王太子の仮初めの婚約者

さくらぎしょう

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22. マーレーン伯爵邸の舞踏会

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 毎朝目覚めると、最初に彼の顔を見る。

「おはよう、アロイス」

 だが返事はない。

 あまりにもアロイスが起きる気配がなくて、最近は目覚めてから隣を見る瞬間が憂鬱になってきた。
 私にグリーンハンドとかいう能力があると言われても、自覚あっての使用ではないので、どうやったらアロイスが目覚めるのかまったく見当もつかない。

 ベッドから起き上がり、窓の外を見ればちょうど朝日が昇ってきたところだ。
 貴族は昼近くまで寝ている者もいる位、朝は皆遅いのだが、私は染みついた生活習慣が抜けきらないようで、どうしても目覚めが早い。ただ王宮での生活は、ルイーザ王女、アロイス、ルイスも朝はとても早い方で、だから私はここに馴染みやすかったのだと思う。生まれた環境は天と地の差だが、感覚が三人とどことなく似ているのだ。

 ちなみに彼らの朝と言えば、ルイーザ王女は朝からキビキビ動いて多方面に指示を出しており、アロイスは書類を読みながら朝食を軽く済ませるとすぐに執務を始め、ルイスは朝から王宮内を散策するのがここの日常だった。
 アロイスは眠りについているので今はこの日常は送れていないが、もう一人今までの日常と少し違う人物がいる。
 ちょうど今窓の外で姿が見えてきたルイスだ。
 彼が夜に王宮を抜け出し、明け方に帰って来る姿を頻繁に見かける。おそらく、前に話してくれた友人の女性の元に行っているのではないかと思うのだが……。

 ルイスが厩に入って行くのを見て、私は隣の執務室へ移動した。
 執務室にあるアロイスの机を見れば、山積みだった書類は今はルイーザ王女とルイスの元にあり、二人が処理をしている。いや、ちょっと違うかも。ほぼルイーザ王女が処理をしているかもしれない。

 私は片付けられたアロイスの机にそっと触れ、アロイスがこなしてきた重責を想像する。棚に目をやれば、難しそうな本や資料がびっしりと並んでおり、そのどれもが使い込まれている。
 私は寝室の方へと目をやった。
 まだもう少し寝かせてあげた方がいいのかもしれない……。

 こんな朝から王太子の部屋をノックする音がする。

「シルビア、私だ。朝食を一緒にどうだろう?」

 兄の声がした。兄もやはり朝が早い。

「ええ、もちろん」

 部屋にある使用人室に繋がるレバーを引き、来てくれた女中に着替えを手伝って貰ってから朝食の準備を頼んだ。
 兄と二人きりでのんびり食事が出来るように、朝食は小さめの応接室に運んで貰う。

「お兄様は王宮での生活は慣れた?」
「はは、慣れるわけないだろ。でも、とても良くして貰っている。特にバラド国王陛下との会話は楽しくてずっと喋っていられる」

 バラド国王陛下も、王宮のゲストルームに滞在されているそうだ。

「いつの間にアウルム国の国王陛下とそんな仲に?」
「もちろん王宮に来てからだ。ああ、そうだ、言い忘れていたが、どうやら王太子殿下が私をアウルム国へ派遣するようおっしゃっていたそうだ」
「お兄様が? なぜ?」

 あまりに驚きすぎてナイフを動かしていた手を止めてしまった。

「わからない」
「わからない?」
「殿下が目覚めないと」
「ああ……」

 殿下が目覚めないのは私の力不足でもあるので、なんだか申し訳なかった。

「それで、バラド国王陛下にアウルム国の話を聞いていたら、そのまま色々な話で盛り上がって。本当に素晴らしい国王陛下だ。もちろんルイーザ王女も責任感が強く素晴らしい方だ。私も自分に与えられた務めを果たしたい」
「でも、他国となると生活環境も常識もガラリと変わるけど、大丈夫?」
「ああ、私も殻を破らないといけないんだ」
「お兄様は十分立派な人よ?」

