しのちゃんは今日も苦悩する

にゃんこう

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日光浴と昨夜の金ロー

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「くっ……ふはぁぁぁああ」

 至福のひとときとはまさに今この瞬間だろう。
 燦々と降り注ぐ陽射しが風呂上がりの私を優しく抱擁し、汚れ一つない綺麗なピチピチ肌をそよ風がそっと撫でてくる。

「あー良い風だぁ」

 濡れた髪を自然乾燥させようと身体にタオル一枚だけを巻いてベランダに出たものの、陽射しが生み出す温もりとそよ風の涼しさが私を快楽の渦へと放り込む。気付けば私はベランダから離れられなくなっていた。

 火照った身体に冷たいモノの組み合わせは、甘い食べ物と塩っぱい食べ物の組み合わせと同じくらい至福度が高い。こんな快楽を味わえないゾンビに少しばかり同情してしまう。

「あぁ気持ちええ……あ、そうだ!」

 私はふとあることを閃き、家の中に戻ってクローゼットを漁る。取り出したのはデッキチェアーとサングラスと炭酸飲料。それらを抱えて再びベランダへと向かった。広さおよそ四畳くらいあるベランダにデッキチェアーを広げ、サングラスを装着。さらにエアコンの室外機の上に炭酸飲料を置いて……。

「キャビネット空将、準備完了しました」
「おほん、ご苦労。諸君のお陰でこの戦いに勝つ事ができた。大いな貢献に感謝する。これは報酬だ、存分に身体を休めるといい」
「はっ、有難き幸せ」

 気持ちが昂ぶった私は、昨夜金ローで放送されていた『零ゼロ戦記~逆襲のニャア~』を思い出して、一人二役の演技をしてみせた。

「あぁ、昨日の映画を思い出しただけで興奮してきた」

 零ゼロ戦記シリーズの中でも逆襲のニャアはシリーズ最高傑作と言われ、その興行収入は百五十億円相当。そして昨夜放送されていた逆襲のニャアはシリーズの中では四作品目だ。

 一作目と二作目は主人公のニャアがパイロットとして成長していく物語。ちなみにキャラクターは全員猫である。そして劇場版三作目、その作品が全世界に反響をよんだ。涙と笑い、そして愛で溢れる素晴らしい名作であると評論家も絶賛するくらいだ。
 内容は長年親のように面倒を見てくれたニャアの上官であるキャビネット空将が、戦闘中に仲間内に殺されてしまう。ニャアは怒り狂ってその犯人を探し、やっと見つけた犯人がまさかのニャアの幼馴染であり大親友であるブルベットだったのだ。

「いやぁ、あのシーンは痺れたなぁ~」


 ◆しのちゃんの脳内映像~開始~◆

 機体が保管されている倉庫にキャビネット空将を殺害した犯人がいる、と最高階級の航空幕僚長の情報により、ニャアは使い慣れた拳銃、ベレッタBU9 nanoを腰に掛けて倉庫に歩を進める。ニャアの怒りは既に最高潮にまで達し、進行を邪魔する奴がいれば全員殺しかねない程に殺気を放っていた。

「今……仇をとります。キャビネット空将」

 ニャアはプレハブ倉庫のスチールドアを蹴り飛ばし、暗闇に銃を構えた。するとニャアが暗闇にゆらゆら動く人影を捉えた瞬間、瞳孔を大きく開いて深く息を吸い込んだ。

「お前がキャビネット空将を――」
「やぁ、ニャア」

 ニャアの声を遮って現れたその人物は、友人のブルベットだった。ニャアはブルベットの姿を視界に収めると、身体を脱力して微笑む。

「なんだブルベットか。どうしたこんな所で……っと無駄話は止めだ。なぁブルベット、ここに誰か来なかったか?」
「……」
「どうしたブルベット? というか数時間も姿を見ないと思ったら、一人で機体の整備してたのか! 全く、声を掛けてくれれば手伝ってや――」

 そう言い終える間もなく、ニャアの頬を一発の銃弾が横切る。ニャアは瞬時に近くにあったコンテナに隠れて銃を構え直すが、どこから放たれたのか予想もつかなかった。確か倉庫に入った時はブルベット一人の気配しか感じなかったはず。気配を消す事のできる程の手練れた敵だと確信したニャアは、顔をしかめて声を張り上げた。

「ブルベット!! 今すぐしゃがみ込んで、近くのコンテナに隠れろ!! この倉庫にはな、キャビネット空将を殺した犯人が潜んでいるんだ」
「ニャアは……そこまで僕を信頼してくれているんだね」
「え?」

