5 / 1,014
20歳の誕生日
3
しおりを挟む
秀一が予約していたのは、最近パリの五つ星レストランで修行していたシェフが独立して始めたことで有名なレストランだった。都会の一等地にありながらも表通りから外れているため、レストランの周囲は驚くほどに静かだ。外観はお洒落な白亜の4階建ての建物で、チャペルもあり、1棟丸ごと貸切で行われるゲストハウスウェディング会場としても人気らしい。
最近、テレビや雑誌でよく見るレストラン。噂では予約は1年先までいっぱいって聞いていたけど……
「秀一さん、このお店の予約とるの、大変だったんじゃないですか?」
「ふふっ、美姫のためならどんな手段を使うことも厭いませんよ」
秀一は美姫から優美な仕草でトレンチコートを脱がせて案内のウェイターに預けると、含みのある言い方をして艶やかに微笑んだ。
きっと、具体的に聞かない方がいいよね......
疎遠になるまでは、仕事が多忙で家を空けることの多かった両親の親代わりとして、秀一が幼い頃から美姫の面倒をよく見てくれていた。秀一は深い愛情でいつも美姫を包み込み、甘やかしてくれていた。美姫はそんな秀一を兄のように慕い、両親が嫉妬するほどに懐いていた。
それが......気付いた時には、恋心へと変わっていたのだった。
その一方で、秀一は美姫以外の人間に対しては結構冷たく、計算高い面を持っていることに、美姫自身成長するにつれて何となく気付いていった。だが、それが秀一にとって美姫が『特別な存在』であることを感じさせ、秘かに嬉しく感じていたのだった。
ウェイターに案内されて席につく。壁は外観と同じく目に眩しいほどの純白だが、それを柔らかみのある間接照明が照らし出すことで温かみのある空間となっていた。テーブルクロスとナプキンと皿の白にシルバー類と皿の縁の金色が対比となり、華やかさを醸し出していた。
「今日は美姫の20歳の誕生日なので、最初にシャンパンでお祝いしましょうか」
「はい」
こうして素敵なレストランで秀一さんと二人でお酒を飲みながら、20歳の誕生日のお祝いをしてもらえるなんて夢みたい......
美姫は幸せな心地に浸りながら、一点の曇りなく磨かれたシャンパングラスを、目の前に差し出された愛しい人の指先に絡みついたそれと重ねる。甲高い硝子音は、静かなプライベートルームの天井まで響き渡った。
「美姫、誕生日おめでとうございます」
「秀一さん……ありがとうございます」
来栖家では家族といえども父親以外はお互い敬語で話すのが常で、それは美姫と叔父である秀一も例外ではなかった。それは、三代財閥のひとつである来栖財閥を束ねる来栖家に、唯一残っている慣習のようなものかもしれない。
愛情溢れた美姫の両親は、なるべく普通の環境で美姫を育てたいと常に気を配ってくれていたし、美姫はそれに感謝していた。
テーブルにはアンティパスト(前菜)の「魚介とトマトのレモンマリネ」がサーブされ、純白のテーブルに新たな彩りを添えていた。人差し指と親指で貝を摘み、フォークで貝の身をくるりと巻きつけて取っていると、秀一が美姫にさりげなく話題を向けてきた。
「美姫、大学での生活はどうですか」
「はい、親しい友人もできて毎日楽しく過ごしています」
嬉しそうに答える美姫に、秀一が僅かに眉を顰めて尋ねる。
「ご友人、というのは殿方も含むのですか」
「? はい......男性の友人もいますが」
すると、急に秀一の纏う空気が変わった。長い睫毛を揺らし、美姫をじっとりと見つめる。
「そう、ですか……この年頃の男というものは、獰猛な欲を抱えているものです。十分気をつけてくださいね」
そんな秀一を、まるで年頃の娘を心配するようだと感じた美姫は、可笑しくなって口元を緩めた。
「ふふっ、秀一さんは心配しすぎです。そんな人、私の友人にはいないですよ」
少しの間があいた後、フーッと秀一が大きく溜息をつく。その仕草は艶めかしく、美姫の心臓を鷲掴みにして離さない。
「貴女が気付いていないだけですよ。美姫、貴女はもっと自分の魅力を自覚するべきかもしれませんね」
トクンッと美姫の鼓動が大きく跳ねた後、トクトクトク……と小刻みに跳ね続ける。
「そ、そんな......秀一さんは私が身内だからって買い被り過ぎです」
美姫は赤くなった頬を誤魔化すように、残ったグラスのシャンパンを一気に飲み干した。シャンパンが通り抜ける先から喉が、躰が、焼け付くように熱くなった。動揺してることを悟られたくなくて、慌てて話題を変えることにした。
「それより秀一さん、最近は演奏会などで忙しいんじゃないんですか」
秀一は新進気鋭のピアニストだ。秀一の美しい指先から弾かれる優美で華麗なピアノの奏でる音に惹かれるファンは多い。それに加えて整った美しい顔立ちに妖艶とも呼べる色香を纏った彼は、多くの女性ファンを虜にしていた。
以前から秀一は『ピアノ界の貴公子』と称され人気があったが、最近は今まで以上に様々なメディアで紹介され、その人気はますます白熱していた。つい先日は若い女性をターゲットにしたファッション雑誌でも特集が組まれたため、それまでクラシックに興味がなかった層までも巻き込んでファンを拡大している。
「えぇ、最近は色々なところに呼ばれることも多いですが......今日は、特別ですから」
秀一が優美な仕草で海老を口に含んでからフォークとナイフを置き、美姫を熱っぽく見つめて意味深に口角を上げた。その言葉に期待してしまう自分がいる。
秀一さんは、小さい頃から可愛がってる姪として、私のことを『特別』って言ってるだけなんだ。期待なんか、しちゃだめ……
美姫は手元に視線を落とし、落ち着きなくフォークを口元へと運んだ。
最近、テレビや雑誌でよく見るレストラン。噂では予約は1年先までいっぱいって聞いていたけど……
「秀一さん、このお店の予約とるの、大変だったんじゃないですか?」
「ふふっ、美姫のためならどんな手段を使うことも厭いませんよ」
秀一は美姫から優美な仕草でトレンチコートを脱がせて案内のウェイターに預けると、含みのある言い方をして艶やかに微笑んだ。
きっと、具体的に聞かない方がいいよね......
