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ホワイトデーのお返しは…
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リビングのテーブルに置かれていたのは、抱えきれないくらい沢山の薔薇の花束と真四角の木箱だった。二つ折りにした手紙も添えてある。それらは夫からのホワイトデーのお返しなのだとすぐに分かった。私は嬉しくなって仕事着のまま手紙を開いた。
『これは毒入りマシュマロです。召し上がってください』
空白に綴られた一行の文章。残酷な一文字が目に入り、頭が真っ白になった。
紙袋が手からすり抜け、買ったばかりの花瓶が無残に割れる音がした。もしかすると私のハートが砕けた音だったかもしれない。私は膝から崩れ落ちた。
今年のホワイトデーのお返しは、薔薇の花束と毒入りマシュマロでした。
特別な日とまでは言わないが、普段の日常にきらきらが装飾されたようなホワイトデーに浮き立っている私がいた。定時で仕事を切り上げて仕事を押しつけられないよう逃げるように職場を出た。いつもより歩幅が広いのは今日がホワイトデーだからだろう。
「この花瓶でいいかな」
最寄り駅付近の雑貨屋で大きめの花瓶を探す。S字だったり星型だったり珍しい形をした花瓶に目移りしてしまうが、彼が好きな緑色でシンプルな花瓶を選んで店員に包装してもらう。
「なんだか嬉しそうですね。さっきから口角が上がりっぱなしですよ」
ポニーテールに帽子をかぶるボーイッシュな女性店員は、手を動かしながら私に声を掛けた。
「え、ヤダ、私そんな顔に出てた…?」
「ええ、それはもう幸せの二文字が顔に書かれていましたよ。そんなお客さんに買ってもらえてこの花瓶もさぞ嬉しいでしょうね」
「実は毎年、ホワイトデーに夫が抱えきれないくらい沢山の薔薇の花束をプレゼントしてくれるんです。その薔薇を入れる花瓶を探していたんですが、どこを探しても気に入ったものが見つからなくて。そしたらこのお店でその花瓶を見つけて、一目惚れしちゃいました」
私がホワイトデーにそわそわしている理由はそういうことだった。花を貰っても邪魔なだけだと思う人は少なくないだろうが、高級バッグやブランドの服なんかよりも、『愛』を一番感じる最高のプレゼントだと私は思う。
それなのに。
「…なんで」
ひんやりと冷たい床を見つめ、手紙をくしゃりと握りしめる。
私達は結婚してもうすぐ10年になる。結婚生活は山あり谷ありで、苦労もあればパートナーがいたからこそ味わえた幸福というものも感じることができた。残念ながら子供を授かることはできなかったが、私達の愛は固結びでキツくむすばれていると思っていた。
「勘違いだったのかな。ぜんぶ、私の」
夫とは体も心も未熟だった高校生のときに出会った。彼とはクラスメイトだった。彼は特別にカッコいいわけではないし、何をするにも不器用で要領が悪くて失敗ばかりしていた。
例えば高校のとき、私と彼は体育祭のパネル作成担当に任命されたことがあった。彼は予算を気にせずに絵具や消耗品を買いまくって、挙句の果てに一番重要ともいえるパネルが買えなくなるという事件が起こった。最後は私に頭を下げて割り勘で買ったのはいい思い出だ。
他にも彼はひどい癖字で、就職活動中に使っていた履歴書の文字が汚すぎて読めず、『御社』が『汚社』にみえてそれが原因で30社以上も落ちたエピソードは私のお気に入りだ。
彼は『大丈夫、何とかなる』が口癖で楽観的な性格なのだ。そんな彼に目が離せなくて、最初はサポートしてあげようと近づいたが、いつの間にか恋に落ちていた。
交際期間を含めると20年以上の付き合いである。彼と歩んできた道は360°絶景ばかりで、世界が終焉を迎えても彼がいれば怖くないとさえ思っていた。
「それでもこういう結末になった。私は愛に溺れて彼のことをよく見ていなかったのかな」
どこで選択を間違えたのだろう。ギャルゲーだったらセーブポイントに戻れるだろうが現実はそうはいかない。私のストーリーは残念ながらここで終わりを迎える。攻略失敗。バッドエンドである。でもどうしてだろう。
「こんな最悪なプレゼントを貰ったのに彼のことを憎めない。これを食べたら死んでしまうって分かっているのに受け入れてる自分がいる。食べてもいいと思っている」
木箱を開けてみると、手紙に書いてあるとおりマシュマロがあった。一口サイズの真っ白な毒入りマシュマロである。それも二つだけしか入っていない。
「そういえばホワイトデーのお返しに贈るお菓子に意味が込められていたんだっけ。たしかマシュマロは『あなたが嫌い』って意味だったような」
彼がそこまで考えていたとは思えないが、いまさらどうだっていい。
さて、そろそろ直視したくない現実と向き合わなくちゃいけない。もしここが観客のいる舞台上で、愛する人のために死を選択した主人公がいたとしたら、きっとこんな台詞を言うだろう。
「愛しい貴方が望むなら私は喜んで死んで差し上げましょう」
「望むなら毒なんかではなく老いて死にたかった。貴方と一緒に」
「でもこれはこれで美しいと思わない?」
「白雪姫みたいで美しいでしょ?」
「きっと眠りについても貴方がキスで目覚めさせてくれるんでしょ?」
「貴方の優しいキスをわたしはいつまでも待っている」
「ドラマチックでロマンチックな愛のあるキスを」
「さあいただこう。刺激的な愛のプレゼントを」
木箱からマシュマロを取りだして、迷いなく口に放りこんだ。
最後はなんの言葉で締めようか。
考えるまでもない。
私の人生の半分は、彼に染まっているんだから。
「愛してるよ」
