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誘引
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一方、美姫の心は秀一の会見により一層掻き乱されていた。
20歳の誕生日に秀一さんがお祝いに演奏し、告白してくれた曲......
どうしてあの曲を、弾いて見せたの?
秀一さんは、一体何が目的なの?
あれは、私へのメッセージなの?
どう、受け取ればいいの......
この後ウィーンに戻ると言っていたが、彼が今、日本にいるというだけで落ち着かなかった。
美姫の従業員たちはなんでもないような態度で接してくれているが、彼らの瞳には隠しきれない好奇が覗いているのを嫌でも感じた。
今日は皆が集まるデスクではなく、個室で仕事をすることにした。
現在、美姫は海外2号店となるソウル支店オープンに向けての準備に追われているところだった。韓国では未だに日本のファッションは根強い人気があり、日本での流行はすぐに韓国にも反映される。
『KURUSU』ブランドは当然ソウルの若年層を中心に人気となり、ソウルのセレブや「オルチャム」と呼ばれるファッションリーダーたちは、こぞって日本に買いに来ていた。もちろんネットで注文もできるが、直接買いに行くことがステイタスなのだ。ソウル支店が成功すれば、それを足がかりとしてシンガポールや上海などへの進出も考えていた。
今の美姫にとってビジネスは彼女の人生において重きを占め、生きがいも感じていた。
それなのに、どれだけ仕事で成功を収めても、周りからは結婚しているというだけで子供を作らなければいけないというプレッシャーを与えられる。両親の期待や京香からの重圧、大和の言葉を考えると、美姫は気が滅入った。
スマホが鳴り、美姫は視線をパソコンに向けたまま手に取った。
「もしもし」
『忙しそうですね。声に余裕がないですよ、美姫』
「秀一、さん......」
どうして、この番号を知っているの......
一瞬そう思ったが、そんなことは愚問だとすぐに思い返した。秀一にはこれぐらい、わけないことだ。
『あの美姫が、今では立派なビジネスウーマンですか。
素晴らしいですね』
耳に秀一の声がかかるだけで、そこから媚薬が流れ込んでくるかのように全身が熱くなる。懐かしいその声に、胸が震えてしまう。
いくら歳月が流れようとも、仕事で大きな業績を果たし、知識や経験を身につけても、美姫は秀一の前ではいつまでも少女のような気持ちになってしまう。そんな気持ちを必死に抑え、美姫は喉を潰すようにして低い声を出した。
「秀一さんは、何が目的なんですか......
私に言いたいことがあるのなら、あんなまわりくどい方法など取らず、どうか直接言って下さい」
昨日の態度から、電話をすれば美姫が泣き出すのではないかと秀一は予想していたので、しっかりした彼女の言葉に少し驚いた。だがその声は震えており、牽制しようと必死な美姫の姿が思い浮かび、秀一はクスッと笑った。
『あなたに言いたいこと、ですか』
そう言ってから、秀一は間を置いた。
その間が美姫を息苦しくさせる。顔が熱くなり、鼓動がどんどん速まっていった。
非難されても仕方ないことをした。
弁解の余地などない。謝って済むことではない。
たとえ罵倒されようと、受け止めなければ。
そんな覚悟でいた。
秀一の吐息が耳元でフッと零れる。
『そうですね......言いたいことならたくさんありましたが、今はひとつだけです。
美姫を、この腕に抱きたい』
「ッ!!!」
幾度も妄想し、叶うことなどないと諦めていた秀一から聞かされた熱く甘い言葉に美姫の脳髄が痺れ、躰の芯まで溶かされそうになる。
それでも、なんとか理性を必死に掻き集めた。
「私は、人妻です。私たちの関係は、終わったんです......
どうか......そんなこと、言わないでください」
気持ちが、溢れてしまう。止められなくなってしまうから......
どうか、それ以上言わないで。
『本当に、貴女の中で終わっているのですか?
私には、そう言いながらも貴女が私を必死に求めているようにしか聞こえませんよ?』
心臓を一突きされ、美姫は喉を詰まらせた。
っ、隠しきれるわけない、この思いを......
秀一さんは、全て分かっている。
「ッごめんなさい。仕事が、忙しいので......」
美姫はこれ以上秀一と会話を続けることが出来ず、逃げるように通話を切ってしまった。
20歳の誕生日に秀一さんがお祝いに演奏し、告白してくれた曲......
