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3)試し書きの火曜日〈2〉

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 会議が終わり、それぞれが教室へ戻る。
 あとはみな部活へ行くなり、帰宅するなりで普通の放課後だ。和都は帰る前に『エンジェル様』の件を仁科に報告しておこうと、帰り支度を終えて保健室に向かおうとした。
「和都」
 そそくさと教室を出てすぐのタイミングで後ろから声をかけられ、足を止める。
 二年三組で委員長会議に出るのは和都と春日の二人のみ。振り返ればやはり、ここ最近なるべく口を聞かないようにしていた春日だった。
「……なに」
 普段通りに近寄ってくる春日と、少しばかり距離をとりつつ、和都は返事をする。しかしそれに気づいているのかいないのか、春日はいつも通りの顔だ。
「エンジェル様の調査、お前にも協力してもらえないかと思って」
 日曜日の件を聞かれるのかと身構えていたが、予想と違って和都は少し呆気にとられる。だがそういう奴だった、と首を振り、口を尖らせた。
「確かに議題に挙げたのはおれだけど、新聞委員と風紀委員でやるんだろ。なんでおれも……」
「お前が『視える』人間だからだ。もし本物のお化けや妖怪の類だった場合、俺には視えないから対処のしようがないだろ」
「それは、そうだけど。でもそれなら、おれより先生の方がいい気が……」
 まだ仁科に日曜の件を話していないので、なるべく二人きりになる時間を減らしたい。
 春日の顔を見ないまま、そう答えた時だった。
「へー、相模ってお化けとか視えるんだ」
 予想していなかった声がして、二人してそちらへ顔を向ける。新聞委員長の御幸がそこにいた。
「……いたのか」
「オレの特技、気配を消すことなんだよね!」
 どこか自慢げに、和都より少しだけ背の高い御幸が胸を張って笑う。確かに普段ならすぐに気付いていそうな春日も驚いたくらいなので、誇っていいレベルだ。
 御幸はエンジェル様の調査について春日と相談しようとついてきていたらしい。
「でも、すげぇな! お化け視えんの?!」
「まぁ、うん……」
 思った以上にキラキラした目で詰め寄られ、和都は後退りながら頷いた。
「自分より先生のほうがって言ってたけど、仁科先生のことだよな? あの先生も視えるってこと?」
「う、うん……」
「かー! そういうのちょっと羨ましい!」
「……視えても、そんないいもんじゃないけどね」
 昔は『気持ち悪い』と言われていたことを、こんなふうに羨ましがられるのは、やっぱりちょっとだけくすぐったくて、なかなか慣れない。
「実は今調べてる感じだと、ガチのオカルト現象っぽくて困ってたんだよね。だからそういうの分かるヤツがいると、すげー助かる! 頼む、相模も協力してくれ!」
 両手を合わせ、御幸が頭を下げてそう言った。
 自分が言い出した話ではあるし、気にならないかと言われたら嘘になる。
「あ、人に知られたくないってんなら、絶対誰にも言わねーから!」
「……わ、分かった」
「よっしゃ!」
 御幸がガッツポーズして喜んだ。
 とりあえずこのまま廊下で相談していても仕方ないので、移動しようと三人は保健室へと向かうことにした。





「失礼しまーす」
「おう、お疲れー……って、珍しい組み合わせだね?」
 いつもなら一人でやってくるはずの和都が春日を連れてくるのはよくあるとして、普段ならあまり見かけない、新聞委員の御幸まで一緒にやってきたので、仁科は不思議そうな顔をした。
「実は、昨日の『エンジェル様』の件で──」
「仁科先生もお化け視えるってマジですか!」
 和都の説明を遮るように、御幸は仁科に駆け寄り興奮した声を上げる。
「え? ああ、うん」
「ご親戚が神社をやってるから、そういうのも色々詳しいって!」
「……まぁね」
「やー、うちの新聞委員内だとそういうオカルト系詳しい人いないし、怖いからヤダっていう奴らばっかりで、全然調べられなくて困ってたんですよぉ! いやね、夏にも校内新聞で怪談特集やるかって話があがった時も結局調べられなくて、お流れになっちゃってさぁ。怖い本は図書委員の範疇になるから結局、夏休みに人気のテーマパークとか、学生として気を付けることとかになっちゃうし! だから今日の定例で相模が議題に挙げてくれてマジ助かった! てかそんだけケガ人出てたとか知らなかったわぁ。特にこういうのは専門家がいてくれると、情報の信憑性が増しますからね! すげぇ助かります!」
 凄まじい熱量で捲し立てる御幸に、さすがの仁科も押され気味だ。
「……俺は、別に専門家ってわけじゃないんだけど」
 ワクワクした顔をこちらに向ける御幸を宥めつつ、仁科は眉を下げた顔で、出入り口でポカンと立ったままの和都と、少々呆れ気味な春日のほうを見る。
「……話しちゃったの?」
「うん、ユースケと調査の協力をするしないって話してたら、聞かれちゃって」
「場所を考えるべきでした。すみません」