 ブルベットの意味有り気な言葉に呆気に取られた瞬間、ニャアのコンテナに数発の銃弾が放たれた。キンッキンッと高い音を鳴らして暗闇に眩しい火花を散らす。ニャアにとって数発も銃弾が放たれれば、それがどこから放たれているのかを把握するのは容易いこと。だからこそ、ニャアは銃弾が放たれた元がブルベットからだという現実を受け止めきれずにいた。

「そんな。嘘だ、なぁ嘘だと言ってくれブルベット!!」
「ごめんニャア。キャビネット空将を殺したのは……僕だ」


 ◆しのちゃんの脳内映像~終了~◆

「あれは衝撃的だったなぁ……」

 だってブルベットは一作目からずっとニャアと支え合い、また助け合ってきた仲間。その仲間が上官を殺害した相手だなんて思うわけがない。例えるならば、国民的の人気アニメ『アンぺンマン』の敵であるバイギンマンの親玉がパタコさんだったくらいの衝撃だよ。

「三作目の終わり方もまた最高だったよねぇ、あの監督の演出がまた格好良くて好きだなぁ」

 私はデッキチェアーに腰を落とし、海底よりも澄んだ爽やかな水色の空を見上げた。鋼の翼を広げ空を飛行する機体が視界に入り、再び零ゼロ戦記の映像が脳内に映し出される。

 三作目の終盤。対峙し合ったニャアとブルベットだったが、ニャアの想いをブルベットにぶつけると、ブルベットは涙を流しながら最高階級の航空幕僚長の命令でキャビネット空将を殺害したと告白した。そしてニャアの怒りの矛先は航空幕僚長へと向けられたのだが、そんな二人の間に航空幕僚長とその他幹部が登場した。そしてニャアに向けて銃弾の雨が降り注ぎ、死を覚悟したニャアだったが銃声が鳴り終わっても痛みも無く無傷。

 そう、ブルベットが体を張ってニャアを守ったのだった。


 ◆しのちゃんの脳内映像~開始~◆

「嫌だ、嫌だよブルベット!! 死ぬな生きろ、すぐに治療してやるから、だから死なないでくれぇ」

 ブルベットの体は無残に銃弾によって穴だらけ。運良く急所は外れたが、出血量が多い。ニャアは戦場で瀕死状態の仲間を沢山見てきたが、経験上この状態から助かる見込みはない事をニャアは気付いていた。それでも助かる見込みがあるならば、その可能性を信じずにはいられなかった。

「かはっ……ニャ…ア。いつも……お前は……」
「黙れ黙れ黙れ!! これ以上口を開くな、ぶん殴るぞ」

 ニャアは着ていた服を脱ぎ、ブルベットの傷口を押さえるがすぐに服は血で滲んでしまう。血は小さな間欠泉のように溢れ出して止まらない。

「ニャア僕はもう……助からない」
「助からないじゃない、お前は助かるんだ。だから生きる気力を失うな! また二人で空を飛ぶんだろ、リアイ国のサラ王妃に会いに行くんだろ!! 俺達はこんなところで終わっちゃいけねぇんだよ」

 ニャアの瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちる。
 もう助からない、と悪魔の声が何度も心に訴えかけてくるが、それでもニャアは応急処置を続けていた。

「聞け……ニャア。あそこに……置いてある機体に乗って……今すぐにここを、この施設から立ち去れ」
「何言ってだ、お前も――」
「僕は……自分自身を裏切った。信念もプライドも捨てて、大事な人をこの手で……殺めたんだ。これが僕の……罰なんだ。甘んじて、受けよう」

 ブルベットは何度も吐血を繰り返し、ニャアの足元はブルベットの血が小さな池のように溜まっていた。

「嫌だ嫌だよブルベット。ずっと一緒だったじゃないか、これから先も一緒に平和を守っていくんだろ……なんでこんな」
「なぁニャア。この空は……この場所は酷く息がしづらい。僕らが守っていたのは民か? それとも地位か? この世界は平和だと……誰が言った。区画外の住民がそんな事……言ってたか? 否、この世界は平和じゃない。僕らが守っていたのは、僕らが正義なんだという自尊心だけだ」

 ブルベットは最後の力を振り絞り、震える手をニャアの頬にそっと触れた。

「ニャア、お前ならこの世界を……この空を変えられる。不自由なこの空を自由に変えられるんだ。だから、こんな奴等に負けるな。ニャア、幼い頃からずっと僕ら言ってたよな、あの言葉。"空は自由であり……」
「「"僕らに限界は無い"」。あぁ必ず俺が平和な世の中にしてみせる。お前が愛した空を俺が自由にしてみせる」


