29 / 30
母
しおりを挟む
エリカは笑い涙を拭いながら私に聞く。
「で、成果は出てたのかな?」
「……は……はあ、まあ……不安になるほど」
「うっそー!! さすが瑞貴! やっぱ学位取れんじゃない? 官能博士」
もう箸が進まない程に笑いが止まらなかった。
「じゃあ、瑞貴は昔から太ってて、彼女とかいなかったんですね」
私は、瑞貴は元々イケメンで、経験が豊富だと勝手に想像して妄想を広げて、過去に嫉妬したり不安に落ちていたが、そんな自分に馬鹿らしくなってしまった。
「え? 瑞貴は昔からイケメンで、中学高校はめちゃくちゃモテまくってたよ! 歴代の彼女は全員女子から瑞貴に告白して付き合い始めてた」
この子はジェットコースターのように私の心を急転直下させてくる。
「え゛!? でもだって、さっき童貞だったような発言が……」
「彼女がいなかったとは言ってない。でもね、歴代の彼女たちは皆美人だったけど、いざ告白して付き合えても、瑞貴は母親を優先するから、みんな瑞貴はマザコンって言って速攻幻滅して離れてったのよ。あんなに好き好き言って瑞貴を追いかけまわしてたのに、カエル化ってやつ」
「ん? 瑞貴はマザコンなんですか?」
嵯峨の件があったばかりなので、その言葉には今は敏感である。
私の質問にエリカの表情が曇り出し、箸を置いた。
「あとから皆知ったんだけどね、瑞貴が母親を優先する理由があったの。中学に上がるころには、おばさんはもうあと何年生きられるかって状態だったのよ。おじさんは東堂商事があって多忙だったから、瑞貴が自分の青春を犠牲にして、母親の最期の時間をずっと一緒に過ごして、大切にしてあげていたの」
本当に……エリカはジェットコースターだ。
大笑いした後に、こんなに胸を締め付けられるなんて……。
目頭が熱くなり、喉の奥までも熱くてしかたない……。
十代の多感な時期の男の子が、恋よりも、友達よりも、母親の最期を優先しなくてはいけなかった状況は、色々な感情で押し潰されそうだったに違いない。
母を想う気持ち、大切な人を明日失うかもしれない恐怖、楽しそうなクラスメイトへの羨望、自分を優先させたい気持ち……。
どんな葛藤があり、どんなに辛かっただろうか……。
私は、ふと瑞貴と行った夢の国を思い出した。
父親が多忙だったから母親と二人でよく来ていたと。母親との思い出の場所と言っていた。もしかしたら、中高生の頃には、母を喜ばせるために瑞貴が連れて行ってあげてたいたのか……弱っていくお母さんの頭に、あのカチューシャをつけてあげたのか……。
エリカは言葉を続けた。
「散々歴代の彼女達にマザコンと罵られてたから、おばさんが亡くなった後はかなり荒れて、マザコンで何が悪いって開き直っちゃって、むしろ人の気持ちに寄り添えないような顔だけの女なんてもう懲り懲りだって言って、誰とも付き合わなくなったの。で、そのまま渡米しちゃったのよね。寂しさや、ストレスや、あっちの高カロリーな食生活も相まってか、私がアメリカに会いに行った時はもう巨大化してたわ」
そうか……瑞貴はだから最初に会った時に美人は苦手だと言ってたのか。
「……美人じゃなくて良かった」
「何でそうなるの? 綾ちゃんは瑞貴好みの美人よ? 瑞貴ね、綾ちゃんの仕事を見て感動してたの。読みやすい資料を作る人で、見えない誰かにまで気遣いをする人って。綾ちゃんの何もかもが瑞貴の心を動かしてた」
エリカは真剣な眼差しを私に向けていた。
「それとね、私は綾ちゃんを見て確信したの。瑞貴は綾ちゃんに本能で惹かれずにはいられなかったんだなって。綾ちゃんって、瑞貴のお母さんの若い頃に、顔じゃないんだけど、なんていうか、雰囲気がとっても似てるの。瑞貴のお母さんって、綾ちゃんみたいに、温かくて柔らかい笑顔を見せるお母さんだったのよ」
エリカはカバンに手を伸ばし、手帳の中から古い写真を一枚出した。
それは幼稚園児の写真で、モデルのように整った顔立ちの女の子と男の子が並んで立っている写真だった。
「これは、もしかしてエリカと瑞貴?」
「そう。でも見て欲しいのはそこじゃなくて、ここ」
エリカは幼い瑞貴の斜め後ろに写り込んだ女性を指差した。
その女性は、胸が温かくなるほど、とても優しそうな笑顔で男の子を見つめている。
「これが瑞貴のお母さん」
「こんな素敵な人に似てるとか……凄く光栄すぎて、そう思うのが烏滸がましく思える」
「綾ちゃんはとっても素敵よ。東堂家の男性はこういう女性に遺伝子レベルで弱いのね。綾ちゃん、自信を持って。闇堕ちしてた瑞貴を、光のある場所に戻したのはあなた。彼はあなたの全てに惹かれて、もうあなたしか考えられないはず」
「で、成果は出てたのかな?」