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ…。
もぐ…。
私は彼の書いた手紙をもう一度確認した。
「あ、これ苺が入ったマシュマロだ」
『これは毒入りマシュマロです。召し上がってください』
空白に綴られた一行の文章。残酷な一文字が目に入り、頭が真っ白になった。
紙袋が手からすり抜け、買ったばかりの花瓶が無残に割れる音がした。もしかすると私のハートが砕けた音だったかもしれない。私は膝から崩れ落ちた。
今年のホワイトデーのお返しは、薔薇の花束と毒入りマシュマロでした。
特別な日とまでは言わないが、普段の日常にきらきらが装飾されたようなホワイトデーに浮き立っている私がいた。定時で仕事を切り上げて仕事を押しつけられないよう逃げるように職場を出た。いつもより歩幅が広いのは今日がホワイトデーだからだろう。
「この花瓶でいいかな」
最寄り駅付近の雑貨屋で大きめの花瓶を探す。S字だったり星型だったり珍しい形をした花瓶に目移りしてしまうが、彼が好きな緑色でシンプルな花瓶を選んで店員に包装してもらう。
「なんだか嬉しそうですね。さっきから口角が上がりっぱなしですよ」
ポニーテールに帽子をかぶるボーイッシュな女性店員は、手を動かしながら私に声を掛けた。
「え、ヤダ、私そんな顔に出てた…?」
「ええ、それはもう幸せの二文字が顔に書かれていましたよ。そんなお客さんに買ってもらえてこの花瓶もさぞ嬉しいでしょうね」
「実は毎年、ホワイトデーに夫が抱えきれないくらい沢山の薔薇の花束をプレゼントしてくれるんです。その薔薇を入れる花瓶を探していたんですが、どこを探しても気に入ったものが見つからなくて。そしたらこのお店でその花瓶を見つけて、一目惚れしちゃいました」
私がホワイトデーにそわそわしている理由はそういうことだった。花を貰っても邪魔なだけだと思う人は少なくないだろうが、高級バッグやブランドの服なんかよりも、『愛』を一番感じる最高のプレゼントだと私は思う。
それなのに。
「…なんで」
ひんやりと冷たい床を見つめ、手紙をくしゃりと握りしめる。
私達は結婚してもうすぐ10年になる。結婚生活は山あり谷ありで、苦労もあればパートナーがいたからこそ味わえた幸福というものも感じることができた。残念ながら子供を授かることはできなかったが、私達の愛は固結びでキツくむすばれていると思っていた。
「勘違いだったのかな。ぜんぶ、私の」
夫とは体も心も未熟だった高校生のときに出会った。彼とはクラスメイトだった。彼は特別にカッコいいわけではないし、何をするにも不器用で要領が悪くて失敗ばかりしていた。
例えば高校のとき、私と彼は体育祭のパネル作成担当に任命されたことがあった。彼は予算を気にせずに絵具や消耗品を買いまくって、挙句の果てに一番重要ともいえるパネルが買えなくなるという事件が起こった。最後は私に頭を下げて割り勘で買ったのはいい思い出だ。
他にも彼はひどい癖字で、就職活動中に使っていた履歴書の文字が汚すぎて読めず、『御社』が『汚社』にみえてそれが原因で30社以上も落ちたエピソードは私のお気に入りだ。
彼は『大丈夫、何とかなる』が口癖で楽観的な性格なのだ。そんな彼に目が離せなくて、最初はサポートしてあげようと近づいたが、いつの間にか恋に落ちていた。
交際期間を含めると20年以上の付き合いである。彼と歩んできた道は360°絶景ばかりで、世界が終焉を迎えても彼がいれば怖くないとさえ思っていた。
「それでもこういう結末になった。私は愛に溺れて彼のことをよく見ていなかったのかな」
どこで選択を間違えたのだろう。ギャルゲーだったらセーブポイントに戻れるだろうが現実はそうはいかない。私のストーリーは残念ながらここで終わりを迎える。攻略失敗。バッドエンドである。でもどうしてだろう。
「こんな最悪なプレゼントを貰ったのに彼のことを憎めない。これを食べたら死んでしまうって分かっているのに受け入れてる自分がいる。食べてもいいと思っている」
木箱を開けてみると、手紙に書いてあるとおりマシュマロがあった。一口サイズの真っ白な毒入りマシュマロである。それも二つだけしか入っていない。
「そういえばホワイトデーのお返しに贈るお菓子に意味が込められていたんだっけ。たしかマシュマロは『あなたが嫌い』って意味だったような」
彼がそこまで考えていたとは思えないが、いまさらどうだっていい。
さて、そろそろ直視したくない現実と向き合わなくちゃいけない。もしここが観客のいる舞台上で、愛する人のために死を選択した主人公がいたとしたら、きっとこんな台詞を言うだろう。
「愛しい貴方が望むなら私は喜んで死んで差し上げましょう」
「望むなら毒なんかではなく老いて死にたかった。貴方と一緒に」
「でもこれはこれで美しいと思わない?」
「白雪姫みたいで美しいでしょ?」
「きっと眠りについても貴方がキスで目覚めさせてくれるんでしょ?」
「貴方の優しいキスをわたしはいつまでも待っている」
「ドラマチックでロマンチックな愛のあるキスを」
「さあいただこう。刺激的な愛のプレゼントを」
木箱からマシュマロを取りだして、迷いなく口に放りこんだ。
最後はなんの言葉で締めようか。
考えるまでもない。
私の人生の半分は、彼に染まっているんだから。
「愛してるよ」
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ…。
もぐ…。
私は彼の書いた手紙をもう一度確認した。
「あ、これ苺が入ったマシュマロだ」
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