 和都ばかりか、珍しく春日も申し訳なさそうにしており、仁科はやれやれと息をついた。
「まぁ別にいいよ。俺はその辺、特に隠してるわけでもないしね」
 仁科の言葉に、御幸が嬉しそうな顔で更に詰め寄る。
「じゃあ、仁科先生も協力してもらえますかっ?!」
「なーんか危なそうだし、俺でよければいいよ」
「やったぁ!」
 それならば早速、ということで、四人は保健室の中央にある、大きな談話テーブルについて話をはじめた。
「で、その『エンジェル様』ってのは、所謂『コックリさん』の亜種とかなの?」
「『コックリさん』?」
 仁科の言葉に、和都が首を傾げる。
「ああ、知らないか。俺の親よりもう少し上のほうの世代くらいかなぁ? そのくらい昔に流行った降霊遊びでな。紙に五十音とはい/いいえ、それから鳥居を書いたものの上に十円玉をのせて、幽霊を呼び出すんだ。上手くいけば、どんな質問にも答えてくれるんだって」
「それ『エンジェル様』について調べてる時に、本で読みました。なんか集団パニックとか集団ヒステリー起こしたって」
「ええ、こわ……」
 補足された情報に和都が嫌そうな反応をすると、御幸が意外そうな顔をした。
「お化け視えるのに、そういうのは知らねーのか?」
「視えるからってそんな詳しいわけじゃないし……。それにそういうオカルト系の本、母さんが嫌いだから借りてくるのも読むのも、うちでは禁止なんだよね」
 興味はあれど、図書室で借りてきた本すら捨てられそうになってしまったので、和都はお化けに対しての知識が本当に少ない。だからこそ、調査に協力してほしいと言われても困ってしまうのだ。
「『コックリさん』は社会的にも結構なブームになったんだけど、御幸が言ったような問題もあって、禁止する学校も出てきたんだって。それで『エンジェル様』とか『キューピッド様』みたいに、違う名前で呼ばれるようになったり、やり方をちょっと変えたのとかも流行ったんだよ」
「へぇー……」
 仁科の解説を聞いて和都は感心する。オカルト方面の知識はさっぱりなので、少しありがたい。
「でも、今うちで流行ってるのは、これとはまた違うやつなんだろ?」
 仁科が尋ねると、御幸は大きく頷いた。
「はい、似てるといえば、似てるんですけど」
「どういうの?」
「とある部屋のロッカーに、質問を書いた紙とペンを置いておくと、返事が書かれてることがあるって感じなんです」
 御幸は委員長会議でも話した、一年生の間で起きている出来事について仁科に説明する。それを聞いた仁科は、唸りながら腕を組んだ。
「うーん、なるほどね。しかし、そういう降霊遊びは聞いたことないな」
「オレも色々調べたんですけど、五十音の書いた紙をロッカーに入れておくと印がついててそこから返事を読み取る、みたいなのがあったくらいで、明確にお告げが書かれてたってのはなかったです」
 コックリさんの歴史から、エンジェル様に関連する怪談話まで、いろんな情報を漁ってみたが、そういった現象は見つからなかった。
「書かれないこともあるの?」
「はい、書かれたり書かれなかったり。でも書かれた場合は、必ずその通りになるんだそうです」
「どんなことが書かれるんだ?」
 仁科と同じく腕を組んで話を聞いていた春日が御幸に尋ねる。
 すると御幸は学ランの内側にある胸ポケットから、小さな手帳を取り出してパラパラと捲った。
「えーと、最近あったのだと『明日の運勢は?』って聞いたら『星が降る』って書かれてたらしい」
「星?」
「それで、書かれちゃった子はどうなったの?」
「体育館の倉庫片付けてる時に、予備のボールとかを置いてた棚が突然倒れて、ボールがたくさん降ってきたんだって」
 御幸の言葉に、仁科がああ、と思い当たる顔をする。
「そういや、先週の放課後にバレーボール部の生徒が手当に来たっけなぁ」
「降ってきたボールでケガしたの?」
「いや、大量のボールが転がってる状態で倉庫から出ようとして、思い切り転んだらしい」
「なるほど……」
 転んだ拍子に手や足を変な姿勢でついてしまい、軽い打ち身や捻挫を起こしたのだという。
「でもそれ、降ってきたの星じゃなくて、ボールじゃん」
「ボールに星のマークがついてるヤツあったんだってさ」
「ああ、そういうロゴのメーカーあったな」
「なにそれぇ……」
 なんともこじつけに近いが、確かにお告げの通り『星が降る』状態にはなったようだ。
「当たるお告げは、だいたい悪いことが起きるから、他人の運勢をわざと聞いて、そいつに悪いことが起きるよう『呪う』ヤツが出てきてるらしい」
「悪質だな」
 しかし、昨日は陸上部、先週はバレーボール部と、人為的なイタズラと考えると難しい。やはり何かしらのオカルト現象なのではないだろうか。
「……うーん、なんなんだろうな?」
「せっかくだし、現場に行きましょうか」
「現場?」
 和都が聞き返すと、御幸は立ち上がってこう言った。
「はい。『エンジェル様』が現れる、ロッカーのある場所です」
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