「……は……はあ、まあ……不安になるほど」
「うっそー!! さすが瑞貴! やっぱ学位取れんじゃない? 官能博士」
もう箸が進まない程に笑いが止まらなかった。
「じゃあ、瑞貴は昔から太ってて、彼女とかいなかったんですね」
私は、瑞貴は元々イケメンで、経験が豊富だと勝手に想像して妄想を広げて、過去に嫉妬したり不安に落ちていたが、そんな自分に馬鹿らしくなってしまった。
「え? 瑞貴は昔からイケメンで、中学高校はめちゃくちゃモテまくってたよ! 歴代の彼女は全員女子から瑞貴に告白して付き合い始めてた」
この子はジェットコースターのように私の心を急転直下させてくる。
「え゛!? でもだって、さっき童貞だったような発言が……」
「彼女がいなかったとは言ってない。でもね、歴代の彼女たちは皆美人だったけど、いざ告白して付き合えても、瑞貴は母親を優先するから、みんな瑞貴はマザコンって言って速攻幻滅して離れてったのよ。あんなに好き好き言って瑞貴を追いかけまわしてたのに、カエル化ってやつ」
「ん? 瑞貴はマザコンなんですか?」
嵯峨の件があったばかりなので、その言葉には今は敏感である。
私の質問にエリカの表情が曇り出し、箸を置いた。
「あとから皆知ったんだけどね、瑞貴が母親を優先する理由があったの。中学に上がるころには、おばさんはもうあと何年生きられるかって状態だったのよ。おじさんは東堂商事があって多忙だったから、瑞貴が自分の青春を犠牲にして、母親の最期の時間をずっと一緒に過ごして、大切にしてあげていたの」
本当に……エリカはジェットコースターだ。
大笑いした後に、こんなに胸を締め付けられるなんて……。
目頭が熱くなり、喉の奥までも熱くてしかたない……。
十代の多感な時期の男の子が、恋よりも、友達よりも、母親の最期を優先しなくてはいけなかった状況は、色々な感情で押し潰されそうだったに違いない。
母を想う気持ち、大切な人を明日失うかもしれない恐怖、楽しそうなクラスメイトへの羨望、自分を優先させたい気持ち……。
どんな葛藤があり、どんなに辛かっただろうか……。
私は、ふと瑞貴と行った夢の国を思い出した。
父親が多忙だったから母親と二人でよく来ていたと。母親との思い出の場所と言っていた。もしかしたら、中高生の頃には、母を喜ばせるために瑞貴が連れて行ってあげてたいたのか……弱っていくお母さんの頭に、あのカチューシャをつけてあげたのか……。
エリカは言葉を続けた。
「散々歴代の彼女達にマザコンと罵られてたから、おばさんが亡くなった後はかなり荒れて、マザコンで何が悪いって開き直っちゃって、むしろ人の気持ちに寄り添えないような顔だけの女なんてもう懲り懲りだって言って、誰とも付き合わなくなったの。で、そのまま渡米しちゃったのよね。寂しさや、ストレスや、あっちの高カロリーな食生活も相まってか、私がアメリカに会いに行った時はもう巨大化してたわ」
そうか……瑞貴はだから最初に会った時に美人は苦手だと言ってたのか。
「……美人じゃなくて良かった」
「何でそうなるの? 綾ちゃんは瑞貴好みの美人よ? 瑞貴ね、綾ちゃんの仕事を見て感動してたの。読みやすい資料を作る人で、見えない誰かにまで気遣いをする人って。綾ちゃんの何もかもが瑞貴の心を動かしてた」
エリカは真剣な眼差しを私に向けていた。
「それとね、私は綾ちゃんを見て確信したの。瑞貴は綾ちゃんに本能で惹かれずにはいられなかったんだなって。綾ちゃんって、瑞貴のお母さんの若い頃に、顔じゃないんだけど、なんていうか、雰囲気がとっても似てるの。瑞貴のお母さんって、綾ちゃんみたいに、温かくて柔らかい笑顔を見せるお母さんだったのよ」
エリカはカバンに手を伸ばし、手帳の中から古い写真を一枚出した。
それは幼稚園児の写真で、モデルのように整った顔立ちの女の子と男の子が並んで立っている写真だった。
「これは、もしかしてエリカと瑞貴?」
「そう。でも見て欲しいのはそこじゃなくて、ここ」
エリカは幼い瑞貴の斜め後ろに写り込んだ女性を指差した。
その女性は、胸が温かくなるほど、とても優しそうな笑顔で男の子を見つめている。
「これが瑞貴のお母さん」
「こんな素敵な人に似てるとか……凄く光栄すぎて、そう思うのが烏滸がましく思える」
「綾ちゃんはとっても素敵よ。東堂家の男性はこういう女性に遺伝子レベルで弱いのね。綾ちゃん、自信を持って。闇堕ちしてた瑞貴を、光のある場所に戻したのはあなた。彼はあなたの全てに惹かれて、もうあなたしか考えられないはず」
10
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる