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幸せの基準
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途端に、美姫の鼓動が速まる。大和は美姫の姿を認めると、屈託のない笑顔をこちらに向けて手を振ってきた。
あ…思い、過ごしか……考えてみれば、道を歩いてる時に車の中の人までいちいち見てないよね、普通……
美姫は胸に巣食う不安を無理やり一蹴した。扉に掛けていた手に力を込めて開けようとしたが、その瞬間、反対側の腕をスッと秀一に引き寄せられた。
えっ……
同時に、美姫の座っている側のリアサイドウィンドウが開けられ、そこに大和が通る。開けられた窓越しに、大和が助手席に座っている美姫に話し掛けた。
「美姫、誕生日おめでとう!俺も今、着いたとこ」
「あ、ありがとう…大和……」
ど、どうしよう……こんなところで大和と鉢合わせしちゃうなんて。
車から出ようとした時に秀一さんが私の腕を引き寄せたのって……わざと、だよね......
美姫の心臓は壊れそうな程バクバクし、ここから今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。秀一が運転席からぐっと美姫の方へと身を乗り出し、大和に挨拶した。
「初めまして、美姫の叔父です。美姫とは、高校の時の友人だそうですね」
秀一はビジネス用のにこやかな笑みを大和に向けた。
え……初め、まして?
大和とは幼稚舎からの友人ということもあって、すれ違い程度かもしれないけど、何回か顔を合わせたことがあるはずなのに。たとえ会ったことを覚えていなかったとしても、仲のいい友人として子供の頃はよく大和のことを話題にしていたから、名前を聞けばピンとくるはず……物覚えのいい秀一さんが、覚えていないわけない。
秀一さんはどんな意図をもって、話しているの?……もしかして秀一さんは、大和が高校生の時に付き合ってた彼氏って、気付いているの?
美姫は秀一の顔も大和の顔も見ることが出来ず、正面を凝視したまま緊張した躰を強張らせ、バッグをギュッときつく握りしめた。握りしめた手から汗が滲み出てくるのがわかる。
「あ、どうも。えっと、何回か以前に会ったことあるんですけど……多忙な来栖さんだから、いちいち覚えてないですよね。
美姫さんが幼稚舎の頃から仲良くさせてもらっている、友人の羽鳥大和です」
大和はそんな秀一の態度を気にしていなかったようだが、どことなく普段とは違う強張りを、声に感じた。
「申し訳ありません。普通、一度あった人間は忘れないのですが......美姫が幼稚舎の頃からの友人を覚えていないとは、失礼しました」
「いえ、ぜんっぜん気にしてませんから、気にしないで下さい」
美姫を挟んで二人の間に張り詰めた糸のような緊張感を感じて、美姫は生きた心地がしなかった。
「美姫、早く行こうぜ。みんな待ってる」
その糸を断ち切ってくれた大和に感謝しつつも、秀一の元を離れること、元カレである大和の元へと行くことに美姫は後ろめたさを感じた。
「では美姫、楽しんで来て下さいね」
扉に手を掛けることを躊躇していた美姫に軽く躰を傾け、秀一が扉を開けてくれた。その仕草と傾いた秀一からふわっと香った甘くセクシーな香水の匂いに思わず美姫の鼓動が跳ね上がり、下半身がキュン…と切ない疼きを齎す。
「…はい。行ってきます……」
秀一の視線を背中に感じて、振り返ってその胸に飛び込みたい衝動に駆られながらも、両脚を揃えて扉へと向き直り、軽く扉を押した。
すると、開いた扉から大和が手を差し出した。社交界では女性をエスコートするのはごく普通のマナーだが、秀一の目の前で大和の手を取るのはかなり勇気がいる。
この手を取らないと……大和に対して失礼な振る舞いをすることも出来ない。それにこれは、単なるマナー。
何の意味もない……
そう美姫は、心の中で言い聞かせた。
「あ、りがとう……」
ぎこちない笑みを浮かべ、おずおずと手を伸ばした美姫の手を少し強引に大和が引いた。ギュッと美姫の手を握った大和は、美姫が車から降りるのを確認して扉を優雅に閉めた。
「可愛い姪に変な虫がつかないように、しっかり見張っていて下さいね」
秀一の恐ろしいまでに美しい笑顔が溢れ、美姫の背筋にゾクゾクと戦慄が走る。
「美姫さんは俺がしっかり守りますから、ご安心下さい」
大和は秀一に負けじと爽やかに歯を見せて笑った。
美姫は大和に促されレストランへと歩き出したものの、秀一が気になり後ろを振り返ろうとした。そこへ、美姫の隣を歩く大和の脇を緩やかにスピードを上げて秀一の車が走り抜けた。秀一の視線は美姫と交わることなく、過ぎ去ってしまった。
秀一さんは、私の過去をどこまで知ってるんだろう。今度会ったら、なんて言えばいいの……大和のこと、話した方がいいのかな……
美姫の心は重く沈んだ。
あ…思い、過ごしか……考えてみれば、道を歩いてる時に車の中の人までいちいち見てないよね、普通……
美姫は胸に巣食う不安を無理やり一蹴した。扉に掛けていた手に力を込めて開けようとしたが、その瞬間、反対側の腕をスッと秀一に引き寄せられた。
えっ……
同時に、美姫の座っている側のリアサイドウィンドウが開けられ、そこに大和が通る。開けられた窓越しに、大和が助手席に座っている美姫に話し掛けた。
「美姫、誕生日おめでとう!俺も今、着いたとこ」
「あ、ありがとう…大和……」
ど、どうしよう……こんなところで大和と鉢合わせしちゃうなんて。
車から出ようとした時に秀一さんが私の腕を引き寄せたのって……わざと、だよね......