どうしてあの曲を、弾いて見せたの?
秀一さんは、一体何が目的なの?
あれは、私へのメッセージなの?
どう、受け取ればいいの......
この後ウィーンに戻ると言っていたが、彼が今、日本にいるというだけで落ち着かなかった。
美姫の従業員たちはなんでもないような態度で接してくれているが、彼らの瞳には隠しきれない好奇が覗いているのを嫌でも感じた。
今日は皆が集まるデスクではなく、個室で仕事をすることにした。
現在、美姫は海外2号店となるソウル支店オープンに向けての準備に追われているところだった。韓国では未だに日本のファッションは根強い人気があり、日本での流行はすぐに韓国にも反映される。
『KURUSU』ブランドは当然ソウルの若年層を中心に人気となり、ソウルのセレブや「オルチャム」と呼ばれるファッションリーダーたちは、こぞって日本に買いに来ていた。もちろんネットで注文もできるが、直接買いに行くことがステイタスなのだ。ソウル支店が成功すれば、それを足がかりとしてシンガポールや上海などへの進出も考えていた。
今の美姫にとってビジネスは彼女の人生において重きを占め、生きがいも感じていた。
それなのに、どれだけ仕事で成功を収めても、周りからは結婚しているというだけで子供を作らなければいけないというプレッシャーを与えられる。両親の期待や京香からの重圧、大和の言葉を考えると、美姫は気が滅入った。
スマホが鳴り、美姫は視線をパソコンに向けたまま手に取った。
「もしもし」
『忙しそうですね。声に余裕がないですよ、美姫』
「秀一、さん......」
どうして、この番号を知っているの......
一瞬そう思ったが、そんなことは愚問だとすぐに思い返した。秀一にはこれぐらい、わけないことだ。
『あの美姫が、今では立派なビジネスウーマンですか。
素晴らしいですね』
耳に秀一の声がかかるだけで、そこから媚薬が流れ込んでくるかのように全身が熱くなる。懐かしいその声に、胸が震えてしまう。
いくら歳月が流れようとも、仕事で大きな業績を果たし、知識や経験を身につけても、美姫は秀一の前ではいつまでも少女のような気持ちになってしまう。そんな気持ちを必死に抑え、美姫は喉を潰すようにして低い声を出した。
「秀一さんは、何が目的なんですか......
私に言いたいことがあるのなら、あんなまわりくどい方法など取らず、どうか直接言って下さい」
昨日の態度から、電話をすれば美姫が泣き出すのではないかと秀一は予想していたので、しっかりした彼女の言葉に少し驚いた。だがその声は震えており、牽制しようと必死な美姫の姿が思い浮かび、秀一はクスッと笑った。
『あなたに言いたいこと、ですか』
そう言ってから、秀一は間を置いた。
その間が美姫を息苦しくさせる。顔が熱くなり、鼓動がどんどん速まっていった。
非難されても仕方ないことをした。
弁解の余地などない。謝って済むことではない。
たとえ罵倒されようと、受け止めなければ。
そんな覚悟でいた。
秀一の吐息が耳元でフッと零れる。
『そうですね......言いたいことならたくさんありましたが、今はひとつだけです。
美姫を、この腕に抱きたい』
「ッ!!!」
幾度も妄想し、叶うことなどないと諦めていた秀一から聞かされた熱く甘い言葉に美姫の脳髄が痺れ、躰の芯まで溶かされそうになる。
それでも、なんとか理性を必死に掻き集めた。
「私は、人妻です。私たちの関係は、終わったんです......
どうか......そんなこと、言わないでください」
気持ちが、溢れてしまう。止められなくなってしまうから......
どうか、それ以上言わないで。
『本当に、貴女の中で終わっているのですか?
私には、そう言いながらも貴女が私を必死に求めているようにしか聞こえませんよ?』
心臓を一突きされ、美姫は喉を詰まらせた。
っ、隠しきれるわけない、この思いを......
秀一さんは、全て分かっている。
「ッごめんなさい。仕事が、忙しいので......」
美姫はこれ以上秀一と会話を続けることが出来ず、逃げるように通話を切ってしまった。
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