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修復できない関係
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2時間半のフライトを経て、飛行機は仁川国際空港に到着した。体調が優れないことを隠すため、飛行機から降りた美姫はマスクを外した。
ソウル支社長の長谷川は、四角いフレームの眼鏡にきっちりと分けた前髪で、実直さがそのまま容姿に現れているような印象を受けた。
「お待ちしておりました。来栖財閥の次期社長のことは、うちでもかなり話題になっていますよ。皆、ご夫妻に会えるのを楽しみにしています」
『ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いします』
大和と美姫は、同時に頭を下げた。いよいよこれから海外支社や取引先への挨拶回りが始まるのだと思うと、身が引き締まる思いだった。
長谷川の秘書が運転する車で支社へと向かう道すがら、大和が早速質問を投げかけた。
「ソウル支社は、どんな雰囲気ですか。日本の企業とは異なりますか」
長谷川は、四角い眼鏡フレームをクイと上げた。
「日系企業とはいえ、殆どが韓国人従業員ですからね。戸惑うこともありますが、日本と似ている部分も多いですよ。学歴社会だったり、組織を重視していたり、協調性を求められたり。韓国の方が、日本の会社の古い体制を色濃く残している気がします。
異なる事といえば、韓国は徴兵制度がありますから、男性なら必ずどこの軍隊出身かについては聞かれるみたいですね。日本には徴兵制がないから男が軟弱なんだと思っている奴らもいますし、何となく疎外感を感じる時もありますよ」
あえて「奴ら」と言ったところに長谷川が過去に何らかの嫌な思いをしたのだろうという気がしたが、彼は深刻さは見せず、明るくハハッと笑った。
異国の地で現地の者を下につけ、引っ張っていかなければならないのは、並大抵の苦労ではないだろうと慮おもんばかった。
美姫は喉に小さな玉がつっかえているような違和感をずっと感じながら、それを吐き出すことも出来ず、苦しげに呼吸を繰り返していた。躰全体に寒気があるのに、頭だけは靄がかかったようにボォーッとしている。車に揺られていると躰の平衡感覚も失われ、車体が揺れるたびにフラフラする。
1時間掛け、ようやく一行は来栖財閥ソウル支社へ着いた。
車から降りた途端、美姫は地面が揺れているような感覚に襲われ、足元がふらついた。気づいた大和が、慌てて美姫の躰を支える。
「おい、大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
そう言って見上げた美姫の瞳はトロンと潤み、表情に覇気がなかった。違和感がして美姫のおでこに触れた大和が、ハッとする。
「熱い......」
それを聞き、村田と横山も心配そうに美姫を見つめた。
「大丈夫だよ、少し熱っぽいだけだから。
もうソウル支社にいるんだし、お願い。挨拶させて......」
美姫は必死に懇願した。
これからホテルに行ったところで、まだチェックイン前なので部屋に入ることは出来ない。それに、美姫をひとりで行かせるわけにはいかないので、誰か付き添いが必要になる。こうしたことを考え、3人は仕方なく美姫も同行させることにした。
「無理すんなよ。気分悪くなったら、すぐに言ってくれ」
大和が美姫の瞳を真剣な表情で見つめる。
「ありがとう」
本気で心配してくれているということを感じ、美姫は申し訳ないと思うと同時に嬉しさも感じた。
美姫は寒気と喉の痛みと熱から来る朦朧とした頭をなんとか気合いで押し退け、重役への挨拶と会議を乗り切った。本当は全ての部署も回り、従業員にも声を掛けたかったのだが、そこまでの体力と精神力は尽き果てていた。
「よく頑張ったな」
ホテルに向かう車の中で大和に頭を撫でられ、美姫は力なく笑みを見せた。
「お嬢様、付けてください」
村田から「お嬢様」と呼ばれても反論する気力もなく、マスクを素直に受け取り、装着する。今は、唾を飲み込むのも苦しいほど喉が痛くなっていた。
