アイドリーム

にゃんこう

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夢を追うんだ私。アイドル目指して頑張りますっ!

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 "私は呪われている"

 冒頭から不穏当な発言をしてしまい申し訳ない。語り部である私こと、高篠結《たかしのゆい》はその呪いに苦しめられ、どれだけ神様を恨んだことか。

 その呪いは私の心の奥深くまで入り込み、苦痛だけを与えてくる。

 呪いは私を嘲笑する。
 人々は私を嘲笑する。
 そして私自身も、こんな私を嘲笑っていた。

 私は羽を失った天使。
 飛ぶことも、足掻くことも出来ず、ただ真っ暗な底へ沈んでいく。いつしか理不尽な呪いに抗う事さえも諦めていた。

 そんな天真爛漫の私がダークサイドに堕ちた事件。それを語らなければ、私という人物を知ってはもらえないだろう。忘れもしない、それは小学四年生の体育館で起こった出来事だった。


 ◇回想◇


 ――♪

 なんの変哲もない九月中旬。
 色素が薄くなり始めた葉の色に、淋しさを覚える私は体育館の上窓から私達を一望する桜の木に憂いを帯びた瞳を向ける。

「――ありがとうございました。次に校歌斉唱」

 私はこの学校の校歌が好きだ。
 歌詞の前に三十秒ほど伴奏が入るのだが、そのピアノの演奏がまたリズム感があって良い。歌う前に気分を高めさせるなんて、校歌を作製した人の戦略なのだろうか。


 ――♪


 全校生徒が歌うだけあって声量も絶大。
 まるで"音"の中に入り込んでしまったかのように、四方八方から飛んでくる重複した声が私の歌声を攫っていく。声の塊は体育館を震えさせ、木質系の床が振動している。

 歌うことが好きな私は、周囲に負けじと次第に声を大きくしていった。そして二番目の歌詞に入った瞬間。



 ――悲劇は起こった。






「ぐええぇえ⤴ ぐわぁええ⤴ ぐふえええ⤵」




 どこからか聞こえてくる酷い歌声。
 もはや歌声ではなく、それは叫声に近い。




「クヮぁぁー……あれ?」




 気が付くと音楽は止まり、皆私に注目している。
 はて、何だろうか?
 何が起こったのか理解が追いついていない私はキョロキョロと周囲を見渡す。だが、視界に入る一人ひとりと目が合うのだ。

「た……高篠……さん?」

 担任の先生が私の名前を呼ぶ。
 そしてクラスで一番仲の良い明美ちゃんも、埴輪のように口を開けて私を見ていた。

 その時、私は初めて"呪い"を知った。



『歌詞の二番目が歌えなくなる呪い』を。



 ◆


「なぁゆいっち! 今晩オケカラでバイブスアゲアゲピーポーしようぜ」
「ごめん、今日もバイト」

 ホームルームを終えると私の机を囲む二人の金髪ギャル。勿論、校則的に髪染めは禁止されている。何度も生徒指導の先生にお世話になっているのだが、彼女等のギャル魂はそんなもんじゃ砕けない。

「ゆいっち、最近トイバー入れ過ぎじゃね?」
「まぁしゃーなし? 私ら厚顔無恥だし、ゆいっちも乙っちゃんじゃん?」

 おいギャル、そんな成りをして何でそんな言葉知ってんだ。

「別にそんなんじゃない。そんじゃお先」
「うぃー。キロロをかける少女~」

 私は荷物を持って教室を後にした。
 別に彼女達の事は嫌いじゃない。
 むしろ、誰にでも冷たい態度をとってしまう私に、唯一しつこいくらいに話し掛けてくれた友人だ。

「だけど……ねぇ」

 彼女達は瞼に毛虫を飼っている。
 それにウル○ァリンのように鋭利な爪。
 それらを装備して自慢気に見せて来た時、私は思っくそ顔を引き攣らせたのを覚えている。

 そして私も彼女等と同じ"不良"の一人。
 大好きな歌に見捨てられ、夢も希望も失った羽のない天使。そして。


 私の呪いは、まだ解けていない。



 ◆

「お先です」

 身支度を済ませ、コンビニから出ようとしたところを店長に呼び止められた。

「結ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫って……何がですか」
「その、いつも辛そうな顔をしてるから」
「―――っ」

 その時、私の中でふつふつと何かが沸いた。店長の心配そうな顔が、私の両親の顔と重なって見えたのだ。

 "歌えなくても生きていけるよ"

 私を励ます為に言ってくれた両親の言葉。
 だけど、それが私の心に深い傷を負わせた。

「うるさい!! あんたに何が出来る!!」

 衝動的に発言してしまった直後、私は我に返る。「ごめん……」と悲哀に満ちた表情で俯く店長に、私はズキンっと痛む胸を押さえ、その場から走って逃げ出した。

 この『歌詞の二番目が歌えなくなる呪い』は数年経っても治る気配は無かった。そもそも治るものなのか、それすらも解らない。歌詞の二番目に入った途端に「ぐあぇ」とエイリアンのような声が出てしまう呪い。
 言うなれば、生活には支障をきたさないレベルの呪いだ。要は歌わなければいい。
 だけど。




「僕と君とでは……なにが違う―――♪」





 紺色の世界に灯る光が次々と消えていく。
 私は警察の通らない土手沿いを歩き、夜空を見上げながら小さな声で歌う。





「それぞれ見てきた景色があるー……」





 途切れ途切れに歌っているが、私の足は自然とスキップをして、歌も続けて歌うようになっていた。
 人気の少ない星空の下で歌う。
 あぁなんて心地が良いんだ。
 嫌な事も全部忘れられる。やっぱり私は歌が好きだ。





