
美姫に見つめられた大和が、視線を逸らす。
「あん時……一緒にいてくれて、ありがとな」
その言葉に、悠が病院に搬送され、手術室で待っていた時の場面が急に脳裏に蘇った。
あの時、大和は悠が事故に遭ったのは自分のせいだと責め、美姫に泣き縋ったのだった。
「ううん。私も、大和がいてくれて……よかった」
きっと、大和が泣き崩れていなければ、自分がそうなっていただろう。大和を支えたいという思いが、あの時美姫を正気にしてくれていた。
横を向いた大和の頬が、少し染まって見える。
「恥ずかしいとこ……見せちまったな」
ばつが悪そうに目を逸らしていてさえも、彼のどこまでも澄み切った青空のような爽やかさは失われていなかった。
大和は、いつだって物事に正面から向き合う。真面目で、思いやりがあって、純粋だ。
いつから私は、純真さを失ってしまったんだろう。
ううん、失ったんじゃなくて……幻想、だったのかもしれない。罪に穢れた私は……そんなもの、元々持ち合わせていなかったのかもしれない。
「そんなこと……ないよ」
今の私には……大和は、眩しすぎる。
美姫は大和を見つめ返すことが出来ず、俯いた。
「あいつ……まだ、意識戻らないって」
その一言にビクン、と躰が跳ねる。昨日、陽子から電話をもらって薫子の様子を聞いたことを、大和にも伝えるべきかもしれないと思った。
だが……
薫子の話をしたら、一層、気が滅入ってしまう。今は、とてもじゃないけど……そんな話を出来る心理状態じゃない。
「そう……」
ふたりの間に流れる空気が、一気に重たさを増す。
大和はフーッと息を吐くと、顔を上げた。
「じゃ、俺行くわ」
「あ! これ、ありがと……」
美姫は羽織っていたダウンジャケットを脱ぎ、大和に渡した。脱いだ途端、一気に冷気が躰の奥にまで入り込んでくる。
「あぁ。じゃあな!」
受け取ったダウンジャケットを挙げると背中を向け、大和が歩き出す。
去っていく背中を見つめ、美姫が呼びかける。
「あ、あの……大和!」
美姫の声に、大和が振り向いた。
「今日は、あり、がとう……」
その言葉に微笑み、頷く大和。
「ほら、早く入れ。風邪ひくぞ!」
そんな大和の笑顔を見ていたら、美姫の胸の内から衝動的な思いが浮上する。
大和に、何もかも打ち明けてしまいたい。彼ならきっと、全て……受け止めてくれる。
私を暗闇の底から、引き摺り上げて欲しい。
ツ、と足が一歩前に出る。だが、再び呼びかけようとした声が上がってくる前に、美姫はそれを飲み下した。
馬鹿だ、私。そんなこと、出来るはず……ない、のに。
美姫は思いを断ち切るように後ろを向き、門扉にゆっくりと手を掛けた。
「ッグ……ッッ」
誰にも、話せるはずない。
こんな、こと。
美姫は肩を震わせ、門扉を掴んだ手に力を込め、嗚咽を吐き出した。
その震える肩に、フッと優しく手が置かれる。それは、背後から置かれた手だった。
後ろを振り向いた美姫の視界には、小さくなったはずの大和のシルエットが目の前に大きく映し出されている。
「どう、して……」
涙を溜めた目を見張り、大和を見上げる美姫。そんな彼女に、大和は切なげな瞳を揺らしながらも真っ直ぐに見つめ返した。
「お前が悩みを抱えながらも、俺に何も言えないでいるのは分かってる。俺たちが元の友達に戻れないってことも……十分、分かってる。
ただ、覚えていてくれ。俺は、どんなことがあろうと……お前の味方だ。思い知ったんだ……俺は、どんなに傷つき、痛めつけられても……美姫を好きな気持ちを、消すことはできない。
だから......お前は、狡くなっていい。俺の優しさを利用して、お前が少しでも気持ちが楽になれるなら、いくらだって利用すればいい。
そんな顔して、黙って泣かれるよりも……よっぽど、いい」
「や、ま……ッグ」
どこまでも、優しくて。
どこまでも、愛情深くて。
ーーどこまでも、残酷な人。
私は、この人の気持ちに応えられないことで、更に苦しくて、申し訳ない気持ちにさせられる。心が引き裂かれるような、痛みを与えられる。
美姫は唇を噛み締め、一切の感情を心から追い払った。強制的に、涙を止める。
「あり、がとう。でも! ほんとに、大丈夫だから」
隙をみせないよう必死に取り繕う美姫の姿に、大和は深入りすることなど出来なかった。
「あぁ……分かってる」
今度こそ、大和の姿は小さくなり……闇の中へ溶けていった。