疎遠になるまでは、仕事が多忙で家を空けることの多かった両親の親代わりとして、秀一が幼い頃から美姫の面倒をよく見てくれていた。秀一は深い愛情でいつも美姫を包み込み、甘やかしてくれていた。美姫はそんな秀一を兄のように慕い、両親が嫉妬するほどに懐いていた。
それが......気付いた時には、恋心へと変わっていたのだった。
その一方で、秀一は美姫以外の人間に対しては結構冷たく、計算高い面を持っていることに、美姫自身成長するにつれて何となく気付いていった。だが、それが秀一にとって美姫が『特別な存在』であることを感じさせ、秘かに嬉しく感じていたのだった。
ウェイターに案内されて席につく。壁は外観と同じく目に眩しいほどの純白だが、それを柔らかみのある間接照明が照らし出すことで温かみのある空間となっていた。テーブルクロスとナプキンと皿の白にシルバー類と皿の縁の金色が対比となり、華やかさを醸し出していた。
「今日は美姫の20歳の誕生日なので、最初にシャンパンでお祝いしましょうか」
「はい」
こうして素敵なレストランで秀一さんと二人でお酒を飲みながら、20歳の誕生日のお祝いをしてもらえるなんて夢みたい......
美姫は幸せな心地に浸りながら、一点の曇りなく磨かれたシャンパングラスを、目の前に差し出された愛しい人の指先に絡みついたそれと重ねる。甲高い硝子音は、静かなプライベートルームの天井まで響き渡った。
「美姫、誕生日おめでとうございます」
「秀一さん……ありがとうございます」
来栖家では家族といえども父親以外はお互い敬語で話すのが常で、それは美姫と叔父である秀一も例外ではなかった。それは、三代財閥のひとつである来栖財閥を束ねる来栖家に、唯一残っている慣習のようなものかもしれない。
愛情溢れた美姫の両親は、なるべく普通の環境で美姫を育てたいと常に気を配ってくれていたし、美姫はそれに感謝していた。
テーブルにはアンティパスト(前菜)の「魚介とトマトのレモンマリネ」がサーブされ、純白のテーブルに新たな彩りを添えていた。人差し指と親指で貝を摘み、フォークで貝の身をくるりと巻きつけて取っていると、秀一が美姫にさりげなく話題を向けてきた。
「美姫、大学での生活はどうですか」
「はい、親しい友人もできて毎日楽しく過ごしています」
嬉しそうに答える美姫に、秀一が僅かに眉を顰めて尋ねる。
「ご友人、というのは殿方も含むのですか」
「? はい......男性の友人もいますが」
すると、急に秀一の纏う空気が変わった。長い睫毛を揺らし、美姫をじっとりと見つめる。
「そう、ですか……この年頃の男というものは、獰猛な欲を抱えているものです。十分気をつけてくださいね」
そんな秀一を、まるで年頃の娘を心配するようだと感じた美姫は、可笑しくなって口元を緩めた。
「ふふっ、秀一さんは心配しすぎです。そんな人、私の友人にはいないですよ」
少しの間があいた後、フーッと秀一が大きく溜息をつく。その仕草は艶めかしく、美姫の心臓を鷲掴みにして離さない。
「貴女が気付いていないだけですよ。美姫、貴女はもっと自分の魅力を自覚するべきかもしれませんね」
トクンッと美姫の鼓動が大きく跳ねた後、トクトクトク……と小刻みに跳ね続ける。
「そ、そんな......秀一さんは私が身内だからって買い被り過ぎです」
美姫は赤くなった頬を誤魔化すように、残ったグラスのシャンパンを一気に飲み干した。シャンパンが通り抜ける先から喉が、躰が、焼け付くように熱くなった。動揺してることを悟られたくなくて、慌てて話題を変えることにした。
「それより秀一さん、最近は演奏会などで忙しいんじゃないんですか」
秀一は新進気鋭のピアニストだ。秀一の美しい指先から弾かれる優美で華麗なピアノの奏でる音に惹かれるファンは多い。それに加えて整った美しい顔立ちに妖艶とも呼べる色香を纏った彼は、多くの女性ファンを虜にしていた。
以前から秀一は『ピアノ界の貴公子』と称され人気があったが、最近は今まで以上に様々なメディアで紹介され、その人気はますます白熱していた。つい先日は若い女性をターゲットにしたファッション雑誌でも特集が組まれたため、それまでクラシックに興味がなかった層までも巻き込んでファンを拡大している。
「えぇ、最近は色々なところに呼ばれることも多いですが......今日は、特別ですから」
秀一が優美な仕草で海老を口に含んでからフォークとナイフを置き、美姫を熱っぽく見つめて意味深に口角を上げた。その言葉に期待してしまう自分がいる。
秀一さんは、小さい頃から可愛がってる姪として、私のことを『特別』って言ってるだけなんだ。期待なんか、しちゃだめ……
美姫は手元に視線を落とし、落ち着きなくフォークを口元へと運んだ。
1
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる