創作BL)死にたがりと春雷

黑野羊

文字の大きさ
9 / 21
3)濁空を壊して

3−3

しおりを挟む
 ◇ ◇


 山の向こうから 悪竜マルス・ドラコがあらわれた時
 ちょうど外にいた 少年は 悪竜に襲われてしまいました
 しかし すんでのところで
 やってきた怪物モンストルが 少年を 助けてくれたのです

「ありがとう ありがとう
 たすけてくれて ありがとう」

 少年は お礼を言うために 山へのぼりました
 しかし怪物は こう言います

「ああ きもちわるい きもちわるい
 おまえら人間なんか だいきらいだ
 悪竜をやっつけるのは お前たちのためじゃない
 わかったら さっさとでていけ」

 怪物は少年を ぱっぱと 追い払ってしまいました
 けれど少年は 怪物のことが気になって仕方がありません

 気になって 気になって
 少年は 街の人たちに 怪物のことを聞いてまわりました

「助けてくれるのは ありがたいけれど」
「おまえも見ただろう あの見た目」
「あれは この世のモノじゃない」

 街の人たちは そろって怪物の見た目の話ばかり
 どうして 悪竜をやっつけてくれるのか
 どうして 山でひとりきりなのか
 理由はだれも知りませんでした

   ──『銀貨物語』作中絵本「怪物と少年」より


 ◇ ◇


 相模は大きな怪我などなかったものの、精神面のケアや精密な検査が必要とあって、数日ほど市内の病院に入院することになった。
 三人にとっては大きな事件であったが、今回は未遂で済んだ上、相模を襲った男が近所に住んでいるとある市議会議員の息子だったということもあり、刑事事件にはならなかったらしい。
「……納得いかねぇよ」
「そうだな」
 塾がない日の放課後、市内の病院まで相模の見舞いに向かう道中、一緒にきた日野はひたすら不満そうにこぼしていた。
 英語教師や陸上部での一件も、最終的には大きな表沙汰になっていない。今回は学校の外の事件ではあったが、結局権力を持った側に潰されてしまった形だ。
 いくら不満を持とうとも、子どもである自分たちには何もできない。
 ──『大人』は誰も『味方』にはなってくれないんだな。
 どうして『彼』を守ろうとはしてくれないのか。
 小さな諦めが少しずつ増えていくようで、春日はため息を小さく吐いた。


 総合病院の受付で部屋の番号を聞き、病室に向かう途中。
 自販機などのある休憩スペースで、聞いたことのある話し声が聞こえてきた。
 相模の母親の声だ。
「はい、この度はご迷惑をおかけしまして……」
 誰かに電話しているらしく、休憩スペースの隅のほうで丸めた背中が壁に向かって謝っていた。
 相模の入院の件で、誰かに謝罪しているらしい。他人の電話を聞くのは良くないだろうと、そのまま声は掛けずに病室へ向かおうとしたのだが、聞こえてきた言葉に思わず足が止まる。
「あの子は誰にでも色目を使うんです。本当に申し訳ありませんでした」
 思わず耳を疑った。
 しかし、間違い無く相模の母が発した言葉だ。
「ええ、そうなんですよ。男女問わず……。もう、本当に」
 続けられた言葉に、眉をひめる。
 横を見れば、日野も同じように怒りをあらわにしていた。
「そうなんです。以前は、私の夫にまで。本当に困った子でして、大変なご迷惑を……」
 スラスラと淀みなく出てくる言葉の数々に、相模のことを普段からああやって他人に話しているのだろうということが分かる。
 ──陸上部の件が逆になって広がっていたのは、こ人のせいか。
 母や母に相模のことを話したという常連ですら、あの件は相模が悪者だと思い込んでいた。同じ学校の生徒の一部にも、未だそう思っている人間はいる。
 そして相模が居なくなった時に『家族とケンカをした』と、分かりやすくうそぶいていたのも、きっと父親に襲われかけたのが本当の理由ではないかと、なんとなくそんな気がした。
「全部、あの子が悪いんです」
 その人は、とても当たり前のことを話すように、電話の向こうの相手へ告げる。
 彼は言っていた。
『あそこはおれの家じゃない』
 味方であるべき親が、味方ではない。
 そんな場所を『自分の家』と呼びたくない気持ちは分かる。
 無意識に奥歯を噛み締めてしまっていた。
「……は、色目? んなわけあるかよ」
 さすがに我慢ならなかったらしく、日野が母親のほうへ向かって行こうとするので、春日は肩を掴んで制止する。
「やめろ日野」
「でも!」
 春日も日野と同じ気持ちだった。
 けれど、どんなに最低とはいっても、相手は相模の保護者なのだ。
 子どもである自分たちが敵う相手ではない。
 なんとか日野を宥め、相模の病室へ足を向ける。
「相模は、何も悪くないだろ」
「そうだな。でも……」
 彼は教室にいる時も、部室にいた時も、きっとあの日公園にいた時も、何もしてはいないのだろう。
 きっと、ただそこに存在していただけ。
 けれど何故か、向こうのほうから脅威がやってくる。
 悪いことを、人を、惹き寄せてしまう。
「相模が他人を避けてるのは、本人が望まずとも、そういう人間を引き寄せてしまうのかもしれないな」
 だからこそ、彼には守ってくれる存在が必要だ。
 見る限り、彼の周りの『大人』は信用ならない。
 ──俺や日野で、守ってやらないと、たぶんダメだ。
 そうじゃなければ、自分に『殺してほしい』と言った彼は、簡単に命を手放してしまうかもしれない。
 それだけは、嫌だった。
「なるほどな。じゃーつまり、相模は『変人ホイホイ』ってヤツか」
 しばらく何か考えていた日野が困ったような顔でそう言って笑うので、春日は思わず口角を上げる。
「分かりやすく言うと、そういうことかもな」
「本人も相当変人だけどなぁ」
「まぁ『類は友を呼ぶ』とも言うからな」
 そう言って日野と二人で笑い合うと、相模が入院する部屋のドアをノックした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

処理中です...