 ブルベットは最後に「あぁ」と小さく返事を返し、幸せそうな笑みを浮かべそっと眠りについた。


 ◆しのちゃんの脳内映像~終了~◆

「あの後、ニャアが機体に乗って逃走。回想シーンを挟み、涙を流しながら操縦していたあの場面は、泣けたなぁ」

 だが、胸熱なのは四作目の逆襲のニャア。
 文字通りニャアが革命航空隊を仲間に引き入れて、航空幕僚長率いる国家航空隊へ逆襲するストーリだ。あの臨場感溢れる映像美、迫力満点の攻防戦、そして死んだ筈のキャビネット空将が現れたりと、終始飽きさせない作品だ。

「私もこうしてタオル一枚だけの恰好でいると、空に羽ばたけそうな気がしてくるなぁ」

 両手を空に掲げ、身体をグーッと伸ばす。
 それにしても気持ち……気持ち良すぎる。何とも言えぬ開放感、そして誰かに見られてるんじゃないかというちょっぴりの恥じらいが私をゾクゾクさせる。もう気持ち良すぎて一句出来上がっちゃったよ。

 開放感
 風と一体
 あぁ至福

 ……何だか露出狂みたいになっちゃったけど、そんな事はどうでもいいや。そもそも句なんて作った事もないし。あぁニャアのように空を飛びたいなぁ。

「おっと忘れてた、そろそろ私の体にオイルという名の炭酸飲料を注ぎ込まないと」

 片手を伸ばして手探りでコカコーラを探していると、家の中から小さな悲鳴が聞こえた。その声の主は一人しかいない、妹の祈だ。ガラガラっと勢いよくベランダのドアを開き、祈は声を張り上げる。

「なんちゅー格好でなんちゅーことしてるの!!」

「ん~? にっこぉ~よくぅ。祈もやる?」

「やらんわ変態!!」

 私の背後に現れたのは案の定、祈だ。
 私の妹である祈は、大学に通わず高校卒業してから公務員試験に合格して地方公務員として働いている。この前二十歳を迎え、今や立派な社会人……と言いたいところだが、祈のコンプレックスである童顔と低身長が立派な社会人というイメージを遠ざける。今でも職場体験している中学生と間違えられるという悲惨なエピソードを聞く。だけど私と比べたら祈は立派と言えるだろう。そもそも私は社会人ですらない。

「堅いこと言わないでよ~、これ気持ちいいんだもん」

「わざわざデッキチェアも持ってき……」

「ん、どうした?」

 突如、黙り込む祈をサングラスを外して確認すると、顔を紅潮させて床に視線を落としていた。それに異常に瞬きの回数が多く、身体をモジモジさせている。
 はてさて、何故だろうか。確かに今の私は身体にバスタオル一枚巻いているだけの全裸に近い格好。だが全裸ではない、バスタオルを巻いているのだ。そこが一番の重要ポイントだといえよう。
 でもなんで祈が恥ずかしがっている?
 私の身体を見て……まさかっ発情!!

「ねぇねぇ祈?」

「ねぇお姉ちゃ――ぶふっ」

 私はバスタオルを少しだけ捲り、自分で言うのも恥ずかしいが豊満な胸を祈に見せつけた。

「最近おっぱいが凝ってきてさぁ……」

 おまけにサービス。両手で己の横乳をパフパフと揉んで見せた。ばうんっばうんっ、とプリンよりも弾力ある乳を何度も揺らす。乳震度で言うと6弱くらいだ。すると祈は私の期待していた通り、恥ずかしそうな反応を……。

「お姉ちゃんさっきから何やってんの!? というか、なんで気付かないのよ。向かい側のマンションの人達から見られてるって!!」

 ムカイ川のマン・ション?
 私は錆びて動きが鈍くなったロボットのように、首をゆっくり向かい側にあるマンションに向けた。

「……はっ!!」

 向かい側のマンションは三十メートルくらい離れているが、そこから何人もの人がベランダに出て私に注目していた。洗濯物を干している主婦や私と同じ匂いがするニート風の男性。

「あ……ぁあ……イヤああああ」

 私はブルベットの血に負けないくらい、顔を真っ赤に染め上げて家の中に駆け込んだ。

 ◆あとがき◆

「……」
「……」

 欲望は時に人を狂わせる。
 その言葉を身を持って実感しました。普段の私ならあんな事しないはず。だけど、先日の金ローで見た零ゼロ戦記の気持ち良さそうに大空を飛行するニャア達を見て、心の何処かで何にも縛られない開放感を求めていたのでしょう。

「お姉ちゃ――」
「やめて祈!! もう……何も言わないで」

 それから二週間、私が外に出ることはなかった。


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