美姫の心臓は壊れそうな程バクバクし、ここから今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。秀一が運転席からぐっと美姫の方へと身を乗り出し、大和に挨拶した。
「初めまして、美姫の叔父です。美姫とは、高校の時の友人だそうですね」
秀一はビジネス用のにこやかな笑みを大和に向けた。
え……初め、まして?
大和とは幼稚舎からの友人ということもあって、すれ違い程度かもしれないけど、何回か顔を合わせたことがあるはずなのに。たとえ会ったことを覚えていなかったとしても、仲のいい友人として子供の頃はよく大和のことを話題にしていたから、名前を聞けばピンとくるはず……物覚えのいい秀一さんが、覚えていないわけない。
秀一さんはどんな意図をもって、話しているの?……もしかして秀一さんは、大和が高校生の時に付き合ってた彼氏って、気付いているの?
美姫は秀一の顔も大和の顔も見ることが出来ず、正面を凝視したまま緊張した躰を強張らせ、バッグをギュッときつく握りしめた。握りしめた手から汗が滲み出てくるのがわかる。
「あ、どうも。えっと、何回か以前に会ったことあるんですけど……多忙な来栖さんだから、いちいち覚えてないですよね。
美姫さんが幼稚舎の頃から仲良くさせてもらっている、友人の羽鳥大和です」
大和はそんな秀一の態度を気にしていなかったようだが、どことなく普段とは違う強張りを、声に感じた。
「申し訳ありません。普通、一度あった人間は忘れないのですが......美姫が幼稚舎の頃からの友人を覚えていないとは、失礼しました」
「いえ、ぜんっぜん気にしてませんから、気にしないで下さい」
美姫を挟んで二人の間に張り詰めた糸のような緊張感を感じて、美姫は生きた心地がしなかった。
「美姫、早く行こうぜ。みんな待ってる」
その糸を断ち切ってくれた大和に感謝しつつも、秀一の元を離れること、元カレである大和の元へと行くことに美姫は後ろめたさを感じた。
「では美姫、楽しんで来て下さいね」
扉に手を掛けることを躊躇していた美姫に軽く躰を傾け、秀一が扉を開けてくれた。その仕草と傾いた秀一からふわっと香った甘くセクシーな香水の匂いに思わず美姫の鼓動が跳ね上がり、下半身がキュン…と切ない疼きを齎す。
「…はい。行ってきます……」
秀一の視線を背中に感じて、振り返ってその胸に飛び込みたい衝動に駆られながらも、両脚を揃えて扉へと向き直り、軽く扉を押した。
すると、開いた扉から大和が手を差し出した。社交界では女性をエスコートするのはごく普通のマナーだが、秀一の目の前で大和の手を取るのはかなり勇気がいる。
この手を取らないと……大和に対して失礼な振る舞いをすることも出来ない。それにこれは、単なるマナー。
何の意味もない……
そう美姫は、心の中で言い聞かせた。
「あ、りがとう……」
ぎこちない笑みを浮かべ、おずおずと手を伸ばした美姫の手を少し強引に大和が引いた。ギュッと美姫の手を握った大和は、美姫が車から降りるのを確認して扉を優雅に閉めた。
「可愛い姪に変な虫がつかないように、しっかり見張っていて下さいね」
秀一の恐ろしいまでに美しい笑顔が溢れ、美姫の背筋にゾクゾクと戦慄が走る。
「美姫さんは俺がしっかり守りますから、ご安心下さい」
大和は秀一に負けじと爽やかに歯を見せて笑った。
美姫は大和に促されレストランへと歩き出したものの、秀一が気になり後ろを振り返ろうとした。そこへ、美姫の隣を歩く大和の脇を緩やかにスピードを上げて秀一の車が走り抜けた。秀一の視線は美姫と交わることなく、過ぎ去ってしまった。
秀一さんは、私の過去をどこまで知ってるんだろう。今度会ったら、なんて言えばいいの……大和のこと、話した方がいいのかな……
美姫の心は重く沈んだ。
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