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「嫉妬」という名の媚薬

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 美姫は夕飯の準備をしながら、今日会った真奈美のことを考えていた。

 真奈美さん、か。見た目は可愛くて女の子らしい感じだったけど、話すとすごくきつくて恐かった。
 でもそれは、彼女が私に対して敵意を持ってるから、なんだよね......大和といる時は、彼女はどんな表情をして、どんな風に話しかけるんだろう。

 大和が大学1年の時に彼女がいたことは既に知っていた筈なのに、あの時とは明らかに異なる感情が美姫の中に芽生えていた。

 ボーッとしていたら、いつの間にか味噌汁が煮立っていることに気づき、美姫は慌てて火を止めた。

 ハァ......だめだ。頭から、離れない。

 その時、扉がガチャッと開く音が聞こえた。

 あ、大和帰ってきた。

 玄関にまで漂ってきている甘辛い醤油の匂いを辿り、キッチンの対面カウンターに大和が覗き込むようにして笑顔を見せる。

「旨そうな匂い! めちゃめちゃ腹減ったー」

 いつもと変わらない大和の第一声を聞き、美姫の心がほんわかと温かくなった。

「おかえり。昨日、大和が食べたいって言ってたから、豚の生姜焼きにしたよ」
「わ、マジで? すぐ、着替えてくる!」

 バタバタと慌ただしく自分の部屋へと向かう大和の背中を見つめ、まるで子供みたい、とクスリと笑みを溢す。それから、手早く夕飯の仕上げにかかった。
 
 ダイニングテーブルを挟んで向かい合い、共に食事をする。一緒に住み始めた頃は違和感を覚え、非日常として感じていたのに、今ではすっかりそれが日常の光景として美姫の中で馴染んでいた。

「ごめんね。味噌汁、煮立っちゃった......」

 味噌汁を啜った大和に、美姫が申し訳なさそうに謝った。

「え、そうなのか? ははっ、全然気付かなかった。言わなきゃ、バレなかったのにな。
 てか、この豚の生姜焼き、マジ旨い! やっぱ生姜焼きは肉厚がいいよな、ガツンとくるのが」
「うちのは細切れなんだけどね。でも肉厚も美味しいって思った」
「だろ? じゃ、こっちがこれから我が家の定番な」

 そんな夫婦らしい会話に、自然と笑みが溢れる。日常のささやかな幸せを与えてくれる大和を、美姫は愛おしく思った。

 不安になることないんだ。私は、大和の奥さんなんだから。

「あ、あのね......大和。
 実は、今日真奈美さんに会ったの」

 話すかどうか迷ったが、陽子から真奈美が自分たちと同じ学科を受けていると聞き、これからまた必ず会うことを思うと大和に話しておいた方がいいと思った。

 大和の箸を持つ手が止まった。

「......真奈美に、何か言われたのか?」

 大和は、『真奈美』って呼ぶんだ。

 何気ない一言なのに、胸がチクンと痛む。

「真奈美さん......今でも大和のことを好きってことが、すごく伝わってきた」

 大和は、どうやって彼女と出会ったの? どんな会話をしたの? どんなデートをしていたの? キスしたり、抱き合ったりしていたの?

 どうして、別れたの?

 美姫の中から、言葉にならない思いがどんどん溢れてくる。

「ごめんな、迷惑かけちまったみたいで」

 申し訳なさそうに謝る大和の態度に、チリチリと焼け付くような感情が燃えてくる。

 どうして、彼女のために謝るの?
 どうして、自分がしたことみたいに謝るの?

 それだけ、深い付き合いをしていたってことなの?

 自分には、嫉妬する権利なんてない。
 大和の過去を責める資格なんてない。

 そう思っても、真奈美への嫉妬が湧き上がってくるのを止められない。

 ご飯を終え、茶碗を重ねていると大和がお椀をキッチンへ運んでいく。

「大和、今日は仕事で疲れてるでしょ。私がやるから、いいよ」

 大和が蛇口の下に手を翳して水を出し、スポンジを取って洗剤をつけると慣れた様子で洗い始める。

「別に大した量じゃないし、ふたりでやったらすぐ終わるだろ」

 ほんとに、大和は......優しい。

 美姫は大和の横に立ち、洗剤で洗った食器を受け取ると水で流していった。

 この優しさが、私以外に向けられていたんだと思うと苦しくなるなんて。
 どこまで私は、自分勝手なんだろう.....

 大和の言った通り、食器はあっという間に片付いた。
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