「やたら失う――グワェ…!!」





 突然声が出なくなり咄嗟に喉元を手で触れる。
 あれ私、いつの間に二番の歌詞を?
 どんなに腹に力を込めて声帯を震わせようとしても、言葉が出ない。


「あぁぁ……」


 歌えない。
 大好きな歌が最初から最後まで歌えない。
 声は出るけど言葉が出ない。
 喉の奥で引っ掛かり、何度も何度も言葉を思い浮かべて声に出すが、疲れるだけで無意味に終わる。


「ぁあ……ははは、もう……なんなんだよ」


 目頭が熱くなり、頬をゆっくりと伝う雫。
 胸の奥から湧いてくるこの感情。


 "悔しさ"


 あぁ悔しい。
 大好きだった。
 夢だった。
 歌手になることが、私の夢だったんだよっ!!



「ぁああああ、このやろおぉぉぉ!!」




 私はスクールバッグを放り投げて、川に向かって叫んだ。想い内を全部、喉が潰れそうになるまで叫び続けた。向こう岸に灯る住宅街の光は、瞳の中でゆらゆらと揺れている。

「うっ……なんで……なんで私なの」

 私が何をしたっていうの?
 なんで神様は私に大好きな歌を奪うの?
 地面に膝をついてその場で泣き崩れる。すると。


「気に入った」


 ふと、耳の奥を撫でるような優しいお爺さんの声が聞こえてくる。顔を上げると私に手を差し伸ばす老人が立っていた。


「やぁお嬢さん。私と一緒にアイドルを目指さないかい?」

「え?」


 ――この出会いが私の運命を大きく変えた。



 ◆


(太陽に吠えろ風な音楽が流れてます♪)
 

 それから私は血反吐を吐き、自身に鞭を打ちながらアイドルを目指した。

「こんなんじゃアイドルになれんぞ!!」

「は、はい!!」

 そう、元プロ歌手のお爺さんと私のアイドルを目指す旅が始まったのだ。

 腰に縄を巻いてタイヤを引き摺りながらひたすら海辺を走り、肉ばっかり食わされ、喉が潰れるまで歌い続けた。

 辛かった。
 涙も流した。
 だけど何でだろう、楽しかったんだ。
 こんな私でもなれる、そんな可能性をお爺さんは私に教えてくれた。



 ――そして、二年の月日が経った。


 ◆


 歓声が大気を震わせる。
 まるで夏祭りに和太鼓が鳴り響き、心臓が高鳴る感覚。

「みんな、今日はありがとう!!」

 私の声に数万人のファンが返事を返してくる。ステージから眺める景色はどんな日本百景よりも、美しい。

「ミュージック……スタート」

 私の掛け声により、騒がしかった会場はドラムの音が支配する。続けて主であるギターとメロディー全体を支えるベース。

「やっとこの舞台に立てたな、ゆいっち」
「大変だったねぇ~ゆいっちゃん」

 私の後ろでギターとベースを弾くのは元ギャルで私の友人である二人だ。感動的なドラマの末、二人は私についてきてくれた。
 二人の演奏は息を呑むほどの圧倒される。
 観客は既にこの演奏で心を掴まれていた。

 ――あぁ。なんて頼もしいんだ。

 私は満面の笑みを浮かべて観客に顔を向ける。マイクを唇の下に当てて、息を吸い込んだ。


 さぁ刮目せよ。
 耳を澄ませ。
 私だけに集中しろ。

 これが"私の曲"だ!!!





 
 クヮ、クヮ、クヮァー⤴






 私の甲高い声が空に消えると同時に、観客が一斉に合唱を始める。



 さんはい。






 かーえーるーのーうーたーが






 目の前で私のファンがペンライトを握って「へい」と相打ちをする。






 きーこーえーてーくーるーよ





 結局私は呪いが解けることはなかった。
 だが、解けないからこそ素晴らしい歌が歌える。解けないからこそ、人を魅了する声が出せる。

 そして私はこの二年間で鍛え上げられた声質、洗礼された美しい歌声もとい、鳴き声を!!

 今ここに!!







 クヮ、クヮ、クヮ、クヮ~⤴






 私の声に観客は湧き起こる。
 涙を流す者、祈りを捧げる者、そして恋人同士で接吻する者。

 "浄化"

 社会に抱えた闇を浄化する効果が私の声にはある。そして「グェ」や「クワァ」に磨きをかけた最高の歌。




 ゲロゲロゲロゲロ

  





 クヮ、クヮ、クヮァァァァァ~~⤴






 一度聞いたら忘れられない、心を揺らす魅惑的なビブラート。会場は波紋のない水面のように静かになっていた。聞こえるのは私の息づかいだけ。

 そして現実に戻ってきた観客達は私に拍手喝采を送る。私は興奮して火照る身体を冷ますべく、何度も「はぁ」と息を吐き捨てた。

 ステージ裏で涙を流すお爺さんに私は微笑む。

 雲ひとつない青い空。
 私は空を見上げながら、静かに目を瞑った。瞼の裏には写るのは辛かった思い出の日々。

 私が目指したかったアイドル。
 私はなれたんだ!!
 そのステージに、私は今立ってるんだ。



 
「…………」





 何か……違くね?

ーーーーーーー完ーーーーーーー
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