コホコホと苦しそうに咳をする美姫に、車内が静まり返り、皆が心配しているのが伝わって来る。美姫は、申し訳なくて仕方なかった。
ソウル支社長の長谷川は、四角いフレームの眼鏡にきっちりと分けた前髪で、実直さがそのまま容姿に現れているような印象を受けた。
「お待ちしておりました。来栖財閥の次期社長のことは、うちでもかなり話題になっていますよ。皆、ご夫妻に会えるのを楽しみにしています」
『ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いします』
大和と美姫は、同時に頭を下げた。いよいよこれから海外支社や取引先への挨拶回りが始まるのだと思うと、身が引き締まる思いだった。
長谷川の秘書が運転する車で支社へと向かう道すがら、大和が早速質問を投げかけた。
「ソウル支社は、どんな雰囲気ですか。日本の企業とは異なりますか」
長谷川は、四角い眼鏡フレームをクイと上げた。
「日系企業とはいえ、殆どが韓国人従業員ですからね。戸惑うこともありますが、日本と似ている部分も多いですよ。学歴社会だったり、組織を重視していたり、協調性を求められたり。韓国の方が、日本の会社の古い体制を色濃く残している気がします。
異なる事といえば、韓国は徴兵制度がありますから、男性なら必ずどこの軍隊出身かについては聞かれるみたいですね。日本には徴兵制がないから男が軟弱なんだと思っている奴らもいますし、何となく疎外感を感じる時もありますよ」
あえて「奴ら」と言ったところに長谷川が過去に何らかの嫌な思いをしたのだろうという気がしたが、彼は深刻さは見せず、明るくハハッと笑った。
異国の地で現地の者を下につけ、引っ張っていかなければならないのは、並大抵の苦労ではないだろうと慮おもんばかった。
美姫は喉に小さな玉がつっかえているような違和感をずっと感じながら、それを吐き出すことも出来ず、苦しげに呼吸を繰り返していた。躰全体に寒気があるのに、頭だけは靄がかかったようにボォーッとしている。車に揺られていると躰の平衡感覚も失われ、車体が揺れるたびにフラフラする。
1時間掛け、ようやく一行は来栖財閥ソウル支社へ着いた。
車から降りた途端、美姫は地面が揺れているような感覚に襲われ、足元がふらついた。気づいた大和が、慌てて美姫の躰を支える。
「おい、大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
そう言って見上げた美姫の瞳はトロンと潤み、表情に覇気がなかった。違和感がして美姫のおでこに触れた大和が、ハッとする。
「熱い......」
それを聞き、村田と横山も心配そうに美姫を見つめた。
「大丈夫だよ、少し熱っぽいだけだから。
もうソウル支社にいるんだし、お願い。挨拶させて......」
美姫は必死に懇願した。
これからホテルに行ったところで、まだチェックイン前なので部屋に入ることは出来ない。それに、美姫をひとりで行かせるわけにはいかないので、誰か付き添いが必要になる。こうしたことを考え、3人は仕方なく美姫も同行させることにした。
「無理すんなよ。気分悪くなったら、すぐに言ってくれ」
大和が美姫の瞳を真剣な表情で見つめる。
「ありがとう」
本気で心配してくれているということを感じ、美姫は申し訳ないと思うと同時に嬉しさも感じた。
美姫は寒気と喉の痛みと熱から来る朦朧とした頭をなんとか気合いで押し退け、重役への挨拶と会議を乗り切った。本当は全ての部署も回り、従業員にも声を掛けたかったのだが、そこまでの体力と精神力は尽き果てていた。
「よく頑張ったな」
ホテルに向かう車の中で大和に頭を撫でられ、美姫は力なく笑みを見せた。
「お嬢様、付けてください」
村田から「お嬢様」と呼ばれても反論する気力もなく、マスクを素直に受け取り、装着する。今は、唾を飲み込むのも苦しいほど喉が痛くなっていた。
コホコホと苦しそうに咳をする美姫に、車内が静まり返り、皆が心配しているのが伝わって来る。美姫は、申し訳なくて仕方なかった。
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