強張っていた躰の力が抜けた途端、不覚にもまた涙が一粒、美姫の頬を伝って流れ落ちた。
「あん時……一緒にいてくれて、ありがとな」
その言葉に、悠が病院に搬送され、手術室で待っていた時の場面が急に脳裏に蘇った。
あの時、大和は悠が事故に遭ったのは自分のせいだと責め、美姫に泣き縋ったのだった。
「ううん。私も、大和がいてくれて……よかった」
きっと、大和が泣き崩れていなければ、自分がそうなっていただろう。大和を支えたいという思いが、あの時美姫を正気にしてくれていた。
横を向いた大和の頬が、少し染まって見える。
「恥ずかしいとこ……見せちまったな」
ばつが悪そうに目を逸らしていてさえも、彼のどこまでも澄み切った青空のような爽やかさは失われていなかった。
大和は、いつだって物事に正面から向き合う。真面目で、思いやりがあって、純粋だ。
いつから私は、純真さを失ってしまったんだろう。
ううん、失ったんじゃなくて……幻想、だったのかもしれない。罪に穢れた私は……そんなもの、元々持ち合わせていなかったのかもしれない。
「そんなこと……ないよ」
今の私には……大和は、眩しすぎる。
美姫は大和を見つめ返すことが出来ず、俯いた。
「あいつ……まだ、意識戻らないって」
その一言にビクン、と躰が跳ねる。昨日、陽子から電話をもらって薫子の様子を聞いたことを、大和にも伝えるべきかもしれないと思った。
だが……
薫子の話をしたら、一層、気が滅入ってしまう。今は、とてもじゃないけど……そんな話を出来る心理状態じゃない。
「そう……」
ふたりの間に流れる空気が、一気に重たさを増す。
大和はフーッと息を吐くと、顔を上げた。
「じゃ、俺行くわ」
「あ! これ、ありがと……」
美姫は羽織っていたダウンジャケットを脱ぎ、大和に渡した。脱いだ途端、一気に冷気が躰の奥にまで入り込んでくる。
「あぁ。じゃあな!」
受け取ったダウンジャケットを挙げると背中を向け、大和が歩き出す。
去っていく背中を見つめ、美姫が呼びかける。
「あ、あの……大和!」
美姫の声に、大和が振り向いた。
「今日は、あり、がとう……」
その言葉に微笑み、頷く大和。
「ほら、早く入れ。風邪ひくぞ!」
そんな大和の笑顔を見ていたら、美姫の胸の内から衝動的な思いが浮上する。
大和に、何もかも打ち明けてしまいたい。彼ならきっと、全て……受け止めてくれる。
私を暗闇の底から、引き摺り上げて欲しい。
ツ、と足が一歩前に出る。だが、再び呼びかけようとした声が上がってくる前に、美姫はそれを飲み下した。
馬鹿だ、私。そんなこと、出来るはず……ない、のに。
美姫は思いを断ち切るように後ろを向き、門扉にゆっくりと手を掛けた。
「ッグ……ッッ」
誰にも、話せるはずない。
こんな、こと。
美姫は肩を震わせ、門扉を掴んだ手に力を込め、嗚咽を吐き出した。
その震える肩に、フッと優しく手が置かれる。それは、背後から置かれた手だった。
後ろを振り向いた美姫の視界には、小さくなったはずの大和のシルエットが目の前に大きく映し出されている。
「どう、して……」
涙を溜めた目を見張り、大和を見上げる美姫。そんな彼女に、大和は切なげな瞳を揺らしながらも真っ直ぐに見つめ返した。
「お前が悩みを抱えながらも、俺に何も言えないでいるのは分かってる。俺たちが元の友達に戻れないってことも……十分、分かってる。
ただ、覚えていてくれ。俺は、どんなことがあろうと……お前の味方だ。思い知ったんだ……俺は、どんなに傷つき、痛めつけられても……美姫を好きな気持ちを、消すことはできない。
だから......お前は、狡くなっていい。俺の優しさを利用して、お前が少しでも気持ちが楽になれるなら、いくらだって利用すればいい。
そんな顔して、黙って泣かれるよりも……よっぽど、いい」
「や、ま……ッグ」
どこまでも、優しくて。
どこまでも、愛情深くて。
ーーどこまでも、残酷な人。
私は、この人の気持ちに応えられないことで、更に苦しくて、申し訳ない気持ちにさせられる。心が引き裂かれるような、痛みを与えられる。
美姫は唇を噛み締め、一切の感情を心から追い払った。強制的に、涙を止める。
「あり、がとう。でも! ほんとに、大丈夫だから」
隙をみせないよう必死に取り繕う美姫の姿に、大和は深入りすることなど出来なかった。
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