 さっきまで意気揚々と喋っていた兄が、力なく笑った。

「貴族の跡取りとしては出来が悪い……。ああそうだ、今夜の舞踏会は行くのか?」
「いえ、アロイスが目覚めるまでは私は王宮から離れるつもりはないし、そもそも社交界は苦手だから」
「そうか。なら残念だが一人で行ってくるか」
「え!? お兄様が舞踏会へ???」

 何かの聞き間違いだろうか? 兄が毛嫌いしている社交界へも飛び込もうとしている。

「それなら……私も行きます」
「いや、無理はしなくていい。私は勉強がてら行くんだ。何事も体験してみないとわからない」
「でも、こう言っては何ですが、きっと聞くに堪えない言葉も聴こえるかと……」
「大丈夫。それも勉強だ」
「いえ、私も行きます!!」

 だがまさか今日の舞踏会の会場が、マーレーン伯爵のタウンハウスだとは思わなかった。

 長い眠りから目覚めて自室に戻った時、机の上にマーレーン伯爵からの手紙が何通も置かれていた。もちろん一通も返事は出来ていない。そんな状態で会うのはかなり勇気がいる。でもだからと言って兄を一人で行かせるわけにはいかない。やっぱりやめようとも言い出せず、腹を括って舞踏会に向かう事にした。

 舞踏会用のドレスは、いつの間にかルイーザ王女が私の為に仕立ててくださっていたロイヤルブルーのイブニングドレス。ルイーザ王女はこのドレスを着た私を見て「良く似合う」と褒めてくださった。

 マーレーン伯爵のタウンハウスに到着すると、伯爵の力をまざまざと見せつけられた。
 殆どの貴族のタウンハウスは、王都の一角に短冊状の敷地を連ねて建てられており、隣の家との隙間がほぼない、統一感のある外観で建てられている。
 だがマーレーン伯爵は、この人や物が密集している王都で、広さがある敷地に庭付きのタウンハウスを構えていた。本邸のカントリーハウスはもちろん煌びやかであったが、まさかタウンハウスにまでこんなにも力を入れられるとは思わなかった。

 兄と共に、豪華絢爛な装飾が施されたマーレーン伯爵邸に入って行くと、すぐに声を掛けられた。

「これはシルビアじゃないか」

 こんなにも早く見つかるとは思わなかった。

「マーレーン伯爵、ご無沙汰しておりました」
養女むすめなのだから、そんなに畏まることはない」

 身構えていたのに、伯爵は何故か上機嫌だった。
 そして伯爵は私に耳打ちをする。

「よくやった」

 そう言って満面の笑みを見せ、手に持っていたワインを一口飲むと、私達に軽く会釈をして去って行った。

「何だか怪しいな」

 兄は私の心の中の言葉を口にした。

 突然辺りが騒がしくなり始め、兄と二人でキョロキョロとしていたら、中央の階段からルイスがラヴィニアをエスコートして降りてきた。王子の正装をしたルイスと、ピンクのドレスと同じような色に頬が染まったラヴィニアは、おとぎ話の王子様とお姫様のようだった。

 ルイスがラヴィニアをダンスホールの中央まで連れて行くと、ダンスの曲が流れ始める。二人の優雅でロマンチックなダンスに、ルイスとの結婚を夢見ていた令嬢たちの溜息が至る所から聞こえた。その声はラヴィニアにも聞こえていたようで、彼女は誇らしげで自慢げな表情をしてみせた。

 会場にいた貴族たちは皆こう口にした。

「ルイス王子殿下はラヴィニア嬢ときっと婚約なさるおつもりだ」

 私はその声を聞いて、もう一度ルイスの方を見ると、偶然にも目が合った。
 きっとルイスは私の表情に気づいたのだろう。彼はまるで「大丈夫だよ」と言わんばかりの顔で、私に頷